変革の波 嵐の一夜
緑豊かな大地と美しい湖に囲まれた小国、シェファーズ。大陸の中心、文化の中心から外れた辺境の国でありながら、周辺諸国から【天の花園】と呼ばれる平和な国だった。
しかし、いつもなら青々と続く空は暗雲が立ち込め、灰色の煙があちらこちらから空へと駆け上がっていた。緑豊かな黄金色の大地は踏みにじられ、きらきらと光る湖は赤く染まっていた。大地を埋め尽くすほどの怒号の嵐。【天の花園】は一瞬にして【地の悪夢】と化した。
その先頭に立つのは、神聖リリィアード帝国が誇る第一皇子アスター。連戦連勝。無敗の王子。その悪鬼のごときその強さから諸外国から【鬼神アスター】と恐れられていた。
「者ども。続けーーー! この勢いのまま城を落とすぞーー!」
オオオオオォォォォォーーーーー
大陸屈指の大国リリィアードと平和な日々を送っていたため、争うことに慣れていない小国シェファーズでは国力も兵力も差があり、破竹の勢いで進軍するリリィアードにシェファーズはなす術もなく彼の国は滅亡寸前だった。
「早く準備なさい。逃げるのよ!」
高価なドレスを着た中年の女性がすごい剣幕で侍女に怒鳴り散らしていた。侍女たちはその女性の指示通り、動き回っている。そんな所へ一人の少女が駆けてきた。
「お母様。何をなさっているのですか?」
扉の入り口に立ちすくむ少女の顔は青ざめ、口元を微かに覆う指先は小刻みに震えていた。
「あら、シルヴィア。ごきげんよう」
母と呼ばれた女性は艶然とした微笑みを浮かべ、ツカツカと歩み寄ると、持っていた扇子で少女の頬を力いっぱい叩いた。
「きゃっ!」
小柄で華奢な少女シルヴィアは、その衝撃で床に倒れ伏す。そして女性は扇子をざっと広げ、倒れ伏した少女を見下ろしていた。その顔に、先ほどの笑みはもうない。あるのは憎しみと嘲笑と嫌悪の色のみ。
「前から言っているであろう。わたくしを母と呼ぶでないと。わたくしの娘はただ一人。
あの汚らわしい女の娘に母と呼ばれるなど、考えただけで虫唾が走るわ!」
そういうと女性は、シルヴィアの脇腹を蹴りつけた。
「あの女! 汚らわしいリリィアード人! しかも、たかだか男爵家の娘ごときが先に嫁
いだというだけで、正妃の座に居座っていた女! ローザリオンの由緒ある侯爵家の娘で
あるこのわたくしが! あの女のせいで側室扱いを受けるなどっ!」
言葉を区切るたびに、シルヴィアの脇腹を蹴りつける。シルヴィアは歯をくいしばり、口
を真一文字にひき、声が漏れるのを必死にこらえた。悲鳴をあげれば、もっとひどいこと
をされると今までの経験で学んでいたからだ。