表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
秘密のシェアハウス【大型長編版】  作者: AQUARIUM【RIKUYA】
【新世代より ~子供編 ~ 】
76/138

第2話「秘密の恋と、揺れる時間」


1. 夜のスタジオと、ふたりの距離


──深夜0時。撮影スタジオの照明が、ようやく落とされた。


修斗は疲れた顔で、メイクルームの鏡をぼんやりと見つめていた。鏡の中の自分──劇中では悪役を演じる彼だが、現実ではどこまでも繊細で、愛に臆病な男だった。


「……お疲れさま」


背後から声がする。振り返ると、苑香が立っていた。


黒のロングコートにハイヒール。スタジオ撮影の合間に駆けつけたのだろう。モデルとしての存在感をまとう彼女は、誰よりも美しく、そして脆さを隠していた。


「ごめん、待たせた?」


「ううん。終わるまで、ずっとここにいようって決めてたから」


苑香の声は、夜の中で優しく揺れていた。


ふたりは、表では“同僚の俳優・女優”でしかない。だが──本当は、すでに夫婦だった。しかも、子どももいる。


陽菜という娘が生まれて、すでに十年以上が過ぎていた。


けれど、それを公にすることは叶わなかった。

芸能界の現実、若すぎた結婚、守るべきキャリア──あらゆる事情が、彼らを“秘密の夫婦”にさせた。


「……今日は帰れる?」


「行けるよ。陽菜、起きて待ってるかもね」


「寝かせてって言ってたけど……無理かもな」


ふたりは目を合わせて笑った。

たとえどんなに隠さねばならなくても、確かに、愛はあった。



2. 陽菜の疑問、家族のかたち


陽菜は、その夜、書斎のソファで丸くなっていた。


修斗と苑香が帰宅すると、眠たそうに目をこすりながら、ぽつりと訊いた。


「パパとママって、どうしてずっと“友達みたい”なの?」


ふたりは顔を見合わせる。


「学校でね、陽菜だけ“両親の写真がない”って言われた。そりゃそうだよね、私たちの写真、誰も知らないもん」


苑香は娘の髪をそっと撫でた。


「ごめんね。隠してて。でもね、それは“恥ずかしいから”じゃないんだよ」


修斗が言葉を継ぐ。


「陽菜を守りたいからなんだ。有名になるってことは、誰かに見られるってことでもある。君が安心して生きられるようにするには……まだ、こうするしかない」


「……でも、私は平気だよ。むしろ、誇りだよ。パパとママが、好きで選び合ったことも、私を選んでくれたことも」


その言葉に、苑香は思わず涙ぐんだ。


「大きくなったね、陽菜……」


陽菜は、ふたりの手を取った。


「じゃあ、いつか“秘密”が“誇り”になるときが来たら、私が先に言うよ。“このふたりが、私の両親です”って」


その夜、書斎には静かな灯りと、確かな家族の温もりがあった。



3. 共演者の気配と、揺れる心


ある日。修斗は新しいドラマの撮影で、人気女優・芹澤ルナとの共演が決まった。


「おはようございます。共演、光栄です」


ルナは涼しげな笑顔で挨拶し、スタッフの間でも「完璧な女優」として評判だった。


だが、撮影が進むにつれて、彼女は修斗に対して徐々にプライベートな距離を詰め始めた。


「修斗さんって、彼女いないんですよね?」


「え?」


「撮影の合間も、プライベートの話全然しないから、みんな気になってますよ」


「……秘密主義なだけです」


「じゃあ、秘密の恋とか……あるんですか?」


修斗は笑ってごまかした。けれど、その瞬間、苑香の顔がよぎった。


“この業界にいれば、いつかバレる日が来る”


──だとしても、自分たちは覚悟していたはずだった。



4. 揺れる苑香、モデルとしての選択


苑香にも転機が訪れていた。


世界的なブランドからモデル契約のオファーが届いたのだ。だが条件は、「独身であること」と「家族をメディアに見せないこと」。


契約を受ければ、彼女のキャリアは一気に飛躍する。


だが、それは修斗や陽菜との“時間”を確実に削ることを意味していた。


「苑香……俺は、止めないよ。やりたいなら、行っていい」


「……修斗、私ね。ほんとは、もっと一緒にいたいって言いたい。でも……怖いの。あの頃みたいに、夢を追わなくなったら、私は“私”でいられなくなる気がして」


「じゃあ、夢を追いながら“母親”でも“妻”でもいればいい。俺はそのすべてを、肯定するよ」


苑香は、小さく笑った。


「そんなこと言ってくれるの、あなただけ」



5. 爆弾──SNSでの“噂”


ある日──


Twitterで突然、「陽菜=苑香の隠し子説」というスレッドが爆発的に拡散された。


“とあるスタッフ”の暴露とされるその投稿には、陽菜がふたりに似ているという写真比較、過去のインタビューとの矛盾などが並べ立てられていた。


「バレた……の?」


陽菜は動揺していた。


「大丈夫。すぐに弁護士と動く。でも……これは、きっと予兆だった」


苑香は、カメラの前に立つ決意をした。


「私が話す。何も隠さず、真実を語る」


修斗はその横に立った。


「俺も行くよ。ふたりで始めたんだ。ふたりで伝えよう」



6. 記者会見と、始まりの告白


会見場。無数のフラッシュの中、苑香と修斗は静かに座った。


「本日は、大切な報告をさせていただきます」


苑香が口を開いた。


「私たちは、実は……十数年前に入籍し、ひとり娘を育てております。これまで公にしなかったのは、娘の安全と将来を守るためでした」


騒然とする会場。


「この決断に、後悔はありません。ただ、これからは“私たちらしい”家族のあり方を見せていきたいと考えています」


修斗が微笑む。


「俳優である前に、一人の父親として、夫として。すべてを見せて生きていきます」


その告白は、日本中のメディアを驚かせ、賛否両論を呼んだ。


だが、彼らはようやく「嘘のない時間」を歩き始めることができたのだった。



7. 陽菜の手紙と、家族の時間


会見のあと、陽菜はふたりに手紙を渡した。


《ありがとう。

 たとえ世界中の人に驚かれても、

 私はずっと“おふたりの娘”であることを誇りに思います。

 これからは、堂々と。

 この家族の物語を、一緒に歩んでいきたい》


涙をこらえる修斗と苑香。


「……私たちの娘は、やっぱり一番強い」


「いや、きっと一番優しいんだ」


その夜、家族は久しぶりに、誰にも隠すことのない“普通の食卓”を囲んだ。


言葉のひとつひとつが、光っていた。



エピローグ:「揺れ」は、やがて「確信」へ


人は、秘密を抱えて生きる。


けれど、それが愛から生まれたものなら──

きっと、誰かの心を打つ。


苑香と修斗、そして陽菜の物語は、今ようやく“まっすぐな光”を浴びて歩み始めた。


彼らの未来に何があろうとも、

もう、隠さずに生きていける。


そう、心から信じられる春が、ようやく訪れていた。



第2話「秘密の恋と、揺れる時間」──完


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ