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波乱の幕開け


第三章波乱の幕開け


昨夜、アスターはとうとうシルヴィアの元を訪れることはなかった。外された鎖はそのまま。うれしいはずなのに現実は少し違った。


『寂しい』


ふとそう感じた。


『やだ。何を考えているの。わたしったら!』


シルヴィアは、心に浮かんだ気持ちを否定するかのように首を横に何度も振る。


『あの人は、敵。仇よ。私を脅迫し、嫌なことでも無理強いをするような人。冷酷な人よ。あの人に優しさなんて……』


昨日のアスターの様子がシルヴィアの脳裏をよぎる。複雑な心境だった。父を殺した人間が父の墓を作るり、その仇に導かれ、実の娘がそこを訪れる。

はあ~っとシルヴィアの口からため息が出る。物思いにふけっていると、唐突に扉が開いた。そこにいたのは、アスターだった。


「アスター様?」


だが、アスターはちらりとシルヴィアの顔を一瞥しただけですぐ視線をそらす。


「アスター様?」


アスターの態度がおかしい。シルヴィアは心配そうに再度呼びかけた。


「あの、アスター様。どうかなさったのですか?」


「お前にやるべき仕事ができた」


そういうとアスターはテーブルの上に置いてあった呼び鈴を鳴らす。


チリリン


すると、何人かの年配の女性たちが入室してきた。手にはそれぞれドレスや化粧道具などを持って。


「仕度ができたら王城の大バルコニーに来い」


「え?」


それだけいうとアスターは早々に部屋を出て行った。その素っ気無い態度にシルヴィアの胸がズキッと痛む。


「シルヴィア様。お着替えのお手伝いをさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「あっ。はい」


シルヴィアはわけがわからなかったが侍女たちに促されるまま仕度をし始めた。用意されたのは白いドレス。これもアスターが用意したのだろう。なぜならアスターは、シルヴィアに白い服以外着せることはなかったからだ。

姿見の前で着飾った自分を見る。


「お似合いですよ」


仕度を手伝ってくれた侍女たちが自分の褒めてくれた。裾や袖に金糸の刺繍があるだけで余計な装飾が一切ないシンプルなドレスは清楚なシルヴィアの魅力を最大限に引き出している。そして、髪には金色の髪飾り。どれもこれもシルヴィアのためにあつらえられたもののようにぴったりだった。シルヴィアは、頬を染める。アスターが自分のことを考えて用意してくれた。そう考えるだけでなぜか、胸が温かくなった。以前は、それさえも自分を閉じ込める檻のように感じていたのに。しばらくするとコンコンコンとノックがする。


「シルヴィア様。お迎えに上がりました」


扉の外から声がした。


「すぐに、参ります」


扉の方へ歩いていくとすかさず侍女が扉を開けた。外にいたのはアービスだった。シルヴィアの顔が少し曇る。彼もまた、父王の最後に立ち会っていた。アービスもそんなシルヴィアの心情を察していた。


「申し訳ございません。ご不快でしょうが。ご一緒してもよろしいでしょうか」


アービスに罪はない。彼は国の命令に従っただけ。複雑な心情を心の奥底に沈め、シルヴィアは彼に微笑んだ。


「案内……していただけますか?」


涙を流しているわけではない。微笑を浮かべているのだが、アービスには泣いているようにしか見えなかった。

アービスはこのとき初めて罪悪感を覚えた。今まで、シェファーズ征服に関して、アスターや皇帝陛下の判断は正しいと思っていた。国のため、民のため、戦ってきたが、シェファーズの民のことなど考えたこともなかった。平和的解決はなかったのだろうか。今更ながらに思う。


「あの……」


シルヴィアの戸惑った声にアービスは我に返った。


「失礼しました。では、こちらへ」


シルヴィアはアービスの先導でバルコニーに向かった。向かう間、シルヴィアの心臓はドキドキしていた。彼の真意がわからなかった。


『やるべき仕事ができたと言っていたけど、一体……』


不安もある。だけど、少しの期待もあった。

とてもひどい人。残酷で冷たい。でも、どこか寂しそうで……。


『シルヴィア!』


彼が自分を呼んだときに漂った寂しそうな空気がシルヴィアの心を締め付ける。そして自分が彼に必要とされている存在なのではと感じていた。

シルヴィアは母が死んでから、だれからも必要とされなかった。父は自分を案じてくれていたが、自分の存在が父にとってとても重いものだとは考えられなかった。憎むべき相手なのだと思いながら、その反面どんな感情にしろ、自分に執着してくれることに喜びを感じている自分がいる。

心を許してはいけない。父王の最後を思い出せ。自分にした仕打ちを思い出せ。そう自分に言い聞かせている毎日。


『憎み、憎まれる関係。それが私たち』


過去は消せない。だが、心のどこかで今日から何かが変わるのではないかという期待が存在しているのも事実だった。


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