第3話「初めての絆」
プロローグ:薄明のなかで
朝の光が差し込むリビング。
台所では、紬が卵を割る音が響く。
「……目玉焼き、焼けたよ」
差し出された皿に、光莉が目を細める。
「ありがとう。あんたって、料理できるタイプ?」
「ううん。練習中。……お母さんが、あんまり作ってくれなかったから」
「ふーん……」
光莉は一口食べると、口角をわずかに上げた。
「ちょっと塩多いけど、悪くないじゃん」
紬が嬉しそうにうなずく。その横を、タオルを首にかけた彰人が通り過ぎる。
「走りに行ってくる」
「ちょっと待って! 私も……行く」
光莉が慌てて靴を取りに走る。
誰も、何も言わないけれど、今、何かが少しだけ“変わり始めていた”。
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小さな事件
帰宅すると、シェアハウスの玄関が開いていた。
誰もいないはずの時間帯――嫌な予感が走る。
「……鍵、閉めた?」
光莉が彰人を見る。
「いや、閉めたと思ったけど……」
3人は足音を立てずに中へ入る。
すると、リビングのテーブルに見知らぬ男が座っていた。
無精髭に、よれたジャケット。
男の目が光莉に止まった。
「おう、光莉。ここにいたのか」
空気が一変する。
「……お父さん、なんでここに……」
「お前が何の連絡もよこさないからだ。
担任から聞いたぞ。勝手に高校やめて、どこにいるかも言わずに……
母さんが、どれだけ心配してたと思ってるんだ!」
光莉の顔色が青ざめる。
「帰ってこい。お前の居場所は、こんなとこじゃない」
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葛藤
光莉は黙ったまま、拳を握りしめた。
紬がそっと立ち上がり、光莉の前に立つ。
「ここは、彼女の居場所です。……私たちの家なんです」
男の顔が曇る。
「……何だ、お前。関係ないだろ」
すると、彰人が壁にもたれながら口を開く。
「だったら、警察呼ぶよ。無断で家に入ったって言えば、警察も動く」
男が息を呑む。
「……光莉、どうする?」
光莉は一歩前に出た。
「帰らない。……今の私は、もう“あの家”には戻れない。
私はここで、自分の生き方を探すって決めたから」
父親は一瞬だけ動きを止めるが、やがてふっと息を吐いた。
「……わかった。好きにしろ。ただし、お前が後悔しても、俺は知らんぞ」
そして、重い足取りでドアを閉めた。
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心の距離
玄関の扉が閉まった後、静寂が訪れた。
紬が、光莉の肩にそっと触れた。
「……怖かったよね。でも、言えたね」
光莉の目に、じわりと涙が浮かぶ。
「……ありがとう。紬、彰人。
あんなふうに誰かに庇ってもらうの、初めてだった。
今まで、ずっと一人だと思ってたから」
彰人が、ぶっきらぼうに言う。
「別に、お前のためにやったんじゃねーよ。
あんなやつが、家の中にいるのがムカついただけ」
光莉が、笑った。
「……うん。それでも、嬉しかった」
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エピローグ:はじまりの“絆”
夜、リビングに並んで座る3人。
テレビでは何気ないバラエティ番組が流れていた。
「ねぇ、今度さ、3人で出かけようよ」
紬が言う。
「どこに?」
光莉が尋ねる。
「……花火大会。夏のやつ。
毎年、親に連れてってもらえなかったから……行きたいなって」
彰人が、黙ってうなずいた。
「じゃあ、浴衣着ていくか」
光莉が微笑む。
静かな夜に、笑い声が広がった。
彼らの間に、確かに“絆”が生まれ始めていた




