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波乱の幕開け7


「ここは、礼拝堂。心を落ち着かせ、お祈りしてはいかがですか?あなたの悩みを解決することはできないかもしれませんが、気分転換になるやもしれませんよ」


とても温かい笑顔だった。そしてその微笑の奥にある有無を言わさぬ迫力にアスターはのまれた。剣を静かに下ろすと改めて礼拝堂を眺めた。白い花が飾られた質素な祭壇。そこに祭られているのは、若い女性の像。その儚げで悲しげな少女の姿が彼の人と重なる。


「似ていらっしゃるでしょう?」


老女は誰がとは言わなかった。無言のアスターに老女は語りかけた。


「この方は聖女シェルファー様です」


「シェルファー?」


「ええ。シェファーズ王家の家名は聖女様のお名前から来ているそうです。シェルファー様は初代シェファーズ王の王妃であり、シェファーズの民を救った功績により聖女の一人に列せられていらっしゃいます」


「民を救った聖女…。ふっ。この女がどうやって」


アスターは蔑むように聖女の像を見上げた。

こんな触れれば壊れそうな女に民が救えるとは思えなかった。


「シェルファー様はただ人ではなかったそうです。聖典には、こう書かれております。『聖女シェルファー。大地の神の娘。数多の人間の血に染められた大地を救うべくこの地に降り立つ』」


老修道女はアスターにシェファーズ建国神話を語った。


「シェルファー様は戦の耐えなかったこの大地に降り立ち、そこで一人の男性と出会いました。それが、シェファーズ始祖カイゼル・フォン・ヴォルフガング王。シェルファー様は彼に出会い、恋に落ちました。そのとき、カイゼル王は絶体絶命の危機に陥っていたそうです。彼が指揮する軍は敵軍に囲まれておりました。その危機を救ったのがシェルファー様。神の声を用い、森に住む者たちの力を借り、敵軍を撤退させたのです」


アスターは馬鹿にするように鼻で笑った。


「神話というのは、作り話でしかない。神の娘だと馬鹿馬鹿しい」


老女はアスターの神をも冒涜する物言いに怒ることなく静かに問うた。


「あなた様は神を信じておられないのですか?」


手に持った剣を肩に担ぎ、自信満々に答えた。


「神の存在などどうでもいいことだ。俺は鬼神アスター。自分の道は自分で切り開く。俺が信じるのは己の力のみ」


そして、振り返ることなく礼拝堂を出て行った。回廊を進むアスターは冷静さを取り戻していた。確かにあの老女がいうように礼拝堂で一息ついたのは気分転換になったようだ。


「そうだ。俺は俺だ。俺の信じる道を突き進めばいい。俺は鬼神。恐れるものなど何もない」


アスターが従者たちの所に戻り、しばらくすると司祭がやってきた。


「お待たせいたしました。準備ができましたので、こちらへ」


「待ってくれ。司祭殿。シルヴィア姫がまだだ」


「姫はどこに?」


「庭園だ。あの庭は本当にすばらしかった。どうやら姫は大層気に入ったらしい。まだ戻ってこぬ。先ほど従者を迎えにやった」


アスターはこのとき楽観的に考えていた。シェファーズの民が人質にされている以上シルヴィアが自分の下を離れることなどないと高を括っていた。

そんな、アスターのところへ従者が戻ってきた。それも大慌てで。


「アスター様っ! 大変です。シルヴィア様がどこにもいらっしゃいません!」


驚愕の知らせにアスターは声も出なかった。


『まさかっ! 逃げたのか!』


頭の中に浮かんだ考えをアスターは瞬時に打ち消す。シルヴィアはシェファーズの民の命などどうでもいいと考える人間ではない。むしろ、自分の身一つで済むのであれば進んでその身を捧げるような馬鹿女だ。


嫌な予感がした。


「教会の人間も総動員して、シルヴィアを探せ!」


アスターが、その場にいた全員に指示を出したそのときビュッと空気を切り裂く音がする。

開いた窓から矢が飛び込み、アスターの足元に突き刺さった。

しかし、その矢はアスターの命を奪うためのものではなかった。それは矢文だった。アスターは突き刺さっていた矢から文を解き、眼を通す。


「くそがっ」


アスターは低く、静かな声でうめいた。怒りで手の中の文がぐしゃぐしゃになる。


『シルヴィア!』


アスターは矢の通り道となった窓を見上げた。




―売国奴シルヴィアは我らが預かった。返してほしくば、鬼神アスター一人で来い。―


文にはそう書かれていた。


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