《永遠の女優としての道》
プロローグ:舞台の光と影
カメラが回り始めるその瞬間、永遠は、深く息を吸い込んだ。
目の前には、自分の感情すべてを乗せて演じるべき恋人役の俳優・三谷悠真が立っている。彼とは、役を超えて、現実でも心が通じ合っていた。しかし今は、ただの「共演者」としてしかそこにいない。
「……ごめん、私、もう……戻れないの」
震える声を絞り出すように、永遠はセリフを口にした。
「カット!」
監督の声が響き、現場が一瞬、息を呑むように静まる。永遠は、反射的に監督の表情を窺った。厳しくて知られるベテラン監督の目が、わずかに細められる。
「……よかった。テイクOK」
どっとスタッフの安堵の声と拍手が起こる。その中で、永遠は、顔を上げずにただ深く一礼した。
「ありがとうございます」
どこか、自分の声が自分のものではないように感じた。
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第一章:永遠という名前の重み
控え室に戻ると、マネージャーの美咲がタブレットを手に待っていた。
「今夜、ニュース出るわ。例の週刊誌」
永遠の手が止まる。
「……例の?」
「悠真くんとのやつ。決定的な2ショット写真があるって」
目の奥が熱くなるのを、永遠はなんとかこらえた。
二人で過ごした時間は、本当に静かで、誰にも邪魔されない、唯一心を許せる場所だった。それが、こんな形で公になるなんて。
「……これって、事務所、どう言ってるの?」
「否定するって。あなたが交際を認めたら降板の話も出る。来月の主演舞台、スポンサーがうるさいの」
永遠は天井を見上げた。何度も経験してきた、「自分が自分であることを否定される感覚」。女優・永遠として、私生活を捨ててきたはずだった。それでも、恋がしたかった。愛されていたかった。
「わかった。私からは何もコメントしない。……悠真にも、迷惑かけたくないし」
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第二章:真夜中の会話
その夜、スマホが震えた。悠真からだった。
『永遠、大丈夫か?』
『ごめん……私が甘かった。私たち、やっぱり……』
『やめろよ。俺は、ちゃんとお前を守るって言っただろ?』
永遠は唇を噛んだ。彼は本気だった。けれど、この業界で“守る”ことがどれほど難しいかを、彼もきっと知っている。
『私のせいで、悠真の仕事が減ったら、私、立ち直れないよ』
少しの間を置いて、彼から短い返事が来た。
『じゃあ……立ち直らせてやるよ』
その言葉が、心に突き刺さった。痛くて、優しくて、切なくて。だけど今は、答えられない。
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第三章:崩れかけた現実
数日後。週刊誌の報道が現実となり、ネットニュースが炎上した。
「トップ女優・永遠、人気俳優と熱愛発覚」「仕事に支障? 事務所対応に注目」
事務所からの指示は明確だった。「ノーコメント」「恋愛禁止」「次の舞台に集中しろ」
まるで“永遠”という商品が、瑕疵を抱えた在庫のように扱われる。
その夜、稽古場の隅で永遠は立ち尽くしていた。演出家が言う。
「永遠、君、この役じゃないな」
「……え?」
「今の君には、あの役の『情熱』が足りない。恋も夢も何もかも失った人間の顔をしてる」
永遠は唇を噛んだ。心が壊れそうだった。演じられない。愛せない。信じられない。
あの夜、誰にも見えないところで、永遠は声を殺して泣いた。
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第四章:紬との再会
「……ボロボロじゃん、あんた」
突然、聞こえた声に振り向くと、そこには親友の紬がいた。高校時代からの付き合いで、今は舞台の裏方をしている。
「どうして……ここに?」
「たまたま。この劇場、今私が担当してる舞台の隣」
永遠は、一言だけ言った。
「私、終わったのかも」
「は?」
「全部、失った気がする……」
紬は、呆れたように笑った。
「永遠。あんた、それ10回目よ」
「え?」
「高校時代にオーディション落ちたとき、映画で脇役に回されたとき、役作りで痩せすぎて倒れたとき……あんた毎回“終わった”って言って、そのたびに立ち上がってきたじゃん」
永遠は唇を震わせた。
「……もう、怖いよ」
「怖くないわけないじゃん。でも、それでもやってきたでしょ? じゃあ、またやればいいの」
その言葉に、永遠は初めて、胸の奥に小さな火が灯るのを感じた。
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第五章:再起
一週間後。永遠は役を降ろされるどころか、再び主演舞台のチャンスを与えられた。
新作は難役。元恋人の死を背負い、再生していく女性の物語だった。
「……今の私に、ぴったりだね」
「だから推薦したのよ」美咲が言った。「この役、お前しかできないって」
稽古場で永遠は毎日、自分の感情と向き合った。何度も泣いた。怒鳴った。叫んだ。そして、少しずつ、本当の意味で“演じる”ことが戻ってきた。
本番前夜、悠真からメッセージが届く。
『明日、観に行く。席は一番後ろ。でも、俺は見てるから』
永遠は微笑んだ。もう怖くない。今はただ、自分のすべてを舞台にぶつけたい。
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最終章:未来へ
本番当日。照明が落ち、幕が上がる。永遠は一歩、舞台に踏み出した。
観客の目も、悠真の視線も、美咲の不安も、すべてを受け止める覚悟がある。
クライマックス、永遠は叫んだ。
「私は……まだ、生きてる!!」
鳴り止まない拍手の中、永遠は静かに泣いた。その涙は、敗北でも、後悔でもない。ただ、そこにあったのは“再生”の証。
カーテンコールの後、客席に一人佇む悠真と目が合った。彼は何も言わずに、ただ頷いた。
永遠は、未来を見ていた。
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エピローグ:女優・永遠という生き方
数ヶ月後、永遠はインタビューでこう語った。
「恋も、挫折も、すべて私の一部。誰かに見せるための“完璧な女優”じゃなくて、人間としての私を受け入れて、ようやく“演じる”ことができるようになりました」
そして、静かに言葉を結ぶ。
「私は、これからも女優であり続けたい。どんな影があっても、その先に光があると信じてるから」
⸻
― 完 ―




