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咎に咲く、暁の華  作者: 月嶋ネス
第一章 咎のはじまり
7/10

第7話 地の底、咲くは災いの花

このエピソードで第一章は終了です。

駆け足で進んだので正直物足りなさを感じますが、これからも長くこの作品を描いて行きます!

 激闘の果て、紅咲ルナの身体は限界を超えていた。


 崩れ落ちたライブ会場のステージ。その中央に、膝をつき荒い呼吸を繰り返すルナの姿があった。周囲には力を使い果たして崩れた瓦礫。


「くっ……!」


 魔力の奔流により血管は焼けつくように痛み、視界は霞んでいた。精神支配も、幻術も、そして怪物と化したロイの操りも――すべてを強行した代償だった。


「……く、そ……まだ、終わって……ないのに……。」


 その場に倒れ伏すルナ。

 だが彼女の周囲を、死隠部隊が静かに包囲していく。

 シュウが静かにルナに歩み寄る。

「ルナ…。もう頑張ることはないんだよ…。」


 その時。


 空気が変わった。夜の静寂を切り裂くように、甘やかで淫靡な香りが漂う。


 赤い髪がふわりと揺れ、瓦礫の上に現れたのは――


 深紅の長髪がウェーブを描き、背中も太ももも惜しげなくさらけ出した露出の激しい衣装。異国の妖精のようにしなやかな肢体を揺らし、女はルナの前に立った。


「まったく……可愛い顔をして無茶するのね。」


 その瞳は、ルナと同じ、禍々しくも艶やかな紅。怪しく光る視線がルナを見下ろし、唇に妖しく笑みが浮かんだ。


「誰……?」


 ルナが呻くように問いかけた。


 女は一歩、また一歩と近づき、しゃがみ込む。そして――その唇が、ルナのものに触れた。


 ――恥ずかしげもない熱い口づけ。


 だがそれは、ただの接触ではなかった。


 唇を伝い、炎のような魔力が注ぎ込まれてくる。熱い、濃密な、甘美な力。


「私の名は、リリシア・ヴェルノート。ルシアンの使いで、あなたの“味方”よ。」


 ルナに口づけを施し、魔力を流し込んでいたリリシアの動きに気づいた死隠部隊の面々が、一斉に包囲網を敷き、エリックが叫ぶ。


「動くな! お前は何者だ!」


 死隠部隊の面々が刃、銃口、魔力刃を向けリリシアを取り囲む。緊張が張り詰める中、リリシアはふっと目を細めた。


「はぁ……人間共っていつも強引ね。」


 次の瞬間、リリシアの周囲の空気が揺れた。


 重い“圧”が地面を押し潰し、瓦礫が浮き上がる。重力の波が爆発的に解き放たれ、周囲の死隠部隊の面々が一斉に膝をついた。


「ぐっ……!? 体が……動かない……!」


 皆が地面に倒れ込む。まるで地面に吸い込まれるように、全員が地を這うしかできなくなった。


 リリシアはゆっくりと立ち上がり、赤い髪をなびかせて微笑む。


「重力をねじ曲げるのなんて、ちょっと腰をひねるくらいのこと。可愛いルナちゃんに近づくなら、まず私を倒してからにしてほしいわ。」


 その姿は、まるで女王。誘惑と暴力、優美と狂気を併せ持つ存在――リリシア・ヴェルノート。


 彼女は、ルナの隣に立ち、圧倒的な存在感で戦場を支配した。


 地に膝をつけながらも、蒼井レイモンドは歯を食いしばり、右膝を立てた。


「クソッ……この程度の重圧で……!」


 彼の周囲に蒼い魔力がほとばしり、重力の束縛に抗うように体がわずかに浮き上がる。それを見たシュウも、剣を杖代わりにして立ち上がろうとした。


「まだ……終わってない……ルナを……逃がすわけには……!」


 二人の男が、渾身の力を振り絞り、地を這うようにしてリリシアに近づこうとする。その視線の先で、ルナは未だ意識が朦朧としており、リリシアの腕に支えられていた。


 リリシアは、二人の奮闘を見下ろしながら、楽しげに笑った。


「あらあら……なかなか根性あるわね。でも、今のあなたたちじゃこの子には指一本触れられないわよ。」


 リリシアが指を鳴らすと、空間が歪むような音が響いた。


 次の瞬間、彼女とルナの周囲の空気が螺旋を描き、空間ごと切り取られるようにして、視界から消えた。


「待てッ――!」


 蒼井が叫んだが、残されたのはただ、崩れた瓦礫と異様な静寂だけだった。


 重力の束縛が解かれ、全身の緊張が一気に抜ける。膝をついていた死隠部隊の面々が次々と立ち上がる中、蒼井は拳を握りしめ、苦々しい表情で宙を睨みつけていた。


「……奴は、何者だ?」


 シュウは答えられなかった。ただ、ルナの背が遠ざかっていく光景だけが、頭の中に焼きついていた。


 --------


 事件の翌日。都市の空気は、奇妙な静けさに包まれていた。


 大型モニターに映るのは、全国ネットのニュース番組。その画面には、昨夜のライブ会場の映像が映し出されていた。


『人気アイドル歌手・リエルによる突然の自白と犯行――』 『ロイ・バルゼン氏、英雄の仮面の裏にあった深い闇』 『政府関係者との癒着、芸能・医療・教育業界との癒着構造が次々と明らかに――』


 アナウンサーの声が震える。


『……この件について関係各所は、「全ては虚偽であり、テロリズムによる情報操作の一環だ」と強く反論。被害者の尊厳を冒涜するものであるとして、報道規制の可能性も示唆しています』


 モニターの下、交差点に立つ人々の顔には困惑と恐怖が浮かんでいた。


「リエルがあんなことをするなんて……信じられない。」 「いや、俺は見たんだ……あの場にいた。ロイが自分で喋ってた。助けてくれって、泣きながら……。」 「騎士団は何してたんだよ。あれを止められなかったのか?」


 ネット上では情報が拡散し、真実と嘘が錯綜していた。

 ある者は彼女を「勇気ある告発者」と讃え、ある者は「悪魔」と罵った。


 一方、騎士団の本部――


「……各界からの圧力が想定以上に強いな。」


 蒼井レイモンドは、硬い声で報告を聞いていた。

 死隠部隊の本部会議室、ホログラムで映し出された内部資料は、真っ赤な警告で埋め尽くされている。


「報道局への検閲要請が来ている。リエルの正体については“錯乱したテロリスト”という筋書きで統一されるだろう。」


 副隊長のエリック・モーガンが苦い顔で言う。


「なあ、レイ。俺たち、どこまで黙ってるべきなんだ? ルナが言ったこと、全部が嘘じゃない。ロイの裏側も……。」


「分かってる。俺たちは、正しさを殺すことに慣れすぎたのかもしれないな。」


 --------


 そこは、現実とは思えないほど静かで、美しい空間だった。


 天蓋付きの大きな寝台。深紅の天蓋が揺れ、天井には仄かに光る青白い鉱石が星のように埋め込まれている。空気はやや湿っていて、それでも重苦しさはなく、深く澄んでいた。


「……ん、く……。」


 ルナは眉をひそめ、ゆっくりと目を開いた。全身がまだ重く、特に胸の奥に宿る“何か”が、熱を孕んでうごめいている。


 視界の端に、鮮やかな赤が揺れた。


「目が覚めたのね、ルナちゃん。」


 甘く、どこか艶を帯びた声がする。

 顔を向けると、そこにはリリシア・ヴェルノートがいた。赤い長髪がウェーブを描き、露出の多い衣装からは彼女の肉体の輪郭があらわになっている。


 その瞳――ルナと同じ、紅の瞳が、どこまでも深くルナを覗き込んでいた。


「ここは……。」


「私たちの“もうひとつの世界”。地上よりも深く、静かで、醜い嘘のない世界よ。ゆっくり休んでいいわ。あの時、あなたに流し込んだ魔力……今も体の奥で暴れてる。慣れないうちは、しばらく苦しいと思うけど。」


 リリシアは、ルナの頬にそっと手を添えた。冷たいはずの指先は、どこか優しく、体の熱を吸い取るようだった。


「あなたがここまで力を使って、あんなに痛んで……ほんと、無茶しすぎ。でも、その姿……とっても綺麗だった。」


「やめて……そういうの、苦手……。」


 ルナはわずかに顔を背けた。けれど、リリシアは微笑むだけだった。まるで、何もかも分かっているかのように。


「あなたは、まだまだこれからよ。もっと大きな力を手に入れられる。そのために……ここで少し、"生まれ変わる準備"をして。

…その前にまたキスさせてくれる?今度は個人的に。」


 その言葉にルナは照れながらまた顔を背けた。しかし胸の奥――宿された魔力がまた、ぐらりと熱を放つ。


 苦しいはずなのに、その苦しみの奥に、確かに「快楽」にも似た何かがあることを、彼女はうすうす感じていた。


 開かれた扉の奥から、ゆったりとした足音が響いてくる。

 ルナは、魔力を流し込み修復中だった右手をそっと下ろした。


 ──この気配、覚えてる。


 銀の髪、漆黒のスーツ、凛とした佇まい。

 その姿が現れた瞬間、ルナの胸にざわりと波紋が走る。


「……ようやく、来たのね。ルシアン。」


 ルシアン・グレイは静かに笑った。


「お久しぶりだね、ルナ。地底では、初めてだ。」


 ルナは眉をひそめながら、少し身を起こした。


「……あなたは、ずっと見てたの?」


「もちろん。君が力をどう使い、どう迷い、どう進むか――そのすべてを。」


「だったら……なぜ、何も言わなかったの?」


 その問いには、少しの沈黙が返ってきた。

 やがて、ルシアンはゆっくりと歩み寄る。


「導くことと、強いることは違います。君に必要だったのは、“自分で選ぶ時間”です。それが成長になり、君という人間を示すということ。そして今の君になったからこそ、私はこうして再び現れた。」


「試験は合格ということ?」


 ルナの言葉に、ルシアンは微笑を崩さない。


「君は、もう“孤独ではない”。ここは君という素晴らしい存在と力が歓迎される場所。そして、私たちは君を必要としている。」


「……利用したいということでしょ?」


 リリシアはルナの唇を優しく指でなぞって言った。


「そんなに無理しないの。そんなんじゃ強引にキスしちゃうよ…。」


 ルシアンはリリシアに手を振り、紳士的な雰囲気を全く崩さない。


「もしそうなら、こんなにも時間はかけなかった。私はルナ…、君を人間として、とても尊敬しているんだ。」


 ルナは目を伏せる。

 彼をじっと見つめて、人間とは思えない妖しい魅力に、その言葉は胡散臭さがあるにもかかわらず、嘘をついているようには感じなかった。


 でも――


(あたしはまだ、あなたの全部を信じてるわけじゃない。でも世界を綺麗なものにするため、この力は絶対に必要)


 ルナの目が、静かに紅く揺れる。


 --------


 地底の空は、赤黒くうねっていた。

 城のバルコニーに立ったルナは、肌に刺さるような空気を感じながら、上空を見上げる。


 生き延びた。けれど、何も終わっていない。

 むしろ、始まったばかりだ――。


「見えるかい、ルナ。あれが贖罪の塔だ。」

 後ろから聞こえた声に、ルナはゆっくりと振り返る。

 銀の髪をたなびかせ、ルシアンが傍らに立っていた。


 赤い空の下、はるか遠くにそびえる塔が、地の裂け目に突き刺さっている。

 地底世界の安定にあぐらをかいていた者、抗う者が集まる地底最大の牢獄。


「地上では今、君が暴いた真実に、上っ面だけの“正義”たちが取り乱している。

 腐敗が暴かれたにもかかわらず、誰も責任を取ろうとしない。

 騎士団も、メディアも、政治家も――保身と金、名誉にすがっている。まるで、それが“当たり前”かのようにね。

そして民衆も幼稚な陰謀論だと決めつけ真実に向き合う知能も知性もない。

これでは人間共など所詮は腐敗肉に群がるハエも同然。」


 ルナは目を細める。

 自分が見せた真実。それが、何も変えられなかった虚しさが胸に広がる。


「結局、人間も神も悪魔も、堕落を望むのか……。」


「そういえば…、君が対峙した騎士団の暗部、死隠部隊は君の精神支配が通用しなかった。油断は出来ない敵だね。

それとあのシュウという子は君を気にかけてたみたいだね。

でもシュウの持っている正義は君と違って甘い考えのようだ。君のような成すべきことを成す強さがない。それに比べ君は崇高だよ。」


 ルシアンの声が、どこまでも静かに、しかし鋭く響く。


「あのような存在は消さなければならない。そして世界の理を創った神に償わせよう!」

本当に罪深いのは、神だ!」

この世界の構造、魂の仕組み、生まれ落ちる運命すら。すべてを作り、見下ろして、黙っている存在がいる。その“神”が、腐敗の根源だ。

私は、その神を殺す。そしてこの世界を、“選ばれた者たち”の楽園に変える。」


 ルナはしばらく黙っていた。

 その視線は、遠くの紅の空ではなく、自分の内側を見つめるように沈んでいた。


「……行くわ。あなたの“戦い”に、ついていく。」


 ルシアンの目が僅かに見開かれる。

 ルナの紅い瞳は、もう迷っていなかった。


「ただし……私はあなたの駒にはならない。

 私は、私のやり方で“神”を殺す。」


「……それでいい。君はそれでこそ、選ばれた“咎の華”だ。」


 ルシアンが差し出した手を、ルナはゆっくりと取った。

 その瞬間、禍々しくも鮮烈な紅い光が、彼女の背に咲いた。


 新たな力の種が、彼女の中で目覚めようとしていた。



 咲いてはいけない花が、再び地上を目指す。

 それは希望か、それとも終焉の鐘か――

 誰もまだ、知らなかった。


 第一章 咎のはじまり 完

リリシアとルシアンが出てきましたが、この二人はこれからの物語の根幹に関わってきます。

ルシアンはルナに闇の魔力を授けた張本人です。

なぜ彼は紅咲ルナに近づき力を与えたのか、彼女を使ってどうしていきたいのか?

彼の存在の怪しさがこれからの物語の全てに影響してきます。

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