神の娘3
「さぁ、こっちに来い」
シルヴィアは兵士たちに両脇をとられ、引きずるように連行された。小柄で非力なシルヴィアではどうすることもできない状況だ。
『ごめんなさい。アスター様』
彼が命がけで守ってくれたこの命。無駄にはしたくなかった。そして、もう一度会いたかった。会って、彼の声をもう一度聞きたかった。けれども、これから赴くは処刑場。もうすぐ訪れる最期のときを前に、シルヴィアの胸は張り裂けそうになっていた。そうして一歩一歩死へと向かう彼女の首筋に突然、熱い吐息が吹きかけられた。
「何っ!」
不快な気配に、顔をゆがませ、飛びのこうとするが、拘束されているシルヴィアに自由はなかった。目の前にせまる下卑た笑いの兵士が、そむけようとする彼女のあごをくいっと持ち上げた。
「美しいな。リリィアードの鬼神が、溺れるのも分かる」
「おい。何をしてる」
もう一人の兵士が咎めようとするが、男はシルヴィアを放そうとしない。
「へへへっ。どうせ殺すんだ。その前に味見してもかまわないだろう」
そういうと、シルヴィアの体を乱暴に抱え、手近な部屋に連れ込んだ。
「きゃあ」
その男はまるで獣のように床に倒されたシルヴィアの上に覆いかぶさり、ほのかに香る彼女の首筋に顔をうずめる。
「いやっ、やめて!」
顔を左右に振り、手足をばたつかせ、力の限り抵抗するが、男はびくともしない。
細い手足のシルヴィアが暴れたところで、常に訓練している成人男子にとっては子猫に引っかかれた程度
のものだ。だが、手間のかかる様子に男は苛立ち、そばにいる同僚に加勢を頼む。
「ちっ。おい、こいつの手を押さえろ」
その言葉に兵士は難色を示す。
「そんなことより下された命令を早く遂行すべきだ」
しかし、男の欲情は、冷静な言葉一つで止まる領域を超えていた。
「だから、早く命令を遂行するために、力を貸せよ。こんな上玉を抱ける機会なんてもう一生来ないぜ。しかも、あの鬼神が抱いた女を俺の手で汚してやれる。これほど名誉なことはないだろう?」
男の気が変わることがないのを悟ると、兵士はあきらめたようにため息をついた。男の言うとおりにして、さっさと処刑してしまいたかったからだ。
「仕方がないな」
兵士は手枷をはめられたシルヴィアの手首を床に縫い付ける。
「へへっ。これで、動きやすくなった」
そういうと男は、シルヴィアのドレスの裾をビリビリっと破り、白い足をあらわにする。
「美味そうな足だ」
舌なめずりをし、ごつごつとした大きな手で彼女のしなやかな足を撫で回した。
「いやっ!」
男が自分の体に触れるたびに、悪寒が体中にはしり、まるで陸に打ち上げられた
魚のように、その場で跳ねる。
「いやー! やめてっ!」
彼女の瞳から飛び散る雫。その様子が逆に男の嗜虐心と征服欲をあおるとは知らず彼女は抵抗しつづける。
「たまんねぇ」
その言葉と同時にシルヴィアの固く閉じられた両足を強引に割り、そこに己の体をさし入れてきた。シルヴィアは、恐怖におののき、真っ青な顔で男を見つめる。
「そうさ。もうすぐ、これをお前につっこんでやるから、楽しみにしていな」
下品な言葉にシルヴィアは気を失いかけ、その隙に男はシルヴィアの胸元をまさぐり始める。心も体も恐慌状態に陥り、意識が闇に堕ちていく。自然と力の入っていた腕が力なく床に投げ出された。それを感じとった兵士がゆっくりと彼女の両腕から手を放す。そして、男に体を好き勝手にされながら、シルヴィアは静かに涙した。
『こんな男に、犯されるくらいなら』
シルヴィアの脳裏に浮かんだ言葉。それを実行するため、シルヴィアは、自分の歯に力をこめる。
そのとき、シルヴィアの耳に、シャランシャランという音が足元から聞こえた。それは、アスターによってはめられた銀のアンクレットの音だった。それを意識した途端、目の前にアスターの姿が現れた。彼はシルヴィアの耳元に唇を寄せ、こう囁いた。
『もし、お前が俺の意に反することを行えば、シェファーズ国民の命はないと思え』
シルヴィアの目が見開かれ、闇に堕ちていた視界が開けた。アスターの言葉がシルヴィアの心を暗闇から連れ出し、アスターの声がシルヴィアを奮い立たせる。そして、彼の意思を思い出した。
『行け! シルヴィア』
シルヴィアは投げ出されていた腕を振り上げ、両手首をつなぐ鎖を男の顔面にぶつけた。
「うがっ!」
突然の反撃に男は顔を押さえ、シルヴィアの体から飛びのく。すかさず、シルヴィアは男の腰に飛びつき、そこにある短剣を鞘から引き抜いた。そして、そのまま部屋の扉から逃げ出そうとするが、われに返ったもう一人の兵士に、進路を阻まれ、逃げ場を失う。
「この、女!」
そして鼻から血が滴り、顔面を血で汚した男が怒りの瞳をシルヴィアにおくり、彼女の背後に立ちはだかった。シルヴィアは厳しいまなざしで、二人に短剣を向け、後ずさりする。
『死ねない。こんなところで死にたくない!』
その想いを支えにシルヴィアは、壁を背に、短剣を握り締めていた。
面目をつぶされた男は、怒りに身を震わせ、徐々に近づいてくる。
「そんなに死にたいなら、ここで殺してやる!」
そう吠えると男はシルヴィアにつかみかかろうとした。




