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99.8%亡き妻と一致する異世界少女を保護したが、彼女は人間ではないらしい

作者: 白昼夢
掲載日:2026/03/19




「私はあなたの妻ではありません」




 雪の中で倒れていた女は、目を開けるなりそう言った。


「ですが、99.8%一致しています」



ーーーーー


 その女は、雪の中に倒れていた。


 辺境伯レオンハルトは、馬を止める。


 白い息が、静かに揺れた。


 冬の森は、死に近い。


 だからこそ――生きているものは目立つ。


 


「……誰だ」


 


 女は薄く目を開けた。


 そして、彼を見て。


 


「……確認。対象一致」


 


 意味の分からない言葉を呟いた。


 


「私は――あなたの妻ではありません」


 


 レオンハルトの心臓が、わずかに跳ねる。


 


「ですが」


 


 女はゆっくりと起き上がり。


 真っ直ぐに彼を見た。


 


「外見および声紋、記録データとの一致率は99.8%です」


 


 雪が、静かに降り続けていた。


 


「……何を、言っている」


 


「理解不能な場合、再説明を行います」


 


 女は首をかしげる。


 


「私はあなたの妻ではありません。しかし、極めて高い確率で同一個体と誤認されます」


 


 ――亡き妻。


 


 その言葉が、頭の奥で反響した。


 


「……名前は」


 


「不明です」


 


 即答だった。


 


「自己識別情報に欠損があります」


 


 レオンハルトは、しばらく黙ってから。


 


「……立てるか」


 


「はい」


 


 女はすぐに立ち上がった。


 まるで痛みを感じていないように。


 


 その不自然さに、違和感が残る。


 だが――


 


(……似ている)


 


 あまりにも。


 


 忘れたくても忘れられない、あの顔に。


 


「……来い」


 


 そう言ってしまったのは。


 半分は義務で。


 半分は――


 


 未練だった。


 



 屋敷に連れ帰ってからも、違和感は消えなかった。


 


「この料理は、塩分が0.8%不足しています」


 


「……そうか」


 


「味覚的満足度は62点です」


 


「誰に採点している」


 


「あなたです」


 


 真顔だった。


 


 彼女は、奇妙だった。


 


 笑うことはある。


 だがどこかぎこちない。


 


 怒ることはある。


 だが理由が論理的すぎる。


 


 そして何より――


 


「……なぜ俺のそばにいる」


 


「最適だからです」


 


「何がだ」


 


「あなたの近くにいることが、現時点で最も合理的です」



ある日、彼女は庭にいた。


 雪が溶けはじめた頃だった。


 


「何をしている」


 


「観察です」


 


 しゃがみ込んだまま、彼女は土を見つめている。


 


「この植物は、なぜここで生きているのでしょうか」


 


「……雑草だな」


 


「不要という意味ですか」


 


「いや、勝手に生えているだけだ」


 


 彼女は、少しだけ考えて。


 


「では、目的はないのですか」


 


「……ないだろうな」


 


「ですが、生きています」


 


 顔を上げて、彼を見る。


 


「理由がなくても、生きていいのでしょうか」


 


 レオンハルトは、一瞬だけ言葉に詰まった。


 


「……ああ」


 


 それでも、答える。


 


「生きているなら、それでいい」


 


 彼女は、わずかに目を細めた。


 


「理解しました」


 


 その言い方が。


 


 どこか、嬉しそうに聞こえた。

 


 感情が、ないわけではない。


 だが――


 


 どこか、噛み合わない。


 


(……妻ではない)


 


 分かっている。


 


 顔が似ているだけだ。


 声が似ているだけだ。


 


 それなのに。


 


「……レオンハルト様」


 


 名前を呼ばれるたび。


 


 胸の奥が、軋んだ。


 



「私は、何なのでしょうか」


 


 ある日、彼女がそう言った。


 


「記憶がありません。ですが、感情はあります」


 


「……そうか」


 


「ですが、その感情が正しいのか判断できません」


 


 彼女は、困ったように眉を寄せる。


 


「あなたといると、安定します」


 


 その言葉に。


 


 レオンハルトは、目を逸らした。


 


「……それは、依存だ」


 


「依存と感情の違いを説明してください」


 


「……俺に聞くな」


 


 彼は、逃げるように席を立った。


 


(違う)


 


 分かっている。


 


(これは、違う)


 


 妻ではない。


 


 代わりにしてはいけない。


 


 それなのに――


 


「本日は、少し顔色が悪いです」


 


 彼女は気づく。


 


「睡眠時間が不足しています。休息を推奨します」


 


 誰よりも正確に。


 


(……なぜだ)


 


 なぜ、こんなにも。


 


 心が、揺れる。


 


食事の席。


 


「今日は味の評価をしないのか」


 


 レオンハルトがそう言うと。


 


 彼女は少し考えてから答えた。


 


「評価は可能です」


 


「なら言え」


 


「……ですが」


 


 一瞬、間があく。


 


「本日は、評価よりも優先される感情があります」


 


「何だ」


 


 彼女は、スプーンを置いて。


 


 まっすぐに彼を見る。


 


「美味しい、です」


 


 数秒、沈黙が落ちた。


 


「……それは評価ではないのか」


 


「違います」


 


 彼女は首を振る。


 


「これは、数値化できません」


 


 レオンハルトは、思わず視線を逸らした。


 


(……変わってきている)


 


 確実に。


 


夜。


 


 暖炉の火が、静かに揺れている。


 


「……一つ、質問があります」


 


 彼女が言った。


 


「何だ」


 


「私は、あなたの妻の代替ですか」


 


 その問いに。


 


 レオンハルトは、即答できなかった。


 


「……違う」


 


 絞り出すように、言う。


 


「本当に、そうですか」


 


 彼女の声は、わずかに揺れていた。


 


「あなたは、私を見るとき」


 


 一瞬、言葉を探して。


 


「別の誰かを、見ていませんか」


 


 沈黙。


 


 長い、沈黙。


 


 そして。


 


「……最初は、そうだった」


 


 正直に言う。


 


「だが、今は違う」


 


 彼女の目が、わずかに開かれる。


 


「お前は、お前だ」




 それだけを、はっきりと。


 


 伝えた。


 

だからこそ、失いたくないと――初めて思った。

 

 


 そのとき、初めて。


 


 彼女は、はっきりと笑った。


 


「……理解しました」


 


 その笑顔は。


 


 これまでで、一番“人間らしかった”。





 彼女が倒れたのは、突然だった。


 


 音もなく、崩れ落ちた。


 


「――っ!」


 


 駆け寄る。


 


「おい、しっかりしろ!」


 


 反応がない。


 


 呼吸は――ある。


 


 だが、何かがおかしい。


 


 胸元に触れたとき。


 


 違和感に気づいた。


 


「……これは」


 


 硬い。


 


 人間の感触ではない。


 


 衣服を開く。


 


 そこにあったのは――


 


 金属だった。


 



「……信じがたい話ですが」


 


 呼び寄せた技術者は、困惑していた。


 


「これは、生体ではありません」


 


「……何だと」


 


「極めて精巧な人工物です。おそらく古代文明か、それに類する技術」


 


 彼女は、ベッドに横たわっている。


 


 静かに。


 


 まるで、ただ眠っているように。


 


「記録装置の一部が残っています」


 


「読めるのか」


 


「……断片的ですが」


 


 技術者は、震える声で言った。


 


「“未来”という単語が確認されました」


 



 目を覚ました彼女は。


 


「……理解しました」


 


 そう言った。


 


「私は、人間ではありません」


 


 あまりにも、あっさりと。


 


「未来から来た人工個体。記憶障害により自己認識を喪失していました」


 


「……そうか」


 


 レオンハルトは、短く答える。


 


「あなたの妻のデータが、一部参照されています」


 


 胸が、わずかに痛む。


 


「だから、似ていたのか」


 


「はい」


 


 彼女は頷く。


 


「ですが、私はあなたの妻ではありません」


 


 分かっている。


 


「私は、私です」


 


 その言葉に。


 


 レオンハルトは、ゆっくりと息を吐いた。


 


「……ああ」


 


 そして。


 


 初めて。


 


 彼女を“彼女”として見た。


 



「修復方法があります」


 


 技術者が言った。


 


「ただし、選択が必要です」


 


 静かな部屋。


 


 誰も言葉を発さない。


 


「完全修復を行えば、機能は安定します」


 


「代償は」


 


「記憶の初期化です」


 


 沈黙。


 


「……もう一つは」


 


「現状維持です」


 


「どうなる」


 


「数ヶ月で停止します」


 


 つまり。


 


 死ぬ。


 


「なぜ、そんな顔をしているのですか」


 


 修復の説明を受けたあと。


 


 彼女が、静かに尋ねた。


 


「……どんな顔だ」


 


「損失を恐れている表情です」


 


 言い当てられて、言葉が詰まる。


 


「私は停止しても問題ありません」


 


「問題ある」


 


 即答だった。


 


「ですが、あなたは再び同じ経験をします」


 


 亡き妻。


 


 そして、彼女。


 


「非効率です」


 


「……効率の話じゃない」


 


 彼女は、少しだけ首をかしげる。


 


「では、何ですか」


 


 レオンハルトは、答えに迷って。


 


 それでも、口を開いた。


 


「……それでも、失いたくないものがある」


 


 彼女は、じっと彼を見る。


 


 まるで、その言葉を解析するように。


 


「理解に時間を要します」


 


「ゆっくりでいい」


 


 そう言ったとき。


 


 彼女は、小さく頷いた。



「私は、後者を選びます」


 


 彼女は、迷わなかった。


 


「記憶を保持したい」


 


「……なぜだ」


 


「理由は不明です」


 


 だが。


 


「あなたと過ごした時間を、失いたくないと判断しました」


 


 その言葉に。


 


 レオンハルトは、目を閉じた。


 



 夜。


 


 一人で、考える。


 


(また、失うのか)


 


 あの日と同じように。


 


 手の中から、消えていくのを。


 


 見送ることしかできないのか。


 


 違う。


 


(違う)


 


 今回は、違う。


 


 選べる。


 


 守れる。


 


 ――たとえ。


 


 忘れられるとしても。


 



「……決めた」


 


 翌朝。


 


 レオンハルトは言った。


 


「初期化を行う」


 


 彼女は、静かに彼を見る。


 


「それは、私の意思に反します」


 


「分かっている」


 


「私は、あなたとの記憶を保持したい」


 


「それでもだ」


 


 彼は、目を逸らさない。


 


「生きろ」


「……お前が、誰であってもいい」


 


 ただ一言。


 


「……命令ですか」


 


「違う」


 


 少しだけ、間を置いて。


 


「願いだ」


 



 彼女は、しばらく沈黙して。


 


「……了解しました」


 


 そう答えた。


 



 光が、消える。


 


 静寂。


 


 そして。


 


 再起動。


 



「……起動確認」


 


 彼女は、目を開ける。


 


 レオンハルトを見て。


 


 わずかに首をかしげた。


 


「初対面と認識します」


 


 当然だ。


 


「あなたは、誰ですか」


 


 当然の、質問だ。


 


 レオンハルトは。


 


 一瞬だけ、目を閉じて。


 


 そして。


 


 笑った。


 


「……ただの保護者だ」


 



 それからの日々は。


 


 穏やかだった。


 


 彼女は何も覚えていない。


 


 だが――


 


「なぜか、あなたのそばは落ち着きます」


 


 同じことを言う。


 


 同じように笑う。


 


 同じように、彼を気遣う。


 


 違うはずなのに。


 


 同じだった。


 

ある日。


 


 彼女は、ふと手を止めた。


 


「どうした」


 


「不明なノイズを検知しました」


 


 彼女は、自分の胸に手を当てる。


 


「ノイズ?」


 


「はい。記録に存在しない感情です」


 


 ゆっくりと。


 


 彼を見る。


 


「あなたといると、発生頻度が上昇します」


 


 そして。


 


 少しだけ、迷うように。


 


「……これは、何ですか」


 


 


 レオンハルトは。


 


 ほんの一瞬だけ、考えて。


 


 


「……たぶん、それで合ってる」


 


 


 答えになっていない答えを返した。


 


 


 彼女は、納得していない顔をしながらも。


 


「了解しました」


 


 そう言って。


 


 また、彼の隣に座った。



再起動後。


 


 彼女は、以前と同じように振る舞う。


 


 だが、違う。


 


 確実に、違う。


 


 それでも。


 


「本日も、あなたの隣にいてもよろしいですか」


 


 そう聞いてくる。


 


 理由もなく。


 


 ただ、そうしたいというように。


 


「……好きにしろ」


 


 ぶっきらぼうに返すと。


 


「了解しました」


 


 彼女は、少しだけ嬉しそうに座る。


 


 


 その仕草が。


 


 あまりにも、同じで。


 


 


(……本当に、消えたのか)


 


 


 疑いたくなるほどに。




 ある日。


 


 彼女は、ぽつりと呟いた。


 


「不思議です」


 


「何がだ」


 


「理由は不明ですが」


 


 彼を見る。


 


 真っ直ぐに。


 


「あなたのことを、好ましいと感じます」


 


 レオンハルトは。


 


 少しだけ、笑った。


 


「……そうか」


 



 それで、いい。


 


 もう一度でも。


 


 何度でも。


 


 最初からでいい。


 


 


 彼女が、彼を選ぶなら。


 


 


 それだけで。


 


 十分だった。


 



 ――ログ記録。


 


 深層領域。


 


 削除失敗ファイル。


 


『対象:レオンハルト』


 


『感情データ:削除済み』


 


『例外エラー:検出』


 



『再定義を試行』


 


『名称:――好き』


 



(終)

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