第5話「そして、未来へ」
1. 雪の朝に見た夢
「……また夢を見たよ。あのシェアハウスの、懐かしい朝の匂い」
修斗はそう言って、カーテンを開けた。
窓の外には、薄く雪が積もっていた。白い冬の空に、かすかに朝陽がにじむ。
隣では苑香が眠っていた。お腹はすっかり大きくなり、もうすぐ出産を迎える。
「いよいよだな……父親になるっていう実感、ようやく湧いてきたかも」
小さくつぶやくと、苑香が目を開けた。
「夢、いい夢だった?」
「うん。全員で食卓を囲んで、他愛もない話をしてるだけなんだけど……でも、あの時間が一番、心が満ちてた気がする」
苑香は頷き、そっと修斗の手を取った。
「私たちも、そういう“場所”をつくろう。赤ちゃんと一緒に」
「……ああ、きっとできるよ」
そのとき、未来がひとつ、確かに始まった気がした。
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2. 再会──旅から戻った苑香
数ヶ月後──。
苑香が旅から戻ってきた。
髪が少し短くなり、日に焼けた肌にはかすかに旅の時間が刻まれていた。
「変わった?」
そう訊くと、紬は笑った。
「変わったわね。けど、ちゃんと“苑香のまま”だった」
かすみ草に集まる顔ぶれは、いつもの六人──紬、彰人、碧、未羽、苑香、そして修斗。
苑香は、旅先で書きためたノートをテーブルに出した。
「小さな詩集をつくろうと思ってるの。タイトルはね──『帰る場所』」
彰人が目を細めた。
「……いいな。俺も、そろそろ詩の会を再開するところだったんだ」
碧と未羽も、里親としての研修を終え、いよいよ“新しい家族”を迎える準備に入っていた。
そして紬は、悠依とともに地方に移住。
雑誌『灯りの町』の編集長として、新しい人生を歩み始めていた。
「けど、今でも“ここ”が、私の原点だって思うのよね」
紬の言葉に、全員がうなずいた。
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3. 修斗、父になる日
「名前、決めたの?」
出産を翌日に控えた夜。病室で、未羽がそっと尋ねた。
「うん。“陽菜”ってつけたいって苑香が言ってくれて」
「ひな……春の陽だまりみたいな名前ね」
「うん。俺たち、いろんなことがあったけど──それでもいつか、子どもに“あたたかい世界”を見せたいって思ったんだ」
修斗の声には、迷いがなかった。
かつては、自分の夢を追うことに精一杯で、家族の形なんて考えたこともなかった。
けれど今は違う。
「誰かのために生きるって、重たいようで、軽くなることもあるんだな」
未羽は、かつて母親だった目で修斗を見た。
「……あなたも、いいお父さんになるわ」
その夜、雪が静かに降り始めた。
翌朝、陽菜はこの世界に生まれた。
小さな産声は、まるで未来の合図のように響いていた。
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4. 小さな集い、そして“継ぐ者たち”
数ヶ月後。
陽菜の初節句を祝うために、かすみ草に六人が再び集まった。
小さなテーブルの中央には、ちいさな雛人形。そして、陽菜の名前が記されたカード。
「可愛いわね……もう、目が合うようになったの?」
苑香が抱く陽菜の小さな手に、碧が指を添える。
「俺の声にはすぐ反応するんだよ。やっぱり父親ってわかるのかな」
「まだまだ親バカね」
未羽が笑い、彰人もそれに頷く。
「けど、それがいい。そうやって、自分が誰かのために笑えるって、ほんとに幸せなことだと思う」
紬がふと、陽菜を見ながら言った。
「この子たちが大きくなったとき、きっとまた新しい物語が始まるのよね。私たちがかつて歩いた道のように」
「それを見届けられるのが、老後の特権かもな」
彰人が冗談めかして言うと、苑香が答えた。
「……“老後”って、たしかに響きはちょっと寂しいけど、でもそれは“未来を見守る世代”ってことかもしれない」
全員がうなずいた。
陽菜の目が、まっすぐに天井を見つめていた。
その瞳には、どこまでもひらけた未来が映っていた。
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5. それぞれの場所へ──別れと継承
春。
紬は悠依とともに、地方の古民家を改装した編集部へ移った。
雑誌『灯りの町』は創刊号から注目を集め、町の人々の声を丁寧に拾い上げていた。
彰人と理子は、山のふもとの小さな家に引っ越し。
週に一度、詩の会を開いて、地域の高校生たちにも詩の魅力を伝えていた。
碧と未羽は、新しく迎えた兄妹の子どもたちとともに暮らしている。
大変な日々。でも、笑顔が絶えない日々。
苑香は、旅の記録をもとにした詩集『帰る場所』を出版。
かすみ草の一角に、詩集を手に取った若者がいるのを見るたびに、胸があたたかくなった。
そして修斗は、陽菜を抱きながらふと思う。
──自分たちの世代が、未来に何を残せるか。
それはきっと、“在り方”なんだ。
誰かと共に生き、迷い、そして選んだこと。
それこそが、次の世代に受け継がれていく。
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エピローグ:未来へ
数年後。陽菜は元気に幼稚園へ通うようになった。
彼女の隣には、碧と未羽の育てる兄妹が笑っていた。
かすみ草では、月に一度「こどもとおとなの詩の会」が開かれている。
そこには、あの六人の姿もあれば、その子どもたち、そして町の新しい人々の姿もある。
修斗が一冊のノートを陽菜に渡す。
「これはね、昔、お父さんとお母さんが交わした日記なんだ。きみが大きくなったら、続き、書いてみてくれる?」
陽菜は、無邪気に頷いた。
「うん!いっぱい書く!」
物語は続いていく。
人から人へ。
言葉から言葉へ。
そして、未来へ。
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第5話「そして、未来へ」──完
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