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恋の自覚2


彼らが指定した場所は、小屋から見える小高い丘の上だった。隠れる場所もなく、こちらへ向かってくる相手がよく見えるところだ。万が一アスターが軍を率いて来ても一目散に逃げられる。彼らにとっては好都合な場所だった。後ろ手に縄で縛られたシルヴィアは静かにそのときを待っていた。おそらく、アスターは軍を率いてやってくる。そして、それが自分の最後のとき。


『わたしは、今日ここで死ぬ』


不思議と恐れはなかった。あれほど波打っていた心は、落ち着きを取り戻し、穏やかな風に吹かれている。唯一つ後悔があるとすれば、もう何もシェファーズの民にしてやれないことだ。それだけが悔やまれる。


ゴーンゴーンゴーン


遠くでどこかの教会の鐘が鳴る。


「そろそろ約束の時間だ」


鐘が鳴り止むと、黒い馬が一頭こちらにやってくるのが見えた。


「どうして」


シルヴィアがポツリとつぶやく。その声につられ、男たちが一斉に弓を構える。


「…ないで。やめて。こないで」


シルヴィアの視線はまっすぐ黒い馬の背にまたがる漆黒の騎士を捕らえていた。


「おねがい。やめて。こないで。こないで。こないでっ!」


矢が引かれる。


「お願い! 来ないでーーー!」


「放てーーー!」


シルヴィアの叫びと同時に矢が放たれた。


「アスター様ーーー!」


矢がアスター目掛けて飛んでいく。このとき、誰もが矢に貫かれたアスターを想像した。だが、その予想はすぐに覆された。アスターはすばやく剣を鞘からはずすと目の前を一閃する。たったそれだけで、自分に向かって飛んでくる矢を防いだのだ。


「さすが、鬼神ということか」


男が小声でつぶやくと、アスターは剣を抜いたまま馬を走らせ突っ込んでくる。

男は慌ててシルヴィアを引き寄せ、その首に刃をあてがった。それを見たアスターは観念して馬の手綱をひく。


「馬から下りてもらおうか。鬼神アスター」


アスターは無言でその要求をのんだ。


「その剣も捨てろ」


手にしていた剣もその場に突き立てる。

シルヴィアは目の前で繰り広げられている現実を受け止めることができなかった。

夢でもみているのかと思った。アスターは絶対に来ないと思っていた。来たとしても、自分を見捨てるだろうと…。なのに、想像と現実の差に驚き、今現在シルヴィアの思考は目の前で行われている出来事に全く付いていくことができないでいた。

そんなシルヴィアをよそにして、男が一歩また一歩とアスターへと近づく。

首に剣を当てられているシルヴィアも自然とアスターに歩み寄る形になり、二人の視線が交差する。


「膝をつけ」


男の要求にまたしても素直に従うアスター。

シルヴィアの首筋から剣をはずすと彼女をおしのけ、男はアスターの前に歩み出た。


「こうもあっさり鬼神が我が手に落ちるとはな」


男が笑うと周りを取り囲む十数名の男共も一斉に笑う。


「これで俺の名は英雄として歴史に刻まれるのだ!」


そういうと、男は勢いよく剣を振り下ろした。


ガキン


「なっ」


「馬鹿が。剣の近くに俺を置いておけばこうなることは分かりきっているだろうが」


アスターの手には先ほど地面に突き立てていた漆黒の剣が握られていた。傍にあったとはいえ男が振り下ろす剣をよく受け止められたものだ。ありえない神業に、男たちは呆然とした。そして、その隙を逃すようなアスターでもなかった。男の剣をはじき飛ばし、胴をなぐ。血しぶきが舞い、一言も発することなく男は絶命した。一瞬のことで周りにいた者も誰一人、動けなかった。


「来い。シルヴィア!」


アスターがシルヴィアの手を戒めている縄を断ち切り、彼女の腕を引くと、いつの間にか傍に寄ってきていた馬に乗せ、自らも騎乗し、丘を疾走した。


「おっ追えー! 奴らを逃すなー!」


その鮮やかな手際に呆けていた男たちも我に返り、馬に乗って、急いで二人のあとを追っていった。そして逃げる二人はというと、馬上に乗せられたシルヴィアが後ろにいるアスターを責めているところだった。


「どうして、一人で来られたのですか!リリィアードの第一皇子ともあろうお方が、無謀すぎます」


アスターはフンと鼻で笑う。


「俺は鬼神アスターだぞ。シェファーズの兵士ごときにやられるか」


「ですがっ」


「なんだ? 俺のことを心配しているのか?」


「えっ?」


シルヴィアは戸惑いの声をあげた。


『心配? アスター様を?』


「冗談だ。本気にするな」


アスターは、笑っている。しかし、シルヴィアは笑えなかった。今まで意識したことがなかった事実を突きつけられたような気がした。


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