第6話 咲き乱れる断罪
この作品の世界観は現代に近いですが、警察ではなく中世を思わせる騎士団。
銃もありますが、剣や魔法もあります。
魔法は魔導テクノロジーという科学の力で魔法を起こします。
魔法使いのように自分からの自然発動は出来ないのです。
しかし紅咲ルナは自ら魔法を使っているのです。
自分の周囲を取り囲む、ルナに精神支配された者達。背後からの気配に、シュウは素早く剣を振るった。
だがその刃は殺意を帯びない。魔導テクノロジーによって強化された剣は、対象の意識だけを断つ特殊な魔力を纏っている。
「……本当に殺させる気なのか、ルナ……!」
ルナ──いや、紅咲ルナは何も答えず、ただ舞台の中央で微笑んでいた。
ステージの四方八方から、操られた観客や騎士達が襲いかかってくる。目に生気はなく、動きだけが異様に統率されていた。
「どうして……! どうして、こんなことを……!」
「だって……世界が、腐ってるから。誰も彼も、知らないふりをして生きてる。だったら、一度全部壊さなきゃいけないでしょ?」
ルナの声は淡々としていた。だがその奥にある憎悪は、聴く者の胸に鋭く突き刺さる。
「君のやり方は、ただの……殺戮だ!」
シュウは次々と迫る敵をなぎ倒していく。
だが、倒しても倒しても、また別の者たちがその空席を埋めるように現れる。
魔力コーティングされた剣での斬撃は確かに非致死性だが、その分、体力と集中力の消耗は激しかった。しかもこの精神支配された者達の力はとても普通の人間の力ではない。
額から汗が垂れ、腕が重くなる。
「はぁっ……くっ……!」
包囲が狭まる。
押し寄せる群れ。人々の顔。かつて、笑い合っていたかもしれない者たちの目が、虚ろにシュウを見据えている。
「つらいでしょ、シュウ?」
ルナの声が、今度は少しだけ優しさを帯びていた。
「殺さないって、そういうことだよ。あなたの“正義”は、いつかあなたを殺すの。」
シュウは歯を食いしばりながら、それでも剣を振るう。
「この隊に入る前、斬るべき悪があるのを身を持って知った…。
そして悪を斬るためこの隊に入ったんだ……!」
斬り伏せた者の数は、すでに二十を超えていた。それでも、ルナの手のひらで操られた“敵”は止まらない。まるで、無限に湧いてくる悪夢のようだ。
「なら私の今していることも理解出来ると思ったんだけど、……次は、あなたが壊れる番ね。」
ルナが静かに手を掲げた。
そこから、劇場の奥にいたはずの“もう一人の人間”が、ゆっくりと歩み出てくる──
「来なさい、ロイ・バルゼン!」
ルナの呼びかけに応じるように、一人の男が姿を現す。
重厚な軍服に身を包んだ騎士団の高官、ロイ・バルゼン。
かつてテレビにも度々出演し、「正義の象徴」として称賛された男だ。
「……ロイ、バルゼン……? おい、嘘だろ……。」
テレビ中継や配信を観ていた人達がざわめく。
シュウの目も、驚愕と困惑に揺れていた。
だが、ロイの瞳は虚ろだった。意思の光はなく、精神をどこかに置き忘れたような表情のまま、ステージ中央のカメラへと歩いていく。
「……私は……騎士団の高官として、多くの者たちを欺き続けてきた。」
ロイの低く硬い声が、会場中に響き、さらには中継を通じて全国へと広がる。
「外敵への防衛と称して、無関係な市民への強制捜査を命じた。裏では、腐敗した商会、犯罪組織、政治家、芸能界から多額の献金を受け取り、都合のいい情報だけを改ざんし世間に流してきた。
……部下を見殺しにしてまで、自分の保身を選んだこともある。それと芸能界、いやあらゆる業界での枕営業だらけの実態を都合よく誤魔化し、自分もその中で恩恵を受けてきた。」
会場は水を打ったように静まり返る。
彼が“清廉なる騎士”として知られていたからこそ、その告白は凶器のように重い。
「私は……正義を語るには、あまりにも穢れた存在だった──」
そう言って、ロイは最後にシュウの方を向く。
微かに、苦しげな笑みを浮かべて。
そして、ルナが小さく囁く。
「それが“真実”……なら、罰を受けなきゃね。世界中の目の前で──」
ロイは一歩、カメラに近づいた。
次の瞬間──自らの頭を、両手で掴む。
「やめろ……ロイ、やめろ!!」
シュウが叫んだ。
だが間に合わない。ロイの指が、爪が、肉を裂き、頭蓋を砕いていく。
バキッ……ゴギッ……
──無惨な音と共に、カメラの前に崩れ落ちるロイ・バルゼン。
その姿は、鮮烈な赤で世界中の画面を染め上げた。
凄惨な音とともに、元・騎士団高官は自らの手で頭部を破壊し、カメラの前に崩れ落ちる。
社会の「正義の象徴」は、血と骨の塊となって沈黙した。
──だが、地獄はまだ終わっていない。
「さぁ、ここからが本番よ」
ルナは崩れたロイの亡骸に手を翳す。魔力が闇色の波紋を生み、死体に流れ込んでいく。
「“神の兵器”になる器かどうか──見てみましょう?」
肉が蠢き、骨が砕け、再構築される。
ロイ・バルゼンの死体が、異形の怪物へと姿を変えていく音が響いた──。
遺体に染みこみ、溶けるように融合していく。ロイの肉体が膨張し、骨が砕けて再構成されていく異様な音が響く。
「まさか──!」
「見せてあげる、私の“神殺しの力”を。」
数秒後。
そこに立っていたのは──ロイ・バルゼンの面影を残しながらも、明らかに異形へと変貌した存在だった。
腕は太く、背丈は二倍近くに膨れ上がり、歪んだ顔からは怒りと苦痛が混ざった咆哮が響いた。
それは──闇の魔力により再構築された、“彼女の兵器”だった。
「やりなさい。私の“怪物”」
そして、ロイだった異形が、よろめきながらもシュウへと突進を始める──!
シュウは剣を握り直すが、疲弊した体が悲鳴を上げる。
さすがにもう限界が近かった。
目の前の魔獣のごときロイを前に、脚が自然と一歩、後ろへと下がる。
だがその刹那――
「退くな。お前はまだ終わりじゃない。」
鋭く通った声とともに、一陣の風のように黒衣の影が割り込んできた。
カキンッ――!
甲高い金属音が鳴り響き、ロイの腕がはじかれる。
続けざまに、鋭い一閃がロイの巨腕を切り裂いた。
「隊長……!」
蒼井レイモンドが、己の背丈ほどの長さの日本刀を抜き放ち、シュウの前に立っていた。
その刀は飾り気のない実戦仕様。血の通う冷徹な意志だけが、その切先に宿っている。
「……遅れてすまない。任せろ。」
言葉少なにそう告げると、蒼井は再び刀を構えた。
構えは無駄がなく、静かで、だが一切の隙がなかった。
「……はい!」
息を整えるシュウの背を守るように立ちながら、蒼井は静かに歩を進める。
対する魔獣ロイは、怒りに任せて吠え声を上げ、再び突進しようとその巨体を揺らした。
「化け物になっても吠えるだけか。……なら黙らせる。」
次の瞬間、蒼井の身体が一瞬、視界から消える。
――ザンッ!
空間が裂けたような鋭い音と共に、ロイの右肩から胸元へ深々と斬撃が走った。
異形の体を誇る魔獣ですら、崩れ落ちそうな一撃に、よろめきながら後退する。
「……ロイ、お前はまだ人だった頃の責任すら果たしていない。」
蒼井は刀についた返り血を払うように軽く振り、再び構える。
そこにあるのは、「斬る」ことに慣れきった、だが確かに正義を抱いた殺気だった。
魔獣ロイ・バルゼンが咆哮しながら、再びシュウへと突進する。
「下がってろ、シュウ!」
蒼井が凛とした声で叫び、刃に蒼い魔力をまとわせた日本刀を水平に振り抜く。
――刹那、魔獣の巨腕が弾き返され、体勢を崩す。
蒼井の体は既に汗に濡れていたが、その眼光は鋭く研ぎ澄まされていた。
その時、天井のガラスが砕け、闇の中から一人の男が飛び降りる。
「ふぅ…高い高い。死隠部隊なのにド派手に登場!」
エリック・モーガンが地に着くと同時に、騎士ソードに魔導テクノロジーの光が灯る。
青白い魔力を纏った剣が振るわれ、ロイの突進を再度止めるように胸部を斬り裂いた。
「やれやれ、こんな化け物になっちまうとは変わり果てましたねロイ殿!」
続いて、会場の影から鋼の大剣を担ぎ上げた青年が歩み出る。
「よぉ、この会場はもう制圧したも同然だぜ!!」
カイル・マクレガー。その巨剣に宿る赤い魔力が揺れ、振るう一撃でロイの右足を地にめり込ませる。
「操られた客や騎士共はあらかた大人しくしといたぜ!」
舞台の下手側、観客席の奥から銃声が鳴った。
正確無比な魔導弾がロイの肩を貫く。
「そちらの歌姫は派手好きなのね。」
無表情の少女――セラ・アルバーノが冷たい視線を向けながら、マガジンを静かに差し替える。
「こんな大舞台で良く頑張ったわね、シュウ君。」
最後に、舞台袖のスクリーン裏から、蒼い光を纏った魔導式デバイスを手にした少女が現れた。
それは、彼女自身が調整・構築した完全自作の魔導兵装。
「さぁ、仕上げにかかるよ!」
ユミナの声と共に、連続した魔力弾が魔獣ロイを貫く。
シュウは驚きながらも、その背を守る仲間たちに感謝と決意を胸に、再び立ち上がる。
ついに足が止まり弱る魔獣に蒼井がトドメの一閃を放つ。
「これで終わりだロイ・バルゼン…。」
魔獣ロイはガッ!と声を上げた後、静かに天を見上げ身体が灰へと変わり崩れ落ちる。
――戦局は、死隠部隊の到着によってあっと言う間にルナの敗北を告げるようだった。
ルナは諦めず死隠部隊の面々に精神支配の魔力を再び放つが――
「ここまでだ。大人しく捕まってもらう。」
蒼井隊長はまるでものともせずルナにそう告げた。
死隠部隊の全員に精神支配は全く通用しなかった。
ルナは膝から崩れ落ちる。
するとその瞬間、ルナは胸を両手で抑え苦しそうに悶え始めた。
「なんで……まさか、力の使い過ぎ!?」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
とうとう本格的な戦闘がありましたが、死隠部隊は当然めちゃくちゃ強いです。
巨大な化け物という見たこともない存在が突然現れても、不足な事態に遭遇しても、即座に対応する才能を持ち、並外れた冷静さと精神力で切り抜けます。
ただの戦闘のプロではありません。