目覚めの朝3
ドカッ
部屋を出たイオルは壁に拳をたたきつけた。怒りで握り締めた拳が震える。
「くそっ!」
髪の隙間から見え隠れする首筋に散らばった赤い花弁。ガウンの裾から伸びる銀の鎖。
アスターがここまでするとは思わなかった。
前方からコツコツコツと靴の音が近づいてくる。そして、イオルの前で止まった。
イオルは顔を上げるとアスターに掴みかかった。
ドンッ
そしてそのまま、壁に押し付ける。
「何を考えている」
射殺してしまいそうな眼でアスターを見るが、アスターの表情から感情は読み取れない。
「まだ、十五になったばかりの少女にする仕打ちか! あれが。ましてや彼女は一国の王女。敬意を払い、接するべきだろう!」
怒りに震えるイオルをアスターは鼻で笑った。
「確かに、あれは王女だった人間だ。だが、今は違う。シェファーズは滅んだ。昔から滅ぼした側の男が滅ぼされた側の女を略奪してきた。略奪された女はその男のものになる。あの女も同じだ。あの女は俺のもの。どう扱おうが俺の勝手だ」
「アスター!」
すると、アスターは胸元を握り締めるイオルの手を打ち払った。
「偽善者ぶるのはやめろ!」
「何?」
「悔しいんだろう? あれを奪われて」
アスターの言葉にイオルはハッとする。
「初めてあれを抱いた日のお前の顔」
アスターはクックックと笑った。
「お前は、ショックで青ざめていたが、その瞳にはまぎれもない俺に対する嫉妬の心が宿っていたぞ」
「そんなことは」
「ない。というのか?」
アスターは何もかも見透かしているような目をしてイオルを見つめる。
「イオル。お前は俺の双子の弟だ。だから、わかる。お前も俺と同じ。興味のない人間のためにわざわざ時間を割くほどお人好しではない。しかし、お前は俺と違う。お前は人を愛することができる男だ。お前は、あれを愛しているのか?」
淡々と話すアスター。イオルは考えるが返す言葉が見つからない。
「イオル。あれに会いたければいつでも会いにくるがいい」
予想外の言葉にイオルは驚いた。
「アスター」
そして、そのままシルヴィアの部屋へと向かった。その背中にイオルは問いを投げかける。
「お前は、姫を愛しているのか?」
アスターはピタリと歩みを止めた。
「俺には、そんな甘ったるい感情などない」
振り返ったアスターの瞳は絶対零度の氷のように冷ややかだった。
「だが、イオル。覚えておけ。あれは、俺の小鳥。俺の所有物だということを」
そういうとアスターはイオルの前から去っていった。イオルはその場で立ちすくむことしかできなかった。