変革の波 嵐の一夜9
【鬼神アスター】は血に飢えていた。大国の皇子という立場。無敗の将軍という立場。一国を動かす力を持っているにも関わらず常に満足できず、彼はいつも何かに飢えていた。
そんなアスターが最近興味を持ったのが、小国シェファーズ。【天の花園】と呼ばれる平和な国。大国リリィアードとローザリオンにはさまれていながら、ここ数百年戦争とは無縁だった。豊かな大地と美しい湖を持つシェファーズは大いに利用価値がある。しかし、これまでどの国もシェファーズに攻め込むことはなかった。しかも、シェファーズは目立った外交も取っておらず、することといえばリリィアードとローザリオンから妃を娶るぐらいだ。
なぜだかわからないが、その『のほほ~ん』とした雰囲気がアスターの癇に障った。なぜだかわからないが、無性にその国を踏みにじりたくなった。そこでアスターは父である皇帝陛下に一つ進言をしてみることにした。
「皇帝陛下。シェファーズへの進軍を許可願います」
唐突に発せられた第一皇子の言葉。御前会議は混乱した。その様子をリリィアード帝国皇帝ルドルフは面白そうに眺めていた。
「進軍するということはシェファーズを征服するということか?」
「はい。陛下」
「理由は?」
「いくつかあります」
その会議に出席していた臣下一同は無敗の将軍の突然の進軍要請に驚き、ざわつきながら、二人のやり取りを見守っていた。
「まずシェファーズは世界有数の穀倉地帯。一年中温暖な気候で年二回も麦が収穫できる。リリィアードは現在シェファーズから穀物を買い付けていますが、彼らに支払う金も決して安い値段ではありません。民の下に届くときには人件費・運搬費込みで庶民にはかなりの金額。ならば、いっそシェファーズを征服したほうが、今後のためにも良いと思われます」
「ふむ。一理あるな」
「第二がローザリオンです」
アスターの言葉に反応し、一瞬にしてその場の緊張が高まった。
「ローザリオン?」
ルドルフの声も表情も穏やかだが、眼は笑っていない。
アスターは気にせず話を続けた。
「現在のシェファーズ王妃のことはご存知ですか?」
「余を馬鹿にしているのか? ローザリオンの名門マルリオーザ侯爵家の娘であろう?」
「はい。現ローザリオン王妃の姉にあたるお方です」
「で?」
「その王妃が最近、頻繁にローザリオンに密使を送っていることをご存知ですか?」
ルドルフの片眉が跳ね上がる。
「ほう。それは面白い」
「わが手の者の話によりますとどうやら王妃は縁談の話をローザリオン王室に持ちかけたそうです」
「相手は?」
「ローザリオンの第二皇子です」
アスターは声を張り上げ、言った。
「シェファーズ王女ディアナの婿としてシェファーズ王室に入って欲しいと」
アスターがもたらした情報は臣下にとって寝耳に水の話だったようで、先ほどよりもざわつきが増した。
「これが、シェファーズ進軍要請の最大の理由です」
そう、アスターはうそぶいた。
こういえば、必ずシェファーズ侵攻を命じられると分かっていたからだ。
ディアナは現在シェファーズの第一王位継承者だ。しかも、現王妃が母ということで血筋的には何の問題もない。それにローザリオン王室という後ろ盾がある。このままいけばディアナの女王即位は確実だ。
そんな彼女の婿となるということは、つまりローザリオンの皇子が共同統治者となり、王子が生まれれば、その子があとを継ぐ。ローザリオン王室とのつながりが強くなるのは確実だ。
小国とはいえシェファーズがローザリオン側につくとなると大国とはいえリリィアードは苦しくなる。ここ数十年でリリィアードとローザリオンの仲は悪化の一途をたどっているからだ。一応国交はあるが、いつ戦になってもおかしくはない状況に陥っていた。
ルドルフはため息をつくとアスターに言った。
「わかった。進軍を許可しよう。皆の者異存は?」
周りに控えている臣下たちは無言のまま、異を唱える者は誰一人いなかった。その表情はむしろやる気に満ちていた。ルドルフは立ち上がると皆に宣言した。
「第一皇子アスタリオス・ラ・ジェラルドにシェファーズ侵攻軍総司令官を任す。シェファーズを我が神聖リリィアード帝国の支配下に!」