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咎に咲く、暁の華  作者: 月嶋ネス
第二章 苦痛の祈り
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第9話 命令と真実の狭間で

この作品において最も信仰されてる宗教はアルカ・セラフィムです。

セシリアは元はアルカ・セラフィム教会の修道女でありましたが、ある事をきっかけに堕天使信仰であるノクティア教に目覚め、信徒を増やしアルカ・セラフィム教会からノクティア教会に作り変えました。

 革靴の足音が地下の静寂を断ち切った。

 グレアム・ウェクスラーが死隠部隊地下本部の扉をくぐり抜ける。


 待機していた隊員たち――隊長の蒼井レイモンド、ユミナ・クロフォード、暁月シュウ、セラ・アルバーノ、副隊長のエリック・モーガンが、一斉に視線を向けた。

 唯一の不在は、現在単独でのマフィア掃討任務に出ているカイル・マクレガーのみだった。


「……あなたが直々に来るとは、これはただ事じゃなさそうですね。」

 エリックが立ち上がり、眉をひそめる。


 グレアムは彼らの前まで進み出ると、静かに口を開いた。


「まあな…。ある教会の話だ。堕天使信仰であるノクティア教の信徒の一人が3時間前、テレビやネットでも様々な噂が絶えない公正繁栄連盟のトップを街頭演説中に銃で射殺して逃走した。

その後、逃走中の信徒は騎士団に追い詰められビルの屋上から飛び降り、自殺した。その時に吐き捨てた言葉が――「我らが光、堕ちた天の神子に……この命、捧げん。」その教会の教典の言葉だ。」


 セラがすぐに反応する。


「この国は世界で最も信仰されてるアルカセラフィム教の教会しかないと思ってたけど、どこにノクティア教の教会なんてあるの?」


この質問にはエリックが即座に答えた。


「この国は確かにアルカセラフィムが大半だが、都市郊外に何年か前にアルカセラフィム教会がノクティア教会に作り変えられたんだ。」


「ふぅ〜ん…堕天使信仰団体の信徒が自殺……それで、私達にどうして欲しいの?」


 グレアムは重々しく言葉を吐く。


「その教会のたった一人の指導者であり修道女であるセシリア・ローレントを“抹殺しろ”という命令だ。

……今すぐに、とのことだ。」


「は?」ユミナが顔をしかめる。

「話が飛躍しすぎじゃないですか? いきなりノクティア教の指導者を殺せって……。」


「命令は本部からじゃない。」

 グレアムの声音が低くなる。「それ以上の存在……政治家、宗教連合、国家組織の上層、どこかだ。連中は、セシリアを消したがっている。」


 室内の空気が一気に緊張を孕んだ。


 シュウが小さく目を伏せ、柔らかく言った。


「そのセシリアという人がそのどこかの連中にとって不都合な何かがあったか、知っているか、ですね。」


 蒼井が腕を組んでうなずいた。


「いや……その全ての連中からじゃないか。だからこそ、上は口封じに動いたってわけか。」


「そうだ。お前たちに命令を下したのは、私自身ではない。だが……この件、私も納得していない。」

 グレアムは顔を上げる。「だから言っておく。任務は“殺害”とされているが、やり方はお前たちに任せる。」


 沈黙の中、エリックが低く言った。


「だったら、まずは俺たちだけで接触し、捕らえて、話を聞こう。そうすれば、何が正しいのかも見えてくる。」


 セラが頷く。「殺しが主任務でも、何も見ずに刃を振るうのは違う。私たちは……そういう部隊じゃない。」


 蒼井が静かに言った。


「行くぞ。秘密裏に接触し、可能ならば確保。……それが無理なら、その時は、俺が判断する。」

 

 こうして、死隠部隊は闇の中へと踏み出した。


 --------


 死隠部隊は夜陰に紛れ、都市郊外にあるノクティア教の小さな礼拝堂へと向かっていた。月の光も届かぬ曇天。あたりには人気がなく、物音一つしない。


 礼拝堂は古びており、ひっそりと存在している。外観からは、とてもここで異端の教義が説かれているとは思えない。だが、グレアムの命により、ここの指導者・セシリア・ローレントを拘束するのが今回の任務だ。


 死隠部隊のメンバーは、各々の持ち場へと散った。


 蒼井は低い声で言った。

「……突入は静かに行く。あくまで拘束だ。セシリアを殺す理由に、俺は納得していない。」


 ユミナは蒼井に同調して続く。

「当然です。信徒の自殺と、彼女にどんな関係があるというんですか。」


 セラは冷やかに言った。

「無関係とは限らないけど……女の名前だけを指定して殺せなんて、虫が良すぎる。」


 エリックは穏やかに尚且つ真剣に。

「だからこそ、俺たちが動く意味があるんじゃない? 本当に罪があるなら、俺たちの目で確認すべきだ。」


 部隊面々の後ろに続くシュウはためらいを見せながら口を開く。

「……人を殺すって、簡単に決めていいことじゃない。彼女がどんな人なのか、知るまでは……僕も納得できない。」


 やがて、礼拝堂の扉を静かに開ける。中は、蝋燭の灯りがかすかに揺れていた。奥からは、独特な調べの聖歌が聞こえてくる。それは、アルカセラフィムの典礼とは明らかに異なる、どこか神秘的で、同時に不穏な響きを含んでいた。


 その中央で、銀の祭服に身を包んだ女性が祈りを捧げている。


 白銀の髪に、氷のように澄んだ瞳。指導者とは思えない若く整った顔立ちだが、どこか虚ろで、人形のような冷たさを漂わせていた。


 それが──セシリア・ローレントだった。


 しかしその姿はまるでこの世の穢れから隔絶された聖女のようだった。


 死隠部隊の面々は、教会の入り口から静かに歩を進める。


 蒼井レイモンドを先頭に、ユミナ、セラ、エリック、そしてシュウ。


「セシリア・ローレント、我々は貴女に取り調べのための同行を求める。今日起こったそちらの教会の信徒がある政治家を殺した事件についてだ。抵抗がなければ、無駄な拘束や制圧は行わない。」


 蒼井の静かな声に、彼女はすぐに応えなかった。ただ、祈りを終えるかのように数秒の間を置いた後、静かに立ち上がり、振り返る。


 その顔はやわらかく微笑んでいた。しかし、その微笑にはどこか遠い場所を見つめるような──この世界の現実から乖離した空気があった。


「ようこそ、騎士団の皆様。……いえ普通の騎士団とは雰囲気が違いますね。たくさんの死の匂いを感じます。」


 彼女の瞳は落ち着いていた。恐れも怒りもない。ただ、どこか憐れみを込めるような視線が、彼ら一人ひとりを見つめる。


「お望みなら、私は貴方たちと共に参りましょう。拒む理由はありません。」


「……ずいぶんと聴き分けがいいですね?」


 ユミナが警戒を解かずに問いかける。


「あなた方の魂は迷いと業あれど、清らかなものなや感じます。ただ、ひとつだけ……。」


 セシリアは奥の扉に視線を向ける。


 その瞬間、奥の宿舎の扉が激しく開かれ、数人の信徒たちが駆け出してくる。


「セシリア様! やめてください、彼らに連れていかれるなんて!」


「この人たちは穢れた神の手先です! ノクティア教は、あなたを、決して渡さない!」


 叫びながら、彼女に掴みかかろうとする信徒たち。


 セラが即座に警戒姿勢を取り、魔導銃を構える。


「下がれ!」


 しかし、セシリアはその一瞬、わずかに身を前に出し、信徒たちの前に立ちはだかった。


「……いいえ。私は彼らと行きます。」


 その言葉に、信徒たちは目を見開いた。


「セシリア様……!」


「彼らもまた迷っているのです。ノクティアの祈りは、決して止めてはいけません。堕ちた光の中でこそ、人は自分を見つけ出せるのです。私はすぐに戻ります。必ず。」


 その声に、信徒たちは言葉を失い、ただ彼女の背中を見つめた。


 蒼井たちは、誰ひとりとして言葉を発することができなかった。

……目の前のこの女は、敵か味方か。


 蒼井はセシリアの様子を見ながら、シュウとセラに目配せを送る。


「シュウ、セラ。お前たちはこの教会の中を調べてくれ。」


 シュウは静かに頷き、セラも無言で従う。


「了解です。……何かあったらすぐ知らせます。」


 二人が背を向けるのを確認し、蒼井たちはセシリアを連れ、地下本部へと向かった。


 --------


 ――死隠部隊地下本部・第七尋問室


 静まり返った部屋に、時計の針が淡々と時を刻む音だけが響く。


 取り調べ室の照明は控えめで、壁際にはユミナ特製の監視用の魔導結晶が設置されている。鋼鉄の扉の前に立つユミナ・クロフォードが警戒を緩めぬまま見張りに立ち、蒼井レイモンドと副隊長エリック・モーガンがセシリア・ローレントを挟むように向き合っていた。


 セシリアは拘束されていなかった。両手を膝の上に重ね、姿勢を崩さずに椅子に座っている。白銀の髪が肩に流れ、礼拝堂での銀と黒のの祭服のまま。だが、その瞳は静かで、どこかこの場にいること自体を超越しているかのようだった。


「――では、もう一度お聞きする。今日、あなたの教会の信徒が街頭演説中の政治家を銃撃し、死亡させた。彼は“ノクティアの神子に命を捧ぐ”と言い残して自殺した。……この件に関して、貴女の教会、あるいは貴女自身が、どのように関与しているのか。我々はそれを知りたい。」


 エリックの問いは冷静だが、内に怒りと疑念が滲んでいた。


 セシリアは、ゆっくりと首を傾げた。


「その者は……名をレヴィといいます。彼もまた家族のような存在です。」


 その言葉に、ユミナの表情がわずかに動く。だがセシリアは構わずに続けた。


「彼は私たちの祈りの中でも、特に熱心な者でした。だからこそ、あの日、あの瞬間を選び、自らの命をもって“聖なる証”を捧げたのでしょう。」


「……聖なる、証?」


 蒼井の声が低く唸る。


「はい。それは“ノクティアの光”に生き、闇を抱いた者の最後の選択です。堕天の神子が照らす道に、血が必要だとするならば、それもまた“捧げもの”。彼は、自らを供物としたのです。」


 言葉に濁りはなかった。確信に満ち、罪悪感も迷いもない。


「……つまり、あの殺人を肯定するのか?」


 エリックの声が鋭さを増す。


 セシリアは静かに頷いた。


「“死”という行為そのものは、痛ましい。しかし死には様々な姿があり、一つに形容できる事ではありません。あれは彼の祈り。私には、それを否定する権利などありません。」


「政治家を暗殺し、自ら命を絶った男の行為が祈りだというなら――それを扇動した貴女は?」


 ユミナが一歩踏み出し、睨みつける。


 セシリアは、まるでその怒気を優しく抱きしめるように、柔らかな微笑を返す。


「私は“命じて”などおりません。ただ、“道”を示しただけ。信徒たちは、己の心で選び取ったのです。」


 沈黙が訪れる。室内の空気が重く沈んだ。


「……貴女にとって、信徒とは“使い捨てる兵”ではないのか?」


 蒼井の問いに、セシリアは目を細めて首を横に振った。


「いいえ。彼らは私の“家族”です。血ではなく、魂でつながった絆。私がその誰かを犠牲に望んだことなど、一度もありません。」


「けれど現実には、あなたの“家族”は死んだ。そして、それは怒りを招いた。」


 エリックが言う。


「それでもなお、“彼の死は正しかった”と、貴女は言い続けるのか?」


 セシリアは、静かに目を閉じた。


「ええ。私は“真の正しさ”など知らない。けれど、“信じる”ことはできます。彼の死に、意味があったと。」


 その瞳は開かれ、真っすぐに三人を見据えていた。


「……この国の“上”が何を恐れているか、貴方たちは気づいているのでしょう? だからこそ、私は連れてこられた。私という存在が、誰かの“真実”を脅かすから。」


 蒼井とエリックが視線を交わす。互いの目に、確かな緊張が走った。


 ユミナは表情を引き締め、最後に問いを投げる。


「貴女にとって、“ノクティア”とは何ですか? 堕ちた神子とは、一体……?」


 セシリアは答えず、ただその名を、囁くように口にした。


「――光より生まれ、闇を抱きし者。“裁き”ではなく“赦し”を与える者。」


「……世界が、永遠に否定し続ける“救い”です。

 その堕天使は私を救ってくださいました…。」


 -------


 一方、礼拝堂の静寂の中、シュウは分厚い聖書を読み込んでいた。

 ふと、セラが礼拝堂の奥へ目を向けた。


「シュウ、あれ……見て。あの宗教画、知ってる?」


 セラは壁に掛けられた大きな絵を指さした。そこには一人の男性が神々しく描かれている。


「誰だろう……神話の聖者か?」


 その宗教画に描かれているのは最古にして最初の堕天使ルシファー。

そして原初の悪魔となりサタンを名乗った。

その姿はセシリアとルナが関わりのある人物、ルシアン・グレイにそっくりであった。









ルナに力を授けた、ルシアン・グレイは最後のシーンでノクティア教の宗教画に描かれている人物にそっくりです。

これだけ見るとルシアンの正体が早くも判明となりそうですが、実はそうでもありません。

これから徐々にわかってくると思います。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

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