変革の波 嵐の一夜10
そしてシェファーズに奇襲をかけ、国境を脅かして三日。城門を突破してから三時間。アスターは飽いていた。
『もう少し楽しめると思っていたんだがな』
アスターは剣を振るい、更なる血を求め、王城の中心部に向かっていた。
「奴らを行かせるな!」
シェファーズの兵士たちはアスターの進路を阻もうと立ちはだかるが、百戦錬磨の戦士でもあるアスターの前では赤子同然だった。ある者は首を、ある者は胴を切られ、また、ある者は心臓を一突きにされた。アスターの剣は数多の人間の血を吸い、不気味な黒い光を放っている。そして、最後の一人を倒すと大きな扉を守る門番は誰もいなくなった。
アスターは剣を鞘に戻すと両手でその大きな扉を開いた。そこはシェファーズ国王が諸外国からの使臣を迎えるために使われる謁見の間であった。アスターはリリィアードの兵士を従え、中に入るとニヒルな笑みを浮かべながら軽くお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。国王陛下」
玉座に座っている国王はゆっくりと立ち上がり階下にいるアスターの所へ降りてきた。
「私もあなたにお会いできて光栄だ。アスタリオス皇子」
そういうと国王はアスターに微笑んだ。
そこには、アスターに対する憎しみも恐怖も何もなかった。あるのはすべてを悟りきったかのような笑みのみ。アスターは不愉快そうに眉間に皺をよせた。その国王の態度が無性に腹立たしかったのだ。そして、彼を無性に貶めたくなった。
「シェファーズ国王陛下お付きの者はどうしたのですか?」
謁見の間に国王を守るべき臣下が一人もいない。彼らに見捨てられたという事実をどう受け止めているのか、アスターは嘲笑を浮かべながら国王に聞いた。すると国王は、何でもないことのように答えた。
「暇を出したのです」
予想外の切り返しにアスターの片眉がピクリと動く。
「暇……ですか?」
「そうです。最早、私に誠心誠意仕えたとて、彼らの働きに見合った給金も払えませんから」
その『のほほ~ん』とした笑顔にアスターはいらだった。こんな人間は初めてだった。
今まで、アスターに殺された人間は悪鬼のごとくその姿にひれ伏し、皆跪き、懇願した。
命だけは助けてくれと。
「国王陛下、あなたは今、ご自分がどういう状況に置かれているのか分かっていらっしゃるのですか?」
アスターは国王を睨み付けながら問うた。国王は相変わらず穏やかに笑っていた。
「わかっていますよ」
次の瞬間アスターは鞘から剣をはずすと国王の首筋に剣を突きつけた。
「では、私が今から何をしようとしているかも、お分かりですか?」
その抜き身の刃と同じように鋭く輝くアスターの瞳を見つめながら国王は言った。
「ええ」
アスターは黒剣の柄をぎゅっと握り締めた。
『本当にわかっているのか。この男は』
アスターの苛立ちは最高潮に達した。アスターは思った。シェファーズ国王は、シェファーズそのもののような男だと。平和に慣れ、安眠をむさぼり、ただただ生きるだけの生活をしてきた男。物心ついたときから、生きるか死ぬか、やるかやられるかといった殺伐とした人生を歩いてきたアスターとは正反対にいる存在。一点の穢れもないような雰囲気すべてがアスターの癇に障った。冷徹な瞳を向け、アスターは宣告した。
「思い残すことは?」
すると、国王は真剣な目でアスターを見た。