少年時代
第1話 SLの運ぶ夢
◆カーテンの向こう
峠を越えて山道を下り、母の実家に近づくと、はるかかなたに国鉄の駅舎が見えた。
運が良ければ、汽車が停まっていた。さらに幸運に恵まれれば、黒煙を吐いた。蒸気機関車、SLだった。
少年は時間の経つのを忘れて見入った。
ただ、そこは別世界だった。文明と未開を隔てる、巨大なカーテンが引かれていた。
少年には憧れている土地があった。
そこは母の実家とは反対側。むしろ、少年の住む世界の延長線上にあった。山深く分け入り、いくつも高い山を越えれば、行きつけると信じていた。
目指すは、徳島県のとなり、坂本龍馬の高知県だった。少年は、幕末の志士・龍馬を生んだ高知の風土に、限りない魅力を感じていた。
◆あこがれの地は遠く
ひとつ屋根の下に、四世代が暮らしていた。トラブルが絶えなかった。家にいてもつまらなかったので、少年は野山を遊び場としていた。
(いつか家出して、高知に行くんだ)
少年は山越えしているところを夢想した。
いくら考えても、山狩りの末、連れ戻されるのがオチだった。高知は遠かった。
もう少し学年が進んでいれば、線路は香川と高知を結ぶ土讃線であり、汽車に乗れば簡単に高知に逃亡できることが分かったはずだった。
◆レスラー志願
母には妹がいた。少年と同じ校区の村に嫁いでいた。
叔母には息子がいた。少年はこのイトコと話しこんだことがあった。
「何になりたい?」
訊かれ、少年は
「大工さんになりたい」
と答えた。
「オラはな、都会へ行って、プロレスラーになるんや」
イトコの口調は、思い付きのそれではなかった。暴れん坊で名高かったイトコには、あり得る話だった。
少年は力道山、イトコは弟子のジャイアント馬場、アントニオ猪木らの活躍に胸躍らせた世代だった。まったくもって、テレビの影響力は絶大だった。
◆決行の日
少年が苦難に満ちた山越えしか思い浮かばなかったこともあって、高知行きをためらっていたのに対し、イトコは都会行きを決行した。
イトコは行方不明になった。ほうぼう手を尽くした結果、線路を歩いているところを補導された。
「都会へ行くんや」
と言っていたらしい。
事の次第を少年は高校時代に、叔母から聞いた。当時、少年は建築士志望だった。イトコがプロレスラーになりたがっていたことなどは、余計なことなので叔母には話さなかった。
イトコもまた、祖母の家を訪れた際、遠方の蒸気機関車を眺めながら、想像をたくましくしていたのだろう。
イトコは幼少にして、文明のカーテンを開けてしまった。
イトコを駆り立てたものが何だったのか、思い出話をする機会があれば、ぜひ訊ねてみたいと思っている。
第2話 手裏剣とネクタイ
◆ハンドメイドおもちゃ
少年は手先が器用だった。凝り性でもあった。
小学生の時、ゴム銃を作った。たいていの子どもたちには経験があった。多くは、木の枝のY字になった部分を伐り、ゴムを結んだ。
少年の場合、竹を用いた。竹は節の部分から枝が出る。枝の先は切って捨て、V字の部分にゴムを結んだ。竹本体の長さはお好みだった。長くすればするほど、命中率は高くなった。木のゴム銃がピストルとすれば、竹のゴム銃はライフルのようなものだ。
竹のゴム銃で雀を獲ったことがあった。
自慢の獲物を見せに行くと
「まぐれ当たりだな。それにしても、うまく頭に当たってるな」
と、大人たちは少年の腕前を認めなかった。
◆狙撃手
少年には、まぐれではないという自信があった。
野山を歩く時はいつも手にゴム銃を携えていた。まるで猟師だった。
ある時、となりのお兄さんが山道にしゃがみこみ、水道のホースの手入れをしていた。三〇メートルは優に離れていた。安全圏だった。
少年は深く考えもせず、後頭部に狙いを定めて弾を放った。お兄さんはとっさに首の後ろを押さえた。命中したのだ。少年は夢中で駆け寄った。
「どうかしたの?」
と声はかけたものの、自分が撃ったとは言えなかった。
以来、ゴム銃を手にすることはなかった。
◆コマ作り名人
コマは自慢のおもちゃだった。
兄たちが小さいころに遊んだのか、いらなくなった戸車に竹を通して心棒を入れたものがあった。
心棒を持ち、竹の部分にタコ糸を巻いて勢いよく引くと回転し始める。戸車が鉄製のために適度な重さがあり、けっこう長時間、廻った。
少年は折り畳み式のナイフ・肥後守を使って、心棒の試作品をいくつか作った。廻してみて、改良を加えた。その中に五分近く廻るものがあった。
粉ミルクの缶をうつ伏せにし、勢いよく廻り始めたコマを置く。コマは動きが止まったみたいに、すくむ。時計を見て、信じられなかった。
よほどコマに入れ込んだのか、家じゅうの話題になっていたらしい。挙句の果てに、現役で活躍している戸車を外してコマを作ったということにされた。兄たちの犯罪を少年がかぶったようなものだった。
◆熱血教師
世をあげての忍者ブームだった。
少年たちは忍者がピシピシと手裏剣を投げるシーンに痺れた。厚紙製の手裏剣が売られていたほどだ。
そんなおもちゃでは少年を満足させなかった。
あれは中学二年の時だった。家にあった薄い鉄板を金切りノコを使って挽き、細長い手裏剣を作った。両端が尖っていて、うまく投げると刺さった。もはや武器だった。
少年は手裏剣をカバンの底に忍ばせ、学校に持って行った。遠縁にあたる級友に、自慢げに見せた。早朝の教室には二人だけだった。二人は衝動を抑えられなくなっていた。教室の後ろの板壁に投げてみた。音を立てて弾ける。
そこへ、学校の裏の村に住む女性教師が通りかかった。その教師は山道を下り、校舎の裏から廊下を通って職員室に出勤していた。二人は慌てて手裏剣を隠した。しかし、目撃されていた。
放課後、少年たちは職員室に呼ばれた。おそらく学級担任は女性だったのだろう。男性の教頭の出番だった。泣く子も黙る強面だった。もはや言い逃れのしようもなかった。
体罰はほぼ公認されていた。そればかりか、田舎では、暴力を振るう教師ほど教育熱心という風潮さえあった。首謀者の少年は覚悟を決めた。
まず、教頭に一発ずつ、ビンタを喰らった。
教頭の説教が始まる。二人の顔を交互に見ながら、ネチネチと続ける。
◆オシャレ中学生
教頭が何かに気付き、級友の胸倉をつかんで、学生服の詰襟を乱暴に開いた。教頭が引っ張り出したのは、ネクタイだった。
級友は往復ビンタを喰らった。級友はシブシブとネクタイを外してポケットに入れた。まさか、そんなことで殴られるとは思ってもいなかったようだった。
少年の関心はもっぱらゴム銃やコマ、手裏剣にあったのに対し、級友はオシャレに興じていたのだった。まったくの未知の世界だった。少年には級友が異星人に見えた。
手裏剣にネクタイ――。学校側からすれば、非行のサインだったのかも知れない。ともあれ、あの頃は各自が自分に合ったものを見つけて、ドーパミンを出していた。
(悪ガキばかりで、教師も大変だっただろな)
少年は今でも申し訳ない気持ちになる。狙撃手はもとより、忍者にもプレイボーイにもならなかったのは、指導よろしきを得たということか。




