第2話「秘密の恋と、揺れる時間」
1. 夜のスタジオと、ふたりの距離
──深夜0時。撮影スタジオの照明が、ようやく落とされた。
修斗は疲れた顔で、メイクルームの鏡をぼんやりと見つめていた。鏡の中の自分──劇中では悪役を演じる彼だが、現実ではどこまでも繊細で、愛に臆病な男だった。
「……お疲れさま」
背後から声がする。振り返ると、苑香が立っていた。
黒のロングコートにハイヒール。スタジオ撮影の合間に駆けつけたのだろう。モデルとしての存在感をまとう彼女は、誰よりも美しく、そして脆さを隠していた。
「ごめん、待たせた?」
「ううん。終わるまで、ずっとここにいようって決めてたから」
苑香の声は、夜の中で優しく揺れていた。
ふたりは、表では“同僚の俳優・女優”でしかない。だが──本当は、すでに夫婦だった。しかも、子どももいる。
陽菜という娘が生まれて、すでに十年以上が過ぎていた。
けれど、それを公にすることは叶わなかった。
芸能界の現実、若すぎた結婚、守るべきキャリア──あらゆる事情が、彼らを“秘密の夫婦”にさせた。
「……今日は帰れる?」
「行けるよ。陽菜、起きて待ってるかもね」
「寝かせてって言ってたけど……無理かもな」
ふたりは目を合わせて笑った。
たとえどんなに隠さねばならなくても、確かに、愛はあった。
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2. 陽菜の疑問、家族のかたち
陽菜は、その夜、書斎のソファで丸くなっていた。
修斗と苑香が帰宅すると、眠たそうに目をこすりながら、ぽつりと訊いた。
「パパとママって、どうしてずっと“友達みたい”なの?」
ふたりは顔を見合わせる。
「学校でね、陽菜だけ“両親の写真がない”って言われた。そりゃそうだよね、私たちの写真、誰も知らないもん」
苑香は娘の髪をそっと撫でた。
「ごめんね。隠してて。でもね、それは“恥ずかしいから”じゃないんだよ」
修斗が言葉を継ぐ。
「陽菜を守りたいからなんだ。有名になるってことは、誰かに見られるってことでもある。君が安心して生きられるようにするには……まだ、こうするしかない」
「……でも、私は平気だよ。むしろ、誇りだよ。パパとママが、好きで選び合ったことも、私を選んでくれたことも」
その言葉に、苑香は思わず涙ぐんだ。
「大きくなったね、陽菜……」
陽菜は、ふたりの手を取った。
「じゃあ、いつか“秘密”が“誇り”になるときが来たら、私が先に言うよ。“このふたりが、私の両親です”って」
その夜、書斎には静かな灯りと、確かな家族の温もりがあった。
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3. 共演者の気配と、揺れる心
ある日。修斗は新しいドラマの撮影で、人気女優・芹澤ルナとの共演が決まった。
「おはようございます。共演、光栄です」
ルナは涼しげな笑顔で挨拶し、スタッフの間でも「完璧な女優」として評判だった。
だが、撮影が進むにつれて、彼女は修斗に対して徐々にプライベートな距離を詰め始めた。
「修斗さんって、彼女いないんですよね?」
「え?」
「撮影の合間も、プライベートの話全然しないから、みんな気になってますよ」
「……秘密主義なだけです」
「じゃあ、秘密の恋とか……あるんですか?」
修斗は笑ってごまかした。けれど、その瞬間、苑香の顔がよぎった。
“この業界にいれば、いつかバレる日が来る”
──だとしても、自分たちは覚悟していたはずだった。
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4. 揺れる苑香、モデルとしての選択
苑香にも転機が訪れていた。
世界的なブランドからモデル契約のオファーが届いたのだ。だが条件は、「独身であること」と「家族をメディアに見せないこと」。
契約を受ければ、彼女のキャリアは一気に飛躍する。
だが、それは修斗や陽菜との“時間”を確実に削ることを意味していた。
「苑香……俺は、止めないよ。やりたいなら、行っていい」
「……修斗、私ね。ほんとは、もっと一緒にいたいって言いたい。でも……怖いの。あの頃みたいに、夢を追わなくなったら、私は“私”でいられなくなる気がして」
「じゃあ、夢を追いながら“母親”でも“妻”でもいればいい。俺はそのすべてを、肯定するよ」
苑香は、小さく笑った。
「そんなこと言ってくれるの、あなただけ」
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5. 爆弾──SNSでの“噂”
ある日──
Twitterで突然、「陽菜=苑香の隠し子説」というスレッドが爆発的に拡散された。
“とあるスタッフ”の暴露とされるその投稿には、陽菜がふたりに似ているという写真比較、過去のインタビューとの矛盾などが並べ立てられていた。
「バレた……の?」
陽菜は動揺していた。
「大丈夫。すぐに弁護士と動く。でも……これは、きっと予兆だった」
苑香は、カメラの前に立つ決意をした。
「私が話す。何も隠さず、真実を語る」
修斗はその横に立った。
「俺も行くよ。ふたりで始めたんだ。ふたりで伝えよう」
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6. 記者会見と、始まりの告白
会見場。無数のフラッシュの中、苑香と修斗は静かに座った。
「本日は、大切な報告をさせていただきます」
苑香が口を開いた。
「私たちは、実は……十数年前に入籍し、ひとり娘を育てております。これまで公にしなかったのは、娘の安全と将来を守るためでした」
騒然とする会場。
「この決断に、後悔はありません。ただ、これからは“私たちらしい”家族のあり方を見せていきたいと考えています」
修斗が微笑む。
「俳優である前に、一人の父親として、夫として。すべてを見せて生きていきます」
その告白は、日本中のメディアを驚かせ、賛否両論を呼んだ。
だが、彼らはようやく「嘘のない時間」を歩き始めることができたのだった。
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7. 陽菜の手紙と、家族の時間
会見のあと、陽菜はふたりに手紙を渡した。
《ありがとう。
たとえ世界中の人に驚かれても、
私はずっと“おふたりの娘”であることを誇りに思います。
これからは、堂々と。
この家族の物語を、一緒に歩んでいきたい》
涙をこらえる修斗と苑香。
「……私たちの娘は、やっぱり一番強い」
「いや、きっと一番優しいんだ」
その夜、家族は久しぶりに、誰にも隠すことのない“普通の食卓”を囲んだ。
言葉のひとつひとつが、光っていた。
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エピローグ:「揺れ」は、やがて「確信」へ
人は、秘密を抱えて生きる。
けれど、それが愛から生まれたものなら──
きっと、誰かの心を打つ。
苑香と修斗、そして陽菜の物語は、今ようやく“まっすぐな光”を浴びて歩み始めた。
彼らの未来に何があろうとも、
もう、隠さずに生きていける。
そう、心から信じられる春が、ようやく訪れていた。
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第2話「秘密の恋と、揺れる時間」──完




