第3話「揺れる心、夜明けの誓い」
1. 突然の報道
「苑香さん、週末はどなたと?」
その朝、修斗はテレビ画面に映る彼女の姿を見て凍りついた。
ワイドショーに映し出されたのは、苑香が誰かと寄り添って歩く姿。
“演劇部のプリンセス、苑香さんに熱愛発覚か!?”の文字が踊っていた。
もちろん、その相手は修斗だった。
顔は巧みに隠されていたが、彼にはわかった。
あの仕草、歩き方、ささやかな笑顔──彼女が誰にも見せない姿。
「……どうして……」
シェアハウスのリビングで、彼はひとり呟いた。
家族には気づかれていないはずだが、彼の中には不安と罪悪感が渦巻いていた。
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2. 苑香の涙
その日の夜。演劇部の稽古後、苑香はいつもより早く帰宅した。
玄関の鍵が開く音に、修斗はすぐさま駆け寄った。
「苑香!」
彼女は黙って修斗を見つめていた。
瞳の奥には、言葉にできない苦悩と、涙がにじんでいた。
「……誰かに撮られてた。気づかなかった……ごめんね……」
修斗はその細い肩を抱きしめた。
「謝るのは俺の方だよ。俺が、君の重荷になってたのかもしれないって……」
「違うの! 重荷じゃない……あなたがいるから、私は強くいられるの……でも……」
言葉が詰まり、彼女は唇を噛んだ。
「プロとして、これからもっと注目される。だから……もう、一緒にはいられないって言われたの……」
「誰に?」
「……母に。事務所に。大人たちに」
修斗は拳を握った。
まだ高校生の彼には、大人の事情という壁があまりに高かった。
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3. 碧と彰人、兄弟の誓い
その頃、青葉学園では碧と彰人の兄弟が、決勝戦に向けて自主練習をしていた。
敵同士であることを超えて、彼らの間には深い理解があった。
「碧、お前……最近元気ないな」
「……苑香さんの報道、見た?」
彰人は頷いた。
「修斗、きっと今が一番つらい。けど、逃げるやつじゃない」
碧はボールを蹴った。芝を蹴り飛ばすような、怒りを帯びた一撃。
「俺たち、強くならなきゃダメだよな……ただの“次の世代”で終わる気はないんだ」
「そのためにサッカーやってるんだろ」
ふたりのボールは、ゴールネットを突き刺した。
まるで自分たちの未来に向けた決意のように。
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4. 颯斗と美琴、言葉の力
図書館の一角。静寂の中、颯斗は美琴の差し出した詩に目を通していた。
「心が凍える夜、誰かの声が灯りになる」
「……これ、君が書いたの?」
「うん。苑香さんのこと、ニュースで見たでしょ。修斗くんも辛いと思う。
でも、私は知ってる。彼がどれだけ彼女を大事にしてたか」
颯斗は静かに頷いた。
「誰かの痛みを、君みたいに想える人って……すごいと思う」
美琴は照れ笑いしながら、こう言った。
「じゃあ、颯斗くんも……誰かにとっての“灯り”になってあげてよ」
その言葉が、颯斗の中に新しい火を灯した。
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5. 夜明けの誓い
修斗は苑香とふたりで夜のシェアハウスの庭に出た。
夜明け前の空が、淡く赤く染まり始めていた。
「苑香……俺たち、距離を置くべきかもしれない。でも、それは終わりじゃない」
「……どういうこと?」
「君が夢を叶えるその日まで、俺も夢を追いかける。
君の隣に、胸を張って立てるようになるまで。だから――」
彼は小さな箱を差し出した。
中には、シンプルなペアリングがふたつ。
「これは、別れの印じゃない。“未来の約束”だよ。
俺が君と並んで歩けるようになる日まで、持っていてほしい」
苑香の頬に涙がこぼれた。
彼女は指輪を握りしめ、そして小さく頷いた。
「わかった。私も約束する。あなたの隣に立てる女優になる」
その誓いは、まだ誰にも知られていない。
だが確かに、ふたりの心に刻まれた。
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エピローグ
夜が明け、朝日がシェアハウスを照らす。
碧はサッカーボールを抱え、グラウンドへ向かい、
颯斗は美琴と文芸部の冊子づくりに取り掛かり、
苑香はステージへ向かい、修斗はオーディションへ向かった。
それぞれの“想い”が、確かに未来へ向かって動き出していた。




