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変革の波 嵐の一夜13


イオルは焦っていた。

しかし、自分に付き従ってきた部下の手前、表に焦りを出すことはできなかった。イオルの脳裏には少女の泣き顔が焼きついて離れないでいる。


『姫…』


自然と歩くスピードが速まる。シルヴィアを見失ったあの庭園から急いで王城に向かったが、思った以上に時間がかかってしまった。

イオルは謁見の間へと急いだ。すると、前から粗末な荷車を引いた兵士たちが歩いてきた。

すれ違いざま、濃い血のにおいを感じ、振り向いた。


「待て」


イオルは彼らを引き止めた。


「あっ。イオル様」


近づいてみると荷車に横たわる亡骸は、身分の高い男性のものだった。見事に首を一閃され、一撃で息の根を止められている。この傷なら無駄に苦しむことなく天へと昇ったであろう。王城から運び出される身なりの良い中年男性。誰なのかは一目瞭然だった。そして、彼の命を誰が断ち切ったのかも一目瞭然だった。イオルの顔がこわばる。


「アスターは…」


「はい?」


兵士が聞き返す。


「アスター……。いや、総司令官はどこにおられる」


兵士はイオルから気まずそうに視線をはずす。その反応だけで何か想定外のことが起こったのだと、瞬時に理解できた。イオルは謁見の間がある方へと視線を向けると、早足でその方向へ向かっていった。


「あのっ。ちょっ。イオル様!」


呼び止める兵士たちを置き去りにして、早足はいつのまにか駆け足となっていた。イオルの耳には何者の声も最早届かなかった。彼の頭を占めるのはただ一人。


『姫』


燃え盛る炎の中、震えていた少女。掴めば折れてしまうような華奢な身体。すすで汚れた白い肌と涙にぬれたエメラルドの双眸。彼女の姿を求めてイオルは走り出した。


バタンッ


謁見の間の扉を両手で開け広間に飛び込む。

ただならぬイオルの様子に、そこから兵士たちに指令を出していた副司令官アービスが驚いたように、こちらを向いていた。


「これは、イオル様。どうなされたのですか?」


手にしていた書類を側近に手渡すとイオルに対して敬礼した。イオルはツカツカと歩み寄るとアービスに尋ねた。


「アスターはどこにいる」


その言葉にアービスはハッと息をのむ。


「それは……」


アービスも先ほどの兵士同様、気まずそうに視線をそらす。

つとめて冷静なふりをしてイオルは再度アービスに尋ねた。


「アスターに、総司令官に、今すぐ報告しなければならないことがある。居場所を教えてくれ」


アービスは困ったように答えた。


「命令されているのです。呼ぶまで誰も邪魔をするなと」


イオルは首をかしげた。


「邪魔? アスターは何をしているのだ?」


アービスは、重い口を開いた。


「実は…」


アービスの口から飛び出した名前にイオルは驚愕した。そして、彼の話を聞くや否や制止するアービスの呼びかけを無視し、王の寝所に通じる扉を乱暴に開いた。とても嫌な予感がした。何故だか分からないが、とても嫌な予感だった。先ほどのアービスの言葉が頭の中を駆け巡っている。


『実は、シェファーズ国王がアスター様の手でお亡くなりになったところに、第二王女シルヴィア姫が現れまして、アスター様が姫に用があるとおっしゃられ、お二人で王の寝所に……』


イオルも鈍感な男ではない。若い血気盛んな男が、若い女を寝所に連れ込むという意味がどういうことなのか分かる。だが信じたくなかった。いくら冷酷非情な鬼神と言われているアスターとはいえ、かりにも一国の王女だった少女に、そんな無体なことをする人間ではないと信じたかった。そして見たくなかった。普通の雨風にも耐え切れぬような儚い雰囲気を持った少女の、羽をもがれた姿など。

しかし、そんなイオルの願いは崩れ去った。寝所の扉がかすかに開いている。そこから、漏れ聞こえる音と声に絶望した。


「いや。やめて。やめて。いやーーーー!」


イオルは激しく脈打つ心臓を押さえながら、扉のノブに手をかける。


「あーーーーー!」


一際大きな少女の悲鳴を耳にしながら、ゆっくりと開けた。


「ふはははははは。あーっはっはっはっは」


目の前に広がる光景にイオルは青ざめた。


そこには少女の白い体に腕を回し、抱きしめる漆黒の皇子の姿。


「アスター」


彼の名をつぶやくと、アスターの視線がイオルを貫いた。そこには深い深い深遠の闇と、なんともいえない恍惚とした光を放っていた。


そして、アスターはイオルに向かってにやりと笑った。


「よう。遅かったな」


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