変革の波 嵐の一夜11
「一つだけ」
「それは?」
アスターは先を促した。
「我が娘。シルヴィアの命」
「シルヴィア?」
その名を聞いて思い出した。
いつもならアスターに任せた事にはめったに口を挟まない父ルドルフが今回に限って、必ず守るようにと言ってきたことが一つだけあったのだ。
『アスター。第二王女シルヴィア・ソナ・シェルファーは必ず保護するように』
父の言葉を思い返したアスターはうなずいた。
「シルヴィア姫の命は保証する」
すると国王は安心したように微笑むとその場に跪き、首を差し出した。アスターが剣を構える。
「最後に聞く。言い残すことは?」
国王は静かにこう答えた。
「怨みは捨て、幸せになりなさい」
言い終わるとアスターの剣が無情にも振り下ろされた。
ザシュッ
国王の返り血がアスターの頬をぬらす。
「いやーーーーーーーー!」
突如若い女の悲鳴が部屋中にこだました。
振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
すすや埃で汚れた身体。あちらこちらが擦り切れ破れている真紅のドレス。みすぼらしい一人の少女にアスターの眼は釘付けになった。
しかし、少女の視界にアスターは入ってなかった。エメラルドの瞳から零れ落ちる涙を拭いもせず、少女は一歩また一歩こちらへと近づいてきた。少女はゆっくりと膝をつき、シェファーズ国王の亡骸に手を置いた。国王の髪をかきあげ、愛おしそうに頬をなでると、大きな声で泣き叫んだ。
「いやっ…。死なないで……。死なないでください。お父様っ!」
その言葉にその場にいた誰もが驚いた。アスターは国王の亡骸に取りすがる少女の手を乱暴に取ると、少女の顔を無理やりこちらに振り向かせた。
「もしや、お前がシェファーズ第二王女シルヴィアかっ!」
アスターの顔を認識するとシルヴィアはアスターの手を打ち払った。
パンッ!
「触らないで!」
それは引っ込み思案で大人しく、人と争うことが苦手ないつものシルヴィアとは思えない行動だった。シルヴィアは涙にぬれた眼でアスターを睨み付けていた。女性にそんな仕打ちを受けたことがないアスターは驚きに眼を見張る。その場はシーンと静まり返った。
徐々にアスターの瞳に力がともる。二人は少しの間、にらみ合った。そして、先に動いたのはアスターだった。シルヴィアの首を掴むとそのままシルヴィアの体を引っ張り上げた。
「いい度胸だ」
「くっ……」
足は床についているが首を掴まれているのでとても苦しそうにしていた。しかし、その瞳の強さは変わらない。
「人殺し」
憎しみをこめた一言だった。アスターは口の端だけを持ち上げて笑った。
「おもしろい」
そして、彼女の首から手を放すと、そのまま自らの肩にシルヴィアを乗せ、担いだ。
「なっ!」
突然のことにシルヴィアは驚き、手足をばたつかせ抵抗した。
「いやっ。何をするの。下ろして!」
しかし、そんなシルヴィアの精一杯の抵抗もアスターにとっては子猫があばれている程度のものだった。
「下ろして! 下ろしてよ!」
アスターは自分に付いてきた副司令官アービスのほうをみると、ある命令を下した。
「あとのことは任せた。俺はこの王女に用がある。誰も俺たちの邪魔をしないように見張っておけ」
「はっ!」
言うだけ言うとアスターはそのまま謁見の間を通り過ぎ、宮城の奥へと進んだ。その先にあるのは王の寝室。それに気づいたアービスは一つため息をつくと、シェファーズ国王の亡骸に歩み寄り、彼の埋葬準備に取り掛かった。