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目覚めの朝2


何度目の朝だろうか。シルヴィアは目覚めた。

目覚めるときはベッドにいつも一人。こういうとき、改めて思い知らされる。私には、本当にこの程度の価値しかないと。

シルヴィアは床に落ちていた白いガウンを拾い上げ、身に着ける。足を床に置くと、ジャラッと音がした。足につながれた鎖の音だ。銀の鎖はベッドの柱に繋がれていたが、部屋の隅から隅まで歩くのには十分な長さだった。

それから、シルヴィアはバルコニーに出た。歩くたびに、音がなる。音が鳴るたびに、惨めな気分になり、気分が落ち込む。

朝もやの中、緑が生い茂る庭園を眺めた。朝日が昇り、光がシルヴィアを照らし始める。爽やかな風がシルヴィアの髪をなびかせる。


『お父様。お母様。今日先生から新しいお歌を教わったの。聞いてくださいませんか』


幼き自分の声がどこからともなく聞こえてくる。

昔、母が生きていた頃、父と母とよくここから庭園を眺め、歌が大好きな両親のために歌を歌っていた。ここは、シルヴィアの幸せの象徴…だった場所。人に蔑まれることも貶められることもなかった。父と母の愛情を胸いっぱいに感じていたあの頃。


『戻りたい』


シルヴィアは苦しそうに胸を押さえる。すると、一羽の小鳥がバルコニーの手すりに舞い降りた。

つぶらな瞳でシルヴィアをじっと見つめる。シルヴィアは微笑むと、小鳥に向かって手を差し伸べた。その小鳥は、シルヴィアの指にちょこんと乗る。そして、シルヴィアの心を慰めるかのごとくさえずった。


「何?」


「チュンチュン」


羽をばたつかせ、シルヴィアに何か訴えている。シルヴィアは小鳥に話しかけた。


「歌を歌えと言っているの?」


「チュンチュン」


錯覚だと分かっている。でも、シルヴィアには小鳥が頷いているように思えてならなかった。


『歌って…みようかな?』


シルヴィアは一度深呼吸をし、微笑むと、歌を歌い始めた。高く低く。心の赴くまま。透き通るような歌声が響き渡る。


『シルヴィアの歌声は人々の心を癒す天使の歌声だな。とても美しい』


父はよくそう言って、シルヴィアを褒めてくれた。


『お父様……』


歌を歌うことは昔から大好きだった。歌を歌っていると、心にこびりついた汚いものが剥がれ落ちるように感じる。歌を歌っている時だけが、母が亡くなって以来、シルヴィアにとって唯一の安らぎとなっていた。

シルヴィアの歌声に、どこからともなく鳥たちが集まってくる。まるでシルヴィアの歌を聞きに来たようにシルヴィアを取り囲んだ。そこだけ別の世界のようだ。一点の穢れもない美しい世界。


シルヴィアが一心不乱に歌を歌っていると、背後でキィというバルコニーの入り口が開く音が聞こえた。その音にシルヴィアの肩がビクッと震え、人の気配に驚いた鳥たちが一斉に飛び立つ。シルヴィアはゆっくり後ろを振り返るが、鳥たちの羽が舞い散り、その人の顔がよく見えない。


「誰?」


シルヴィアは胸元で両手を握り締めた。

どうやら男性のようだ。彼はゆっくりシルヴィアに近づいてきた。そして、その人の顔を見たシルヴィアは目を見開いた。


「あなたは……」


彼が口を開く。


「姫」


彼の手が持ち上がり、シルヴィアの方へと伸ばされた。次の瞬間、シルヴィアはその手を打ち払っていた。


「いやっ」


金髪碧眼の彼の手を。自分の目の前に突然現れたことで、彼の正体が瞬時に分かってしまった。


「姫……」


心に衝撃を受けたイオルは打ち払われた手を引っ込めることも、伸ばすこともできなかった。

シルヴィアはイオルから視線をそらす。


「頭では、分かっているのです。あなたが悪いわけではないと」


イオルは黙って、シルヴィアの言葉を聞いている。


「これは、国同士の戦争。個人の意志などないに等しい。それに、あなたは私の命の恩人。助けて頂いて感謝しています。ですがっ」


瞳に涙を浮かべ、イオルを見る。


「どうしても、許すことができないのです。あなた方を」


胸を押さえ、辛そうに搾り出すような声にイオルの胸もまた痛んだ。


「お願いです。どうか、出ていってください。リリィアード第二皇子イオルバーン・ド・ジェラルド様」


アスターは、シルヴィアが他人と接触するのを極端に嫌い、使用人も必要なとき以外はここに立ち入らせない。つまり、ここに入れるのはアスターに入室許可を取れるほどの人間。

加えて、金髪碧眼の美青年ということから、考えられる彼の正体は、アスターの弟である【金の貴公子】イオルしか考えられなかった。


シルヴィアの鋭い考察と拒絶にイオルはフッと辛そうに笑うと、もう一方の手に持っていた花束を差し出す。


「これを、姫に。少しでも、姫の心の慰めになればと……。これだけは受け取って頂けませんか?」


それはなずなの花束だった。シェファーズの国花。しかし、シルヴィアは花を見つめたまま動こうとしない。イオルは歩み寄ると、シルヴィアの手を取り、彼女の手に小さな花束をのせた。

自分の手の中にある花を見つめ続けるシルヴィア。そして、イオルはそっと部屋を出て行ったのだった。


そよ風がシルヴィアの長い髪をなびかせる。


そしてシルヴィアは、しおれた花のようにずっとうつむいたままだった。


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