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咎に咲く、暁の華  作者: 月嶋ネス
第一章 咎のはじまり
3/10

第3話 咎人の幕開け

実はこの一章はもっと長く、じっくり死隠部隊メンバーそれぞれの人間性を描いて行きたかったのですが、駆け足具合で話が進んでいきます。

これから長く描いていくので、お付き合いお願いします!

 朝の喧騒が始まりかけたばかりの、都心の大通り。


 通勤客や学生たちが足早に交差点を行き交う中、最初に気づいたのは、一人の女子高生だった。


「……あれ、なに?」


 ビルの壁に吊るされた“それ”は、赤黒く錆ついた金属で編まれた人型の籠。まるで異形の手で縫い合わせたかのように歪な形状だった。


 中には、生気のない人間の身体が収められていた。全身は血と焦げで黒ずみ、目も口も縫い合わされ、表情は既にこの世のものではない。


 静寂が広がった。誰かがスマホを取り出し、誰かが叫び声を上げた。次の瞬間には、群衆が後ずさり、混乱と悲鳴が渦を巻き始めた。


 その籠の下には、黒く広がった血のようなものが滴り、そこに浮かび上がる文字。


「これは神の罪だ。」


 誰かがその言葉を呟いたとき、ようやく皆が気づき一斉にパニックが起こった。


“それ”が、昨夜行方不明になった人気芸能人だったことに。


 パニックを聞きつけ、近くの騎士団が現場に到着するのにそう時間はかからなかった。


 青と白を基調とした制服に身を包んだ若き騎士たちが、警戒線を張るように大通りに展開する。その中心には、まだ経験の浅い小隊長と見られる青年が、無線で上層部と連絡を取りながら現場の収拾に奔走していた。


「……信じられない。これは、何だ……?」


 顔を青ざめさせた騎士団員の一人が、吊るされた人型の籠を見上げ、思わず息を呑んだ。


 その声に反応したように、数人が後ずさる。普段は事件現場に毅然と対応する彼らでさえ、今回ばかりは様子が違った。


 死体の損傷は常軌を逸しており、焼け焦げた肉の匂いと、鉄のような血の匂いが混じった異臭が風に乗って辺りに漂っていた。だが、それ以上に異様だったのは――それが「見せつける」ことを前提として、細部にまで演出が施されている点だった。


「こんなの……もはやイカれ野郎の芸術ってやつか……。」


 誰かが呟いたが、それは皮肉にも聞こえなかった。まるで舞台の上に置かれた小道具のように整然と配置された死体。足元に広がる文字は、視線を逸らす者にも否応なく読み取らせるほど鮮明だった。


“これが始まり 神と価値のない人間の創った醜く歪んだ世界を私が創り変える”


「報道陣が来るぞ! 顔を上げろ、気を引き締めろ!」


 上官の怒声が飛ぶも、その声には焦りが滲んでいた。彼らは――この類の“異常”に慣れていなかった。


 市民の悲鳴と報道用カメラのシャッター音が交差する中、騎士団の一人がつぶやいた。


「……これは、あの裏の隊の奴らの仕事だろ。俺たちじゃない。」


 そう呟いたその声だけが、異様なほど真実味を帯びていた。


 --------


 昨夜の出動は、結局空振りに終わった。現場には激しい魔力の痕跡と、焼け焦げた建材の残骸、そして何かが「そこにいた」気配だけが変わらず残り続けていた。


 手がかりは少なく、死隠部隊は落胆を隠しきれないまま、騎士団本部へと戻っていた。


 だが、シュウだけは――帰還途中、ずっと頭の片隅に引っかかっていた。


 あの場所には確かに“似た匂い”があった。


 あの昨日カフェで会った少女を見たあの瞬間に感じた何か…。


 昨夜の現場に残っていた痕跡は、あの時の感覚と、どこか重なるものがあった。


 (……まさか、な)


 心の中で打ち消す。まだ何も確かな証拠はない。感覚だけで断言できるほど、死隠部隊の行動は軽くはないし、もしかしたらはじめての現場だから神経がすり減ってたための勘違いかもしれない。


 シュウは黙っていた。ただ、胸の奥に残る違和感を、静かに飲み込んだ。


 “あの子”が、もし――。


 時計が午前十時を回った頃、死隠部隊の作戦室には重い空気が漂っていた。


 昨夜の肩透かしを引きずる者、静かに待機する者、それぞれが黙々と時間を潰している。


 そんな中、暁月シュウは昨夜の現場で感じた違和感が反芻していた。


 あの──名を名乗らなかった不思議な少女。


 記憶の底にわずかに残っていた匂い、感覚、視線。そのすべてが、昨夜の闇と重なった気がする。


 だが、それは曖昧な勘に過ぎず、確証もなければ証拠もない。伝えるべきか、伝えざるべきか。


 迷いながらも、彼はその思考を胸にしまい込んだ。


 ──そのとき、作戦室のモニターが点灯し、ノイズ混じりに映像が現れる。


 統括官・グレアム・ウェクスラーの顔が、無機質な画面越しに現れた。


「現時刻をもって、新たな任務を通達する。都心・中央通りにて異常死体が発見された。拘束具のような黒い籠に入れられ、吊るされた状態で晒されている。騎士団とメディアも現場に向かっているが、情報操作と処理は我々の役割だ。既に規制線を張って、現場は現地の騎士団だけだ。」


 ざわめきが走る。だが蒼井レイモンドは落ち着いた口調で応じた。


「了解。現場確認と即時対応を行う。カイル、シュウ、それとセラ、出動準備を。」


 呼ばれた名前に一瞬反応したのは、部屋の端に座っていた若い女性だった。


 黒いタイトな死隠部隊仕様の服に身を包み、鋭い視線をこちらに向ける。セラ・アルバーノ──シュウより先の数ヶ月前に編入されたばかりの新人だが、その動きと勘の鋭さは異質だった。


 声をかけられたセラ・アルバーノが静かに顔を上げる。


「了解。現場で確認する。」


 無駄のない一言だけを残し、彼女は立ち上がる。


 その様子を、ソファにだらしなく腰をかけていたカイル・ミラーが片眉を上げて見ていた。


「俺の出番じゃなさそうだな……ま、やることもないし行ってやるか。」


 ぼやきながらも、腰を上げる彼の目は、いつものように鋭いままだ。


 死隠部隊の任務に慣れていても、今回の件にはどこか不穏な空気が漂っていた。


 部屋の隅には、もう一人──長い髪を揺らす少女が、壁にもたれ静かに佇んでいた。


 彼女の名は、ユミナ・クロフォード。


魔法とテクノロジー、そして解析力、分析力においては部隊内でも群を抜いているが、今回は選ばれなかった。


 蒼井の指示を聞き終えた後、ユミナは小さく吐息をつき、目線だけで彼を見た。


「ふうん、私じゃないんだ……てっきりあの拘束具、私向けかと思ってた。」


 淡々とした口調だが、わずかに滲む寂しさと皮肉。


 蒼井は彼女に一瞥をくれたが、表情は変えずこう返した。


「お前には、別の役割を期待してる。適材適所だ、ユミナ。」


 その言葉に、彼女は目を伏せる。だがその瞳の奥には、静かな闘志が灯っていた。


 自分の出番はまだ──だが必ず訪れると、彼女は理解していた。


「万が一に備え、装備を整えて出るぞ。今回の現場は……おそらく、何かが違う。」


 レイモンドの言葉に、全員の緊張が少しずつ高まっていく。


 異常な事件に、死隠部隊の歯車が再び回り始めた。


 現場へ向かう車両に向かう時。


 死隠部隊が出動準備を整える中、蒼井は隣に立つ副隊長エリックに視線を向ける。


「エリック、お前はここで待機してくれ。」


 エリックは一瞬だけ意外そうに眉を上げたが、すぐに頷く。


「了解。だが何かあったらすぐ知らせてくれよ。」


「ああ。お前の冷静さが必要になるのは、たぶんこの先だ。」


 それだけのやり取りで、隊の空気は再び張り詰めたものに戻った。


 --------


 中央通り──いつもなら人で賑わうその場所は、今や沈黙に包まれていた。


 黒い人型の拘束籠が、まるで道化のように吊るされている。


 その中には、目と口を縫われていてもわかる歪んだ苦痛の表情を浮かべたままの有名芸能人SIONの死体。


 拘束された四肢は血に染まり、体中には焼きと切り裂きの痕。拷問の跡は明白だった。


 早朝から通行人が発見し、通報。それを受けた表の騎士団が急行していたが、現場は騎士たちの不穏な空気に満ちていた。


「……何なんだよ、これは。人間にやれることじゃねぇ……。」


 白い制服に身を包んだ若い騎士が、吐き気を堪えるように呟く。


 その隣のベテランらしき騎士も、額に汗を浮かべながら呻いた。


「くそ……現場保存って言われても、近寄りたくもねぇ……。」


 そんな現場に、黒衣の一団が静かに現れる。


 死隠部隊。闇に潜り、穢れを断つために動く裏の存在。


 蒼井レイモンドを先頭に、シュウ、セラ、カイルが無言のまま進み出る。


「ご苦労だった、騎士団諸君。ここからは我々が…。」


 蒼井の声は低く、淡々としていた。


 その言葉に、現地の騎士団員たちは一斉に道を開ける。


 だが、その目には嫌悪と敬遠が入り混じっていた。


「こ、こちらが遺体です……。まだ、触れてはいません。」


 一人の騎士がぎこちなく説明する。


 蒼井は一度だけ死体を見上げ、無言で頷く。


「よし、はじめよう。シュウ、セラ、周囲の痕跡を調べろ。カイル、警戒にあたれ。」


「了解。」


 淡々と任務をこなす彼らの姿に、騎士団の一人が小さく呟く。


「やっぱり、あいつら……まともじゃねえよ。噂通り、なんか雰囲気も人じゃないみてぇだ……。」


 その声は死隠部隊の誰の耳にも届いていたが、誰も振り返らない。


 任務に私情を挟む者はいない。それがこの部隊の掟だった。


 シュウは死体に近づき、吊るされた籠を見上げる。


 昨夜の現場で感じたものと、どこか同じ「匂い」。


 だがまだ、それが何なのかまでは掴めない。


 シュウは思わず目を逸らしそうになるのをこらえたが、隣に立つ人物──セラ・アルバーノは一歩近づき、淡々とした表情のままじっと死体を見つめた。


「……人型拘束具、ね。こんな形で見るのは久しぶり。」


 彼女の声は冷たい観察者のものだった。


 「中世の処刑文化には、こういう“見せしめ”がよくあったの。罪人の存在を民衆に刻み込むためにね。吊るす、高く掲げる、誰にも忘れさせないように。これは、犯人の思想を形にした“儀式”……私にはそう見える。」


 「……詳しいんですね。」


 シュウが思わず言うと、セラはふっと微笑み更にシュウに近づき耳元で囁く。


「……そういう世界で育ったから。親は売られ、信じていたものに裏切られ、最後はこんな感じで“飾られた”死に方をした。だから私は、こういうのを“他人事”として見られないだけ。」


 その瞳に浮かぶのは悲しみではなく、何かもっと冷たいもの──憎しみと、抑えきれない怒りの奥底。


 セラは拘束具を指先で軽く指差ししながら続けた。


「それでも……“美しい”と思わない? 意志のある殺しは、どこか芸術に似てる。狂ってると思う?」


 問いかけに、シュウは答えられなかった。


「……これは、見せしめだな。だが、本当の狙いは……何だ?」


 蒼井が呟く。


 その視線は死体の真上──空へと向いていた。


 そこには、まるで「神」を見上げるような、静かな憎しみが滲んでいた。


 蒼井は黙って拘束籠を見上げていた。無残に晒された死体。その異様な姿は、ただの見せしめ以上の意味を持っていることを彼に確信させた。


 「……下ろせ。慎重にだ」


 短く、しかし重く落とされた言葉に、すぐ隣で立っていたカイル・ミラーが腕を回しながらうなずく。


 「おう、隊長。どう見ても普通の仕掛けじゃなさそうだが……まあ、俺に任せとけ。」


 その豪快な物言いとは裏腹に、彼の目は鋭く籠の構造を観察している。


 「シュウ、セラ。カイルの補助を頼む。」


 命じられた二人は即座に動いた。


 シュウは無言で頷き、拘束具の足元を支えるために移動する。セラは一歩前に出て、籠の構造をじっと見つめた。血の気の引くような光景にも、一切の怯えはない。今度はシュウにだけでなく現場全体に聞こえるように声を張って言った。


 「これは処刑具の一種ね。中世に罪人に使われていた“晒し檻”の模倣。見せしめと、恐怖の演出。人の理性を侵すには最適よ。」


 まるで日常会話のように、淡々と語るセラ。その瞳には冷たい光が宿っていた。


 蒼井はそんな彼女の言葉に一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに死体へと視線を戻した。


 「気を抜くな。仕掛けがあってもおかしくない。……慎重に降ろせ。」


 カイルが慎重に檻の鎖を緩め、重く軋む音と共に黒い拘束籠が地面へと降ろされた。その瞬間――


 「……っ!?」


 バチッという音が空気を裂き、拘束具の中でぐったりと沈んでいたはずの死体が、突如として激しく痙攣を始めた。まるで何かが乗り移ったかのように、体全体を揺さぶり、内側から外へと這い出ようとするかのように暴れ出す。


 「うおっ、なっ……!? 死体が動いてやがる!」


 カイルが思わず一歩引き、すかさず背中に背負った大剣を素早く構えた。


 「武器を構えろッ!」


 蒼井の低く鋭い声が飛ぶ。その手には剣がすでに握られており、死体に切っ先を向けていた。


 遠巻きに現場を囲んでいた騎士団たちは、凄惨な光景に目を見開いたまま硬直し、何人かはその場に崩れ落ちて、腰を抜かした。


 だがその中で――


 シュウだけは、武器を抜くことなく立ち尽くしていた。


 痙攣し続ける死体から目を逸らさず、微かに震える指を握り締める。


 (まさか……いや……けれど、何かが……違う)


 脳裏を過ったのは“あの子”の気配。今、目の前の異常な動きの中に、どこか同じ“匂い”がある気がしてならなかった。


 そしてセラ・アルバーノは魔導銃を暴れる死体に向けていたが――


 彼女だけが、一切の動揺もなく、ただ静かに死体の動きを見つめていた。


 「……美しいわね。死が終わりではないという、強烈な皮肉。誰が設計したのかしら、これ。」


 その声音には感情の起伏はなく、ただ好奇心と冷静な観察者としての色が滲んでいた。


 ギシ……ギシギシッ……!


 拘束籠の中から、金属を内側から押し広げる異音が響きはじめた。死体の痙攣は激しさを増し、内側から鉄を押し曲げるように腕が動く。


 「おい、マジかよ……!? あの力……死体ってレベルじゃ――」


 カイルが警戒の声を上げた瞬間だった。


 「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”――ッ!!」


 耳をつんざくような叫びが、籠の中から響き渡った。人の声とは思えない、絶望と怒りと呪いの塊のような音。


 次の瞬間、黒い拘束具が音を立ててひしゃげ、裂け、破壊される。


 バキィッ……バギィィィィィン――!


 「くるぞッ!!」


 その瞬間――


 パンッ!!


 乾いた銃声が響いた。


 死体の頭部が、魔導銃の弾丸によって砕け散った。


 撃ったのは、セラ・アルバーノだった。


 「判断が遅れると、死人が増えるわよ隊長。」


 魔導銃を下ろしながら、セラが淡々と言い放つ。蒼井と目が合うが、その視線に臆する様子は一切なかった。


 「……そうだな、助かった。」


 蒼井は一拍置いてから静かにそう告げたが、セラは小さく肩をすくめるだけだった。


 場に、静寂が戻る。だがその静けさは、どこか張り詰めていた。


 異常な死体、暴れ出す遺体――


 事態は、想像以上に異常だ。そして何かが、確実に起き始めている。


 蒼井は死体の破片と黒く染まった地面を見下ろしながら、呟いた。


 「これは……ただの見せしめじゃない。俺たちへの、"宣戦布告"だ――」

セラ・アルバーノというキャラは自分も昔、とてつもなく辛い境遇とトラウマを抱えています。

暁月シュウの少し前に死隠部隊に配属されましたが、彼女はこの部隊と統括のグレアムのみに心を開いています。

死隠部隊は戦闘のプロですが、同時に強い精神力と信念がなくてはいられない所です。

しかし、セラはコントロールの危うい心の不安定さを持っています。

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