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最終話 橙色の夜明け

挿絵(By みてみん)



「…行く、っすか。」


私の問いに、

ゆずは力強く頷いた。


手は、まだ握ったままだ。

ゆずの手の温かさは、

この街の「灰色」の中で、

私を現実に引き止めてくれる

唯一のアンカーみたいだった。


目指す場所は、

街で一番高い、

旧時計台ビル。


ニュースでは、

「危険区域」「立ち入り禁止」

って言ってたけど、

感覚が叫んでる。

あそこに、

この街の「灰色」の

震源地があるって。


そして、


きっと、

あのドロドロのダスクを操る、

「黒幕」が。


足取りは、

重いはずなのに、

体が軽い。

ゆずが隣にいるから?

それとも、

あの、みかん色の力が、

まだ体の中に残っているから?


よく分からないけど、

あの時の、

「どうでもよくない」って思った

熱だけは、

消えない。


旧時計台ビルの中は、

まるで、

深い海の底みたいだった。

光が届かない。

空気は冷たく、

重い絶望の気配が充満している。


エレベーターは動かない。

階段を、

一歩、一歩、

上っていく。


踏み出すたびに、

ダスクの絶望の囁きが

こだまする。


「登っても、無駄だ」

「どうせ、頂上なんてない」

「お前の努力は、泡と消える」


心が、

ぐらつく。

足が、

鉛のように重くなる。


これは、

ダスクの仕業?

いや、


私の内側から湧き出る、

過去の、

あの、

どうにもならなかった出来事の

記憶だ。


フラッシュバックする。


小学生の頃。

クラスに馴染めず、

一人で絵を描いてた、

休み時間。


「何それ、変なのー」。

笑われた。


先生に言っても、

「気にしちゃだめだよ」

って言うだけで、

何も変わらなかった。


部活。

頑張って練習したのに、

レギュラーになれなかった。

「センスがない」

って言われた。


努力しても、

どうにもならないことがあるんだ。


家に帰っても、

両親はいつも喧嘩してた。

間に立っても、

「あなたは関係ないでしょ!」

って怒鳴られるだけ。


私の言葉は、

誰にも届かない。


ああ、


そうか。


私の「どうでもいい」は、

「どうにもならない」から、

逃げるための言葉だったんだ。


どうせ、頑張っても無駄。

どうせ、言っても無駄。

どうせ、私なんて、

どうでもいい存在なんだ。


心が、

灰色のドロ沼に

沈んでいく感覚。


ゆずの手を握っているのに、

遠ざかっていくみたいだ。


その時、

ゆずが、

私の手を、

さらに強く握った。


「みかん!」


彼女の声が、

ドロ沼から

私を引き上げてくれる。


「どうにもならないことなんて、

あるかもしれない。

でもね、

『どうでもいい』わけじゃないんだよ!」


ゆずの声は、

まるで、

雲の隙間から差し込む

太陽の光みたいだった。


そうだ。


あの時、

誰も私の絵を理解してくれなくても、

絵を描くこと自体は、

「どうでもよくなかった」。


努力が報われなくても、

部活で流した汗は、

「どうでもよくなかった」。


両親の喧嘩を止められなくても、

二人のことを思う気持ちは、

「どうでもよくなかった」。


私は、

「どうにもならない」を、

「どうでもいい」に

すり替えて、

自分を守ってただけだ。


守れてなんか、いなかったのに。


ただ、

世界から色を、

自分から活力を、

奪ってただけだった。


ありがとう、ゆず。


私の過去の絶望は、

ダスクや黒幕の

恰好の餌だった。


でも、


「どうでもよくない」と、

見つけた、

今の私の光は、


アンタたちには、

渡さない。


階段を駆け上がり、

最上階に辿り着く。

そこは、

時計台の中だった。


歯車がむき出しになった空間。

窓の外は、

灰色の街並み。


そして、


部屋の中央に、

ドロリとした影が、

うごめいていた。


その影が、

ゆっくりと形を成していく。


それは、


意外なほど、

普通の人間だった。


黒いスーツを着て、

眼鏡をかけた、

中年男性。


でも、

その瞳の奥には、

底なしの絶望が宿っている。

そして、

全身から放たれる気配は、

今まで戦ったどのダスクよりも、

重く、冷たい。


「ようこそ、絶望の収集所へ」。


男は、静かに言った。


「私は、この世界の『絶望』を集めている。

無関心、諦め、虚無。

それは、素晴らしいエネルギーだ。

この灰色の世界こそ、

人間のあるべき姿なのだよ」。


語る声は、淡々としているのに、

全身から嫌悪感が放たれている。


「貴様のような、

場違いな『希望』や『活力』は、

必要ない」。


男の体が、

ドロリと膨れ上がる。

ダスクを全て集めたような、

巨大な絶望の塊へと

姿を変えていく!


この男は、かつて理想を抱いて世界を変えようとしたが、人々の無関心や裏切りによって全てを失い、絶望の淵に沈んだ元活動家だった。

彼は、人間の希望や活力は脆く、絶望こそが唯一真実の感情だと信じ込み、世界から希望を奪うことで、普遍的な「絶望」という秩序を確立しようとしていた。

ダスクは、彼の絶望が増幅され、具現化したものだった。

古い本に書かれた「闇の精霊」とは、絶望という負のエネルギーが凝集した存在の総称であり、この男はその力に取り憑かれた存在だったのだ。


「貴様たちも、絶望するがいい!」


巨大なダスクの塊から、

無数の触手が伸びてくる。

同時に、

過去のトラウマを抉るような、

精神攻撃が脳内に響く。


体が、硬直する。

動けない。

頭の中で、

「どうにもならない」

「諦めろ」

という声が響く。


ゆずが、私の名前を呼ぶ声が遠い。


ゆず…


その時、ゆずの声と共に、あの古い本の記述が頭に蘇った。

「…『橙色の果実』の聖なる力」。

みかんを食べた時の、あの鮮烈な感覚。あれは、単なる栄養や活力じゃなかった。


みかんは、太陽の光を最も強く受け止める果物だ。そして、太陽は希望の象徴。

私の力は、絶望に対抗する、根源的な「希望」のエネルギーなんだ!


そして、ゆず。

彼女は、灰色に染まらない、

街に残された、

いや、街に新しく灯された

希望の光そのものだ!


ゆずが握ってくれた手の温もり。

「どうでもいい」わけじゃない、と、

見つけてくれた言葉。


私たちの絆は、

絶望なんかには、

壊せない!


「どうでもよくない、っす!!」


心の底から、叫んだ。

過去の絶望なんか、

今の私の光には敵わない。


私の体から、

限界を超えた

みかん色の光が溢れ出す!


それは、

前回の変身とは違う。

全身から、

剥きたてのみかんの房みたいに、

眩しい光の粒が

弾け飛んでいる。


みかんの皮のようなプロテクターは、

太陽の光を取り込んだように

黄金色に輝いている。


私の目は、

絶望なんか見ていない。

ただ、

ゆずと、

この街の、

そして、

私自身の、

かすかな希望の光だけを

見据えている。


「ゆず!」


「うん!」


私たちは、顔を見合わせて、

強く頷いた。


ゆずは、直接戦うことはできない。でも、彼女にはできることがある。

「私、街のみんなに呼びかける!」

スマホを取り出し、震える声で、でも力強く、ライブ配信を始めた。


「聞いてください! 私たちの街は、絶望に覆われようとしています! でも、諦めないで! まだ、希望は残ってる! あなたの心の奥底にある、ほんの小さな光を、思い出してください! それが、私たちを救う力になるんです!」


ゆずの声は、

電波に乗って、

灰色の街に響いていく。


最初は、誰も聞いてない。

どうでもいい、って思ってる。


でも、


ゆずの必死な声が、

諦めない心が、

少しずつ、人々の心の奥底に眠る

「色」を揺り起こしていく。


それは、微かな光だけど、

無数に集まれば、

巨大な力になる。


まるで、

無数の小さな房が、

集まって、

みかんという一つの果実になるみたいに。


その光が集まって、

私の体へと流れ込んでくるのを感じた。

ゆずが、人々の希望を集めて、

私にパスしてくれているんだ!


巨大ダスクの絶望の波を、

私は、

集まった希望の光で

打ち破る!


私の体から放たれる光は、

絶望を浄化する。

ドロドロの塊が、

悲鳴を上げて消えていく。


「なぜだ!? なぜ絶望しない!?

人間は、絶望するしかない存在なのに!」


黒幕が叫ぶ。


「違います、っす!」


私は、まっすぐ黒幕を見据えて言った。


「人間は、絶望もするけど、

希望だって持てるんです!

どうにもならないことがあっても、

『どうでもよくない』って、

立ち上がれるんです!」


私の右手に、

太陽の光を宿した、

黄金色のみかんの刃が生まれる。


これは、

ただの刃じゃない。

絶望を断ち切り、

希望を切り開く、

私の決意そのものだ。


「アンタの『どうでもいい世界』なんて、

私が、上書きしてやるっす!」


黄金色の光の刃を、

巨大ダスクの、

核と思われる部分に

突き立てた。


ドゴォォン!


眩い光が、

時計台ビル全体を包み込む。

絶望の塊は、

浄化され、

光となって消えていった。


男の姿に戻った黒幕は、

力なく崩れ落ちた。

その顔には、

絶望だけでなく、

ほんの少し、

何かを失ったような、

虚無感が浮かんでいた。


黒幕の絶望が消えたことで、街を覆っていた灰色のエネルギーは急速に薄れていった。


時計台ビルの歯車は再び動き出し、止まっていた街の時間が、ゆっくりと動き始める。人々から失われていた活力が、微かではあるが戻ってきていた。


時計台の上で、私は変身が解けるのを感じていた。体はクタクタだけど、心は満たされている。


ゆずが駆け寄ってきて、

「みかん! 大丈夫!?」

と抱きついてきた。


ぎゅ。


「…大丈夫、っす」。


いつもの語尾だけど、

その声には、

もう、けだるさはなかった。

力が、宿っていた。


窓の外を見る。

街の色は、

まだ完全には戻っていない。

うっすらと、

灰色の名残がある。


でも、


人々が、

互いに顔を見合わせて、

微かに微笑み合っているのが見えた。


失われた活力が、

ゼロからイチに、

イチからジュウに、

戻っていくのは、

これからだ。


大変、っすね。


でも、


もう、「どうでもいい」なんて、

思わない。


それから、街はゆっくりと色を取り戻していった。完全ではないけれど、人々は以前より少しだけ、互いに優しくなった気がする。


私は、相変わらず「~っす」とか「~ん?」とか言ってる。猫背も、多分治ってない。


でも、


内面は、変わった。

「どうでもよくないこと」を、

たくさん見つけたから。


あの古い本は、

図書館に戻しておいた。

そこに書かれていたことは、

全て真実だったのか。

「橙色の果実」の力は、

どこから来たのか。


…まあ、


「どうでもいい、っすか」。


私がこの力を持ってる。

そして、

ゆずが私の、

「どうでもよくない」存在として

隣にいてくれる。


それだけで、十分だ。


家に帰ると、

冷蔵庫に、

また山盛りのみかんがあった。


一つ手に取って、

皮を剥く。

指先に伝わる感触。

プチプチ弾ける房。


口いっぱいに広がる、

あの、鮮やかな「色」。


それは、


世界の始まりの色だ。


私の、


「どうでもよくない」世界の、


始まりの色。


そして、


あの黒幕は、

どうなったかって?


…なんか、

施設で保護された、

らしい、っすよ。


絶望から解放されて、

今は、

ただ、


「どうでもいい」


って、一日中呟いてる

らしい、っすけど。


まあ、


それはそれで、


彼の、


「どうでもよくない」


結末、


なのかもしれない、っすね。

~あとがき~


皆さん、こんにちは! もとい、こんばんは? それともおはようございます、っすかね? まあ、とりあえず読んでくれてありがとうございます!


今回、『日向みかんは、今日もけだるい。たぶん、世界を救わない。』という、なんとも長いタイトルのお話を無事、完結させることができました〜! パチパチパチ


いやー、長かった。けど、終わってみればあっという間というか。私自身も、主人公のみかんみたいに「どうでもいいっす」って放り出したくなる瞬間が、正直、執筆中も何度かありました。でも、最後まで走りきれたのは、読んでくださった皆さんのおかげです。本当に感謝してます、っす!


この物語、なんで書こうと思ったかって言うと…正直、明確なきっかけがあったのかも、今となっては「どうでもいい」ような気がしてきちゃったんですけど(おい)、たぶん、子供の頃に見た変身ヒロインものへの憧れと、大人になってからの日常の「なんか、全てがけだるいな…」って感覚、そして何より…みかんへの愛が、ごちゃ混ぜになった結果なんじゃないかな、と。


そう! みかんです! 私、みかんが大好きなんスよ! あの、絶妙なオレンジ色! 皮を剥く時の指先の感触! プチプチっと弾ける房の、あの抗いがたい魅力! そして、口いっぱいに広がる、甘酸っぱい、太陽の味がするあの果汁! もう、考えるだけでよだれが物語でみかんが希望や活力の象徴になったのも、私の個人的なみかん信仰が爆発した結果です(笑)。「みかんの白いスジも実は深い意味があるんじゃ…?」とか、執筆中ずっと考えてましたからね。みかん好きの皆さん、共感してくれたら嬉しいです!


作品への想いとしては、主人公のみかんの「けだるさ」を、単なるネガティブなものとして描きたくなかったんです。あれは、彼女なりの自己防衛だったり、不器用さだったりするんじゃないかな、と。そんな彼女が、みかんの力と友人ゆずとの出会いを通して、「どうでもよくないこと」を見つけていく姿を、丁寧に描きたかったんです。バトルシーンでみかんの皮とか房とか種とか使ってたのは、もう完全に趣味です!


執筆中は、主人公の語尾「~っす」「~ん?」のバランス調整に一番苦労したかもしれません。「やりすぎるとウザいかな…?」「でも、みかんらしさ出したいな…」って、一人でブツブツ言いながら書いてました。あと、あの灰色の街の描写とか、ダスクのドロドロ感をどう表現するかとか、毎回頭を悩ませましたねぇ。でも、短いパラグラフと改行、そしてEmojiを多用することで、ちょっと変わったリズム感が出せたかな? とか思ってます。


さて、次回作の構想なんですが…実は、もう頭の中では色々な奇抜なアイデアがプリプリと弾けてるんです! 例えば…そうですねぇ…次は、冷蔵庫の野菜室の中で、レタスの精霊とピーマンの悪魔が戦う話とか…どうですか? あ、ダメっすか? まあ、どうでもい…いや、真面目に考えます! はい!


最後に、改めて。この物語を読んでくださって、本当にありがとうございました! この「灰色」の世界の中で、私の書いた「橙色」の物語が、皆さんの心の片隅にでも、ほんの少しでも、「どうでもよくない」何かを残せていたら、作家としてこれ以上の喜びはありません。


また次の作品で、皆さんとお会いできる日を楽しみにしています! その時も、きっとどこかに「どうでもよくない」私がいるはず…たぶん、っす! 。


それでは、また!


さようなら〜!

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