第1話「青き風、再び走る日」
──【新世代シリーズ 次世代編・高校編】──
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1. 静かな朝と、新しい風の始まり
春。
町の空気はまだ肌寒さを残しながらも、陽射しはやわらかく、その奥に確かに春の訪れを感じさせていた。
とある住宅街の一角。築年数の古いが、どこか趣ある二階建ての家──「秘密のシェアハウス」。
かつて、数々の物語が交差した場所。
そしていま、再び新たな風がそこに吹き込もうとしていた。
「……今日から、か」
碧の息子・大翔は、玄関前で靴ひもを結びながら、ふうっと一息ついた。
身長は180センチを超え、父譲りのキリッとした瞳と、母・みのり似のやわらかな微笑みが特徴の17歳。
制服の袖をまくり、春の風に髪をなびかせる彼の胸の中は、期待と少しの緊張で高鳴っていた。
その日から、彼は「秘密のシェアハウス」で暮らしながら、名門・青嵐高校サッカー部での日々を始めるのだった。
2. 集う者たち、もう一つの風
秘密のシェアハウスには、今日からもう一人、新たな住人がやって来る予定だった。
「ふぁ~……着いたぁ」
キャリーケースを片手に、黒髪をポニーテールにした少女が玄関の前に立った。
碧の娘──風華。中学時代は女子サッカー全国大会で得点王に輝いた経歴を持つ、まさに兄・大翔と並ぶ逸材。
小柄ながら俊敏なプレースタイルと、天真爛漫な性格で、どこか昔の苑香を彷彿とさせる。
玄関のチャイムを鳴らす前に扉が開き、中から顔を覗かせたのは、すでに到着していた兄・大翔。
「遅かったな、風華」
「兄ちゃんこそ早すぎ! 開始一番乗りって、どんだけサッカー命なのよ~!」
言葉を交わしながら、風華はずかずかと中へ入り、シェアハウスの木の香りを深呼吸するように味わった。
「……変わってないね。お父さんたちが昔住んでたとこ」
「うん。あの人たち、よくここで夜通し語り合ったって話してた」
大翔は、廊下に並ぶ額縁の一つ──かつての“6人”の集合写真を見上げる。
「俺たちも、そうなれるのかな」
「なるよ。私たち、あの人たちの子どもだもん」
風華はそう言って、にこっと笑った。
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3. 彰人の息子と、光莉の娘
その日の夕方、玄関にもう一人の住人が現れた。
「……ここが、“あの”場所か」
鋭い目つきと、やや癖のある黒髪。
彰人の息子・航輝は、父譲りの強烈な勝負気質をそのまま受け継いだ高校1年生。
すでにU-16代表候補としても注目されており、サッカー以外にはほとんど興味を示さないストイックな少年だった。
「へぇ、君が彰人さんの息子?」
そう声をかけたのは、同じく今日からの住人、光莉の娘・朱音だった。
彼女はサッカー部のマネージャー志望。とはいえ、ただの裏方ではない。
戦術データ分析や試合記録の収集、栄養管理などに長けた才女で、将来はスポーツアナリスト志望だ。
「……なんで知ってるんだ?」
「見た目が似てるし、名前聞いたらすぐピンときたよ。私は光莉さんの娘。よろしく」
航輝は少し面倒くさそうに頷きながらも、朱音の分析力に内心驚いていた。
(こいつ……できるな)
そんな風に、まだ微妙な距離感ながら、また一人、次世代の物語が始まっていく。
4. もう一つの影と、静かな決意
夕暮れが街を染める頃、秘密のシェアハウスの玄関に、ひときわ落ち着いた足取りの影が現れた。
未羽の息子──澪。彼は、他の子どもたちとはやや違った空気をまとっていた。
長身で物静か、黒縁の眼鏡の奥の瞳は、まるで何かを観察するように冷静で、少しだけ孤独を感じさせる。
「澪くん!」
玄関を開けて出迎えたのは風華だった。風華とは子どもの頃から何度か遊んでおり、少なからず面識があった。
「……久しぶりだね、風華ちゃん」
「やっと全員集合だよ! 中入って、荷ほどきしなきゃ!」
「うん……ありがとう」
荷物を運びながら、澪はこの家の空気を感じていた。
(お母さんも、昔ここで過ごしてたんだな)
未羽は、感情をあまり表に出さない澪に、「ここでなら、きっと何か見つかるかもしれない」とだけ言って送り出した。
そして澪もまた、ここに来ることを、自分の意思で選んだのだった。
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5. シェアハウス、始動の日
夜。
秘密のシェアハウスのリビングには、5人の若者たちが揃っていた。
■ 碧の息子・大翔:ストライカー、堂々たるエース候補
■ 碧の娘・風華:女子サッカー界の星、天真爛漫な妹
■ 彰人の息子・航輝:無口なファイター型MF、プロ志望
■ 光莉の娘・朱音:冷静なデータ分析者、マネージャー志望
■ 未羽の息子・澪:静かな頭脳派、役割はまだ未定
五人は、夕食を囲んでいた。メニューは、みのり直伝の家庭料理のレシピを大翔が中心になって作ったカレーライス。
「へー、意外! 大翔くんって料理できるんだ」
「寮生活長かったからね。自炊しないと飯が質素になってさ」
「味は……まあまあ、だな」
ぽつりと航輝が呟くと、大翔が「はあ? おかわりしてたくせに」と即座にツッコむ。
そのやりとりを、朱音と澪は静かに笑って見ていた。
(こうして始まったんだな、俺たちの“物語”が)
澪は、カレーの湯気の向こうにある仲間たちの顔を見渡しながら、胸の中に確かに感じていた。
何かが、動き出す音がする。
6. 青嵐高校サッカー部、運命の門出
翌朝、5人はそれぞれ制服に身を包み、通学用のリュックを背負って玄関に立っていた。
「じゃ、初日だ。遅刻すんなよ、風華」
「えー、兄ちゃんこそ早歩きすぎ! 今日くらいゆっくり行こ!」
「……試合と同じ。初動がすべてだ」
「はいはい、航輝くんの“サッカー至上主義”いただきましたー」
和やかな(やや騒がしい)やり取りの中、彼らは初登校の日を迎えた。
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青嵐高校。
古くから全国大会の常連校として知られ、現在もサッカー部は関東ベスト4の強豪。
そのグラウンドには、朝から熱気が漂っていた。
「今年はすごいな……新入生、代表経験者ばっかじゃん」
「碧の息子に、彰人の息子に、あの女子の風華ちゃんも!? え、アイツら全員ここ来たのかよ!」
すでに上級生たちの間では、“新世代組”は噂の的となっていた。
その空気をひしひしと感じながら、大翔は真っ直ぐにグラウンドを見据えていた。
「ここで勝つ。絶対に」
彼の目には、かつて父・碧が語っていた夢の続きを、自らの足で追いかけようとする強い決意が宿っていた。
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7. 初顔合わせ、火花と友情と
放課後。サッカー部の新入生練習会。
新監督・早乙女は、プロ経験者でありながら教育熱心な人物で、厳しさと柔軟さを併せ持つリーダーだった。
「お前らが“あの”新世代のガキ共か。噂通りの顔ぶれだな。だが、ここじゃ誰の息子かなんて関係ない」
「ピッチで語れ。そういう場所だ、ここは」
その言葉に、全員の背筋が伸びた。
そして──始まったボール回し。
「……!?」
航輝がトラップしたボールを澪が鋭くカットし、そこから風華へ。風華は一瞬でスペースに走り、ダイレクトで大翔にパス。
大翔が左足でトラップした瞬間、会場がどよめいた。
「一発目でこれかよ……」
「完成度が高すぎる……!」
その後も練習は熱を帯びていった。互いの個性が衝突し、化学反応を起こす。
練習後、汗を拭きながら、朱音が記録用のノートにペンを走らせる。
「今日のラストのボール回し、成功率83%。パス総数12本中11本成功。澪くんのインターセプト、3本」
「すげぇな、朱音。完全にデータ部門のプロだな」
風華が目を丸くして言うと、朱音は笑って頷いた。
「目標はW杯日本代表スタッフだからね」
その目は、選手たちと同じくらい、いやそれ以上に真剣だった。
8. もう一つの血筋、舞台の上のふたり
新学期が始まって一週間。青嵐高校の校門前に、ひときわ目を引く二人の姿があった。
「……あの二人、知ってる? 昨日テレビ出てたよ。しかも転入生なんだって」
「うそ!? あの“蒼馬”と“凛花”? ガチじゃん……」
騒ぎ立てる生徒たちの視線を浴びながら、彼らは慣れた様子で歩を進めていた。
ひとりは──南條 蒼馬
修斗のいとこの息子であり、彼自身もドラマやCMで活躍する現役の若手俳優。高校進学と同時に、芸能活動と学業を両立させるため青嵐高校に転入してきた。
彼は、どこか修斗の面影を残す整った顔立ちと、落ち着いた物腰を持っていた。
すでに業界内では「第二の修斗」と呼ばれるほどの注目株だ。
その隣にいたのは──桐谷 凛花
苑香の姉の一人娘であり、華やかな表情と抜群のスタイルで、すでにファッション誌のモデルとしても活躍中の若手女優。
小さい頃から苑香に憧れ、同じ芸能界に足を踏み入れた。
「凛花、緊張してる?」
「んー……してないって言えば嘘だけど、でも……楽しみかな。初めて“普通の学校生活”送れるかもって」
そう。芸能活動中心だったふたりにとって、この高校への転入は“日常”を知るための一歩でもあった。
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9. 再会の場、重なる血の色
昼休み。秘密のシェアハウスに戻った蒼馬と凛花は、リビングでサッカーボールを蹴り合っていた大翔と航輝を見つける。
「……あれ? 蒼馬くん?」
風華が驚いた声を上げる。
「おお、風華ちゃん。久しぶり。ここにいたんだ」
「てか、なんでこっち来てんの!?」
「転入。芸能仕事と両立したくて」
蒼馬がさらりと言うと、大翔や航輝も思わず顔を見合わせた。
「ってことは……君が修斗さんの……」
「いとこの息子。まあ、芸能界じゃ“名前だけ”修斗と繋がってるって言われるけど」
蒼馬は肩をすくめて笑った。その余裕ある態度に、航輝が少しだけ警戒の色を見せる。
一方で、凛花は朱音や澪の隣に腰を下ろしていた。
「凛花さんって……苑香さんの姪なんですよね?」
「うん、そう。……でも、“女優”としては、あの人とはまた違う路線で行こうと思ってる」
「苑香さんの“娘さんたち”とも、会ったことある?」
その問いに、凛花はふと目を伏せる。
「……陽菜ちゃんとは一度だけ、永遠ちゃんは写真だけ。でも、すごく素敵な子たちだったよ」
芸能界ではいまだ秘密とされている修斗と苑香の結婚、そして娘たちの存在。
それを知る数少ない一人として、凛花は心のどこかで、彼女たちの未来も見守っていた。
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10. 交錯する道、始まる第二章
その夜、シェアハウスの屋上で、大翔と蒼馬が並んで夜風を浴びていた。
「サッカーと俳優。全然違うけど、なんか……俺たち、似てるのかもな」
「どっちも“見られる”職業だからな。自分の“覚悟”を見せるって意味じゃ、同じだよ」
「修斗さん……尊敬してる?」
蒼馬は少しだけ目を細めた。
「……してる。でも、“自分は自分”でいたいって、いつも思ってるよ」
その言葉に、大翔は頷いた。
(同じだ。俺も、父さんみたいになりたい。でも、“父さんの背中”だけを追ってるんじゃ、超えられない)
彼らの青春は、始まったばかり。
才能と運命に彩られた、次なる世代の物語が、今──動き出していた。
11. 影を追う者、光を恐れぬ者
午後5時。夕焼けに染まるシェアハウスのリビング。
「……兄さん、ここで暮らしてたんだ」
「そうだよ。気を抜くとすぐ騒がしくなるけど、落ち着く場所だよ」
南條蒼馬が手を広げて見せたその場所に、静かに足を踏み入れてきたのは──彼の弟、南條 陽翔。
彼は今年高校1年に進学したばかり。俳優としてはまだ駆け出しだが、独特の目の鋭さと感情の深さを持っており、演技力では兄に迫るとさえ言われていた。
「やっぱ、兄さんはすごいな……俺なんて、まだ自分の立ち位置すら見つかんないよ」
「焦らなくていい。……ただ、舞台に立つ以上は、自分の“言葉”で勝負すること。忘れんな」
蒼馬の声には、兄としての優しさと、先輩としての厳しさが混ざっていた。
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その一方、2階のバルコニーでは、もうひとつの姉妹の対話が始まっていた。
「……また“凛花と違って大人しい”って言われたの。私、何やっても“妹らしい”って」
「それ、全部“比較”されてるだけだよ、紗良」
凛花の隣に立つのは、彼女の双子の妹──桐谷 紗良。
凛花が華やかで堂々とした“王道のヒロイン”だとすれば、紗良はどこか繊細で、影のある“静かな演技”を得意とする。だが、世間はつい姉と比べたがる。
「私は、誰かの“妹”としてじゃなくて、“私”として舞台に立ちたいの。……でも、どうやったらそう見てもらえるんだろ」
「紗良。舞台に立つ人間が一番最初にやることは、“自分の影を愛する”ことだって、苑香おばさんが言ってた。覚えてる?」
紗良は小さく頷いた。
「うん……“光を見せるためには、自分の影を知れ”って」
「その影を受け入れたら、もう“比較”は武器になる。紗良は、紗良だから」
双子だからこそ分かる心のゆらぎ。
姉として、同じ道を選んだ者として、凛花はその苦しみを知っていた。
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12. 青嵐、夜風と再生と
その夜、シェアハウスの広間では、珍しく全員が揃っていた。
風華、大翔、航輝、朱音、澪。
蒼馬、凛花、陽翔、紗良。
そして、外出先から帰ってきた陽菜と永遠の姿もあった。
「……なんだこれ、すごい人数」
「“新世代と、次の新世代”だな」
誰かがそう言って笑った。
小さなキッチンで作られる夕飯の匂いと、テレビから流れるサッカーのニュース。
凛花が取材された映像に、紗良が一瞬だけ視線を泳がせる。
陽翔は、蒼馬と大翔の“プロフェッショナル”な視線に少しだけ息を呑む。
この家では、誰かの息子でも、誰かの娘でもなく、自分の名前で生きることが許されている。
そんな空間に包まれながら、朱音がつぶやいた。
「……ここって、なんか不思議な家だね。“血”とか“夢”とか“記憶”とかが、全部交差してるみたいで」
風華が笑って言った。
「それが、“秘密のシェアハウス”ってやつでしょ」
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