目覚めの朝
第二章 目覚めの朝
チュンチュンチュンと小鳥がさえずる声が聞こえる。
「ん……」
カーテンの隙間から差し込む光に照らされ、シルヴィアの意識は覚醒した。手を目の前にかざし、光を遮断しようとした。シルヴィアのまぶたがゆっくり持ち上がる。眩しそうに眼が細められた。
「ここは…」
まだ頭がぼうっとして意識がはっきりしない。上半身を起こし、片手で顔を覆う。
体中の節々が痛い。腕も足も肩もこわばっていた。
シルヴィアはふと突き刺さるような視線を感じた。そちらの方へ視線をめぐらす。
ベッドの傍に置いてある椅子に座っているアスターは足を組み、肘掛に腕を置き、そこに頭をもたれかけていた。
そしてシルヴィアの視線は、その氷のような視線とぶつかり、砕けた。
『あっ。いやっ。いやっ。やめてっ。もうやめてっ。おねがい』
シルヴィアの体が小刻みに震える。
それを見たアスターは笑った。
「俺を誘っているのか?」
シルヴィアは眉をひそめた。アスターが何を言っているのか理解できなかったからだ。
アスターは口の端を持ち上げ、フッと笑う。彼の視線がゆっくりと下にずれる。それにつられシルヴィアの視線も下がる。
「っ! きゃーーー!」
慌ててずり落ちたシーツを引き上げ、アスターの視線から身体を隠した。シルヴィアの頬も首筋も朱色に染まった。朝の光の下、一糸まとわぬ姿をさらけ出してしまった。
アスターが立ち上がると、その気配を感じ取ったシルヴィアの肩がビクッと動く。
アスターがどんどん距離を縮め近づいてくる。心臓がドクドクと脈打つ。シルヴィアはアスターに背を向けたまま動けないでいた。
ベッドがギシリときしむ。アスターは意地悪そうな笑みのままベッドに腰掛けると、シルヴィアの髪をかき上げ、その朱色に染まった首筋に口づけを落とした。
「ひゃっ」
シルヴィアは口を押さえた。しかし、シルヴィアの可愛らしい桃色の唇からこぼれた甘い声を消し去ることはできなかった。
「何を恥ずかしがっている。今更だろう?」
アスターは完全におもしろがっていた。
「放してください」
シルヴィアは震える声でアスターを拒絶する。
「もう、気が済んだのではありませんか?」
シルヴィアは青ざめた顔でアスターを見る。
「殺してください」
アスターの顔から笑みが消える。
バシッ
頬をたたかれ、シルヴィアはベッドに倒れふす。アスターは肩を掴み、シルヴィアを仰向けに転がした。そして、彼女の両手首を握り締めた。冷たく暗い双眸。その瞳に向かって再度言う。
「殺してください。お父様を殺したようにっ」
感情が高ぶり、シルヴィアの瞳はその色を濃くする。まるで緑色の炎のような眼光にアスターは釘付けになった。数秒間のにらみ合いの末、先に動いたのはやはりアスターだった。
にやりと笑ったアスターの顔が近づいてくる。二人の顔が重なり合うまであと数センチ。自然と体に力が入る。
唇にアスターの吐息を感じ、シルヴィアは拳をぎゅっと握り締め、顔をそむける。すると、アスターの動きが止まった。それから、いきなり方向転換したのだ。
「やっ」
アスターの唇がシルヴィアの首筋に喰らいつく。
一回。二回。三回。
場所を変え、方向を変え、吸い付く強さを変えながら、シルヴィアの体に己の足跡を残していった。
「っ……」
唇からこぼれそうになる甘い声を聞かれぬよう、必死で口を閉ざし、両手でふさいだ。気配でシルヴィアの意図を察したアスターはシルヴィアの胸元から少し唇を離すと、にやりと笑った。心は拒んでいるのに、体は違った。自分の思い通りにならぬ体の反応にシルヴィアは戸惑っていた。そんなシルヴィアの心の内はアスターに簡単に見破られていた。
シルヴィアの体に触れるアスターの手が妖しく動く。
「あっ」
彼の手で与えられる感覚は、ふさいでいた唇の隙間からシルヴィアの艶めいた声を引き出していった。
「んっ。あっ。やっ。はぁ」
シルヴィアの反応に、またもにやりとすると、それはどんどん激しくなる。
「んんっ。やぁー!」
『どうして…』
自分自身の心を裏切り続ける己の身体に涙があふれ、シルヴィアはアスターの顔を仰ぎ見る。口元は笑みを浮かべているが、その瞳は冷ややかで、まるでシルヴィアを蔑んでいるようだ。
そんなアスターの表情にシルヴィアは我慢がならなかった。
「いや! 触らないで!!」
渾身の力でアスターの身体を押し返した。
そんな彼女の反応に、それまでアスターに張り付いていた笑みが消え、氷のような冷ややかな視線がシルヴィアを上から貫く。
「おまえは、どうやら自分の立場が分かっていないらしい」
「立場?」
「お前を生かすも殺すも俺の意思次第」
シルヴィアの脳裏にアスターの黒い剣の刃が浮かび、唇が震える。
「ならば、殺してください」
震えながらも虚勢をはろうとするシルヴィアの言葉をアスターは鼻で笑った。
「やはり、分かっていない。お前は俺の所有物だということが」
「どういう……ことですか?」
「お前に選択権はない。俺の許しがなければお前は死ぬことすらできない」
ゆっくりとアスターはシルヴィアの耳元に口を近づけ、そして囁いた。
「もし、お前が俺の意に反することを行えば、シェファーズ国民の命はないと思え」
シルヴィアは大きく目を見開いた。
「そんなこと…」
「できないと思うか、では試してみるか」
「やっ、やめてくだい!」
ベッドから出ようとするアスターの腕にすがり、シルヴィアは引き止める。アスターは相変わらず意地の悪い表情で話を続けた。
「俺の気が済むそのときまで、お前は俺を慰める小鳥となれ。その務めを果たせば、シェファーズの民にリリィアード本国の民と同様に扱ってやる。悪い話ではないだろう?」
そういうと、シルヴィアの青ざめた顔を愛おしそうになでる。しかし、シルヴィアの身体はぶるりと震えた。そのあまりにも冷たい彼の手に。
「返事は?」
シルヴィアに選択の余地はなかった。
「…お受け……いたします」
その言葉を受け、アスターはかぶっていた掛け布団を剥ぎ取ると、ベッドの脇に置いてあったある物を取りにいった。
ジャラッという音とともに現れたのは銀色に輝く銀の鎖。その先には足枷がついていた。シルヴィアの細い足首を掴むと、それを足にはめ、鍵をかけた。その鍵はネックレスになっていて、アスターは見せびらかすように首にかけた。
「契約成立だな」
そして、鎖につながれた足を手に取ると、そこに口づけた。それより三日間、朝も昼も夜もアスターの腕から逃れられず、シルヴィアは憎い仇に抱かれ続けるしかなかった。