第4話灰色の浸食と橙色の誓い
あのバトルから数日。
街の「灰色」は、
容赦なく浸食を続けていた。
最初は、人々の表情だけだったのが、
今は、街並みそのものまで
くすんで見える。
建物の壁の色が褪せ、
看板のネオンが精彩を欠き、
空気そのものが、
重く、濁っているみたいだ。
まるで、
水彩絵の具のパレットで、
色を混ぜすぎちゃって、
全部灰色になっちゃった、
みたいな感じ。
ダスクの出現も、
あの最初の一体だけでは
終わらなかった。
数が増えて、
より広範囲で、
神出鬼没に現れるようになった。
ニュースでは、
「原因不明のガス発生」「大規模な集団ヒステリー」
なんて、
誤魔化しの報道ばかり。
嘘。
私も、
何度も変身して、
ダスクと戦った。
学校の帰り道。
コンビニの前。
静まり返った夜の公園。
変身することにも、
みかん色の力を使うことにも、
少しずつ慣れてきた。
みかんの皮ブレードは、
前よりシャープになったし、
房分身も、
もっと複雑な動きができるようになった。
でも、
戦うたびに、
体の芯が冷えるような、
あの「絶望」の気配を感じる。
ダスクは、
私の心の隙間を見つけては、
ささやく。
「お前なんて、いつか一人になる」
「誰も助けてくれない」
「どうでもいいって言ってたじゃないか」
正直、
まだ「どうでもいい」って気持ちが
完全に消えたわけじゃない。
面倒くさい。
疲れる。
なんで私ばっかり、って思う。
でも、
戦わないわけには、
いかない。
だって、
あの「灰色」が、
じわじわと、
ゆずにも迫ってきているのを、
見てしまったから。
ゆずは、
相変わらず元気だけど、
無理してるのが分かった。
「なんか、最近、寝ても疲れが取れないんだよねー」
なんて、笑って言ってたけど。
瞳の奥の光が、
前より少し、弱くなってる気がした。
ゆずは、
街の異変を放っておけなくて、
ボランティア活動に
参加するようになった。
街頭でチラシ配りしたり、
ネットで情報集めたり。
「ね、みかんも手伝ってよ!
このままじゃ、私たちの大好きな街が
おかしくなっちゃう!」
そう言って、
私を誘ってくれた。
「…だるいんで、パス、っす」。
いつものように答えたけど、
胸がチクリと痛んだ。
ごめん、ゆず。
それは、私が、
変身ヒロインの私が、
やってることだから。
秘密には、
時々、嘘が必要だ。
でも、
ゆずは、
そんな私の態度にも、
諦めなかった。
ある日の放課後。
私は、
人通りの少ない路地裏で、
ダスクと戦っていた。
その時、
「みかん!?」
と、焦った声が聞こえた。
ゆずだ。
ゴミ収集のボランティアをしてた
らしい。
最悪のタイミング。
ダスクの攻撃を避けながら、
変身を解く暇もなく、
思わず叫んだ。
「ゆず! 来ちゃダメ! 逃げて!」
ゆずは、
一瞬、立ち止まった。
彼女の目が、
みかん色の戦闘服を着た私と、
目の前のドロドロの怪物を
行ったり来ったりする。
驚きと、
戸惑いと、
そして、
何かを理解したような、
強い光が宿った。
ダスクが、ゆずに向かって
ドロリとした触手を伸ばした。
マズい!
体が勝手に動く。
ゆずを守るように、
ダスクと彼女の間に割って入った。
その瞬間、
ダスクから、
今までで一番強力な、
「絶望」の波が放たれた。
それは、
私自身の心の中にある、
過去の、
「どうでもいい」
「どうにもならない」
という、
黒い虚無感に
直撃した。
ダメだ。
無理だ。
勝てない。
そんなネガティブな感情が、
津波みたいに押し寄せる。
変身が、
急激に解除されていく。
みかん色の光が、
シュウシュウと音を立てて
消えていくのが分かった。
体が重い。
立っていられない。
膝から崩れ落ちる。
ダスクの目が、
私を嘲笑うかのように
見下ろしている。
「絶望に沈め」
「お前には、何も救えない」
ああ、
やっぱり、私は。
「どうでもいい」人間なんだ。
全てを諦めようと、
そう思った、その時。
「みかん!!!」
ゆずの声が、
ダスクの絶望の囁きを
打ち破った。
彼女は、
怖がるどころか、
私のすぐそばに駆け寄ってきて、
強く、私の手を握った。
ゆずの手は、
温かくて、
柔らかかった。
そして、
彼女の目。
そこには、
灰色なんて微塵もない、
真っ直ぐな、
オレンジ色にも負けないくらいの、
強い光があった。
「あんたが、こんなところで
ヘバってるわけないでしょ!!
いつも『どうでもいい』とか言ってるくせに、
実は誰よりも真面目で、
優しいの、知ってんだからね!」
涙が、
滲んだ。
優しい?
私が?
そんなの、
「どうでもいい」嘘だ。
でも、
ゆずの、
この、
真っ直ぐな「色」を見たら、
どうしても、
諦めるわけには、
いかなかった。
握られたゆずの手から、
温かい、
何かの力が伝わってくる気がした。
それは、
みかんの活力とは違う、
もっと、
「大丈夫だよ」
って言ってくれるような、
安心できる力だった。
体の奥底で、
再び、
みかん色の力が、
小さく、
しかし確かに、
燃え上がり始める。
これは、
私一人の力じゃない。
「…ゆず」。
絞り出した声は、
けだるかったけど、
その中に、
新しい決意が宿っていた。
「…ちょっと、手伝って、っすか」。
ゆずは、
涙を拭って、
ニカッと笑った。
その笑顔は、
どんなみかんよりも、
眩しかった。
私の体が、
再び、
みかん色の光に包まれる。
今度は、
ただの変身じゃない。
ゆずの「色」と、
私の「色」が、
混ざり合ったような、
もっと強い光だ。
この光は、
「どうでもよくない」と、
見つけた、
私自身の「理由」の光だ。
そして、
ゆずという、
「どうでもよくない」存在を守る、
誓いの光。
誓い、っすか。
柄にもないけど。
誓いは、
そうだな、
まるで、
みかんの房一つ一つが、
バラバラになっても、
しっかりと繋がっている、
あの薄皮みたいに、
目には見えなくても、
確かに、私たちを
繋ぎ止めてくれるもの、
かもしれない。
ダスクが、驚いたように
後ずさる。
私の力は、
さっきまでとは段違いだ。
絶望の囁き?
うるさい、っすね。
私の隣には、
私の手を握ってくれた、
ゆずがいるんだから。
行くよ。
ここからが、
本当の反撃だ。
…でも、
このダスクの背後には、
もっと大きな「灰色」がいる。
あの、古い本に書かれていた、
闇の精霊。
そいつが、
この街の絶望を、
集めているんだ。
目的は?
どこにいる?
それは、
まだ分からない。
でも、
きっと、
私たちが、
あの「どうでもよくない」色を、
集めていけば。
見つかる、っすよね。