第5話「バイトと夢」
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箱根への短い旅行を終えて、4人は少しだけ気持ちを整理し、再びそれぞれの日常へと戻っていった。
しかし、大学生活の中で直面する「現実」は、いつまでも彼らを待ってはくれなかった。
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【葵蘭:現場と学業の両立】
葵蘭は今、芸能の仕事と学業の両立に悩まされていた。
毎日のように撮影や取材が入り、大学の授業はオンラインでギリギリ参加。
課題やレポートの提出も遅れがちだった。
ある日、教授に呼び出される。
「佐野さん、君の今の状況じゃ、単位は厳しいよ。芸能活動が大事なのは分かるけれど、大学にも責任を持ってほしい。」
「……すみません。でも、私は、どちらも本気でやりたいんです。」
その夜、彼女は思わず母・眞理に電話をした。
「ねえ、お母さん。どうして女優と家庭、両方やれたの?」
電話の向こうで、母は静かに答えた。
「できてたように見えたなら、それは“たくさんの人に助けてもらった”からよ。葵蘭、あなたも人を頼りなさい。ひとりで全部背負わなくていい。」
その言葉は、彼女の胸の奥を静かに照らした。
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【健太:役者としての自立】
健太は今、映画の主演オーディションをいくつも受けながら、あえて“普通のバイト”を始めていた。
芸能界の収入は安定しない。何より、「普通の生活を知らなければ、リアルな役を演じられない」と思ったからだ。
ファミレスのキッチンで汗を流し、皿を下げ、年配のパートさんに怒られる毎日。
ある日、同じバイト先の大学生に言われた。
「岡田くん、さ……もしかして俳優やってる? 顔、テレビで見たことある気がするんだけど。」
「うん、まあ。でも今は、こっちでもちゃんと頑張りたいと思ってる。」
健太は笑った。でもその笑顔には、どこか覚悟がにじんでいた。
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【舞:教育の道へ】
舞は、将来「子どもに関わる仕事」を目指し、教育学部で教職課程をとっていた。
だが、保育園での実習で、ある子どもとの出来事が彼女の心を揺さぶる。
「せんせい、うちのママね、いつもおうちにいないの。おしごと、だって。」
その言葉に、舞はうまく返せなかった。
彼女自身も、子どもだった頃に、両親の不在を寂しく思っていたから。
「大人になるって……優しくなること、なのかな」
その夜、彼女は日記にそう書いた。
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【傑:プロの世界の孤独】
サッカー選手として、J1のスタメンに選ばれる日も増えた傑。
しかし、プロの世界は常に「次の結果」を求められる。
怪我のリスク、後輩からの突き上げ、そして代表入りへの重圧。
遠征先のホテルでひとり、彼は夢を見た。
それは高校時代、舞と並んで歩いた放課後の帰り道。
彼はふと、スマホを開き、舞にメッセージを送る。
傑:
「俺、今のままでいいのかな。走っても走っても、誰かに追いつかれてる気がする。」
舞:
「追われるってことは、誰かがあなたを目標にしてるってことだよ。傑は、私の“誇り”だから。」
その言葉に、彼は胸の奥が少しだけ温かくなった。
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そして──
4人はまたシェアハウスに帰ってきた。
それぞれのバイト、夢、現実に向き合いながらも、帰る場所があることに感謝しながら。
健太がふと口にした。
「バイトで皿割ってさ、店長にこっぴどく怒られた。」
「え、それは自業自得でしょ!」と舞が笑う。
葵蘭も、「私は寝坊して撮影遅刻しそうだった……」と笑いながらつぶやいた。
傑が苦笑して言った。
「なんか俺ら、全然カッコつかないよな。」
「でも、それがリアルな“今”でしょ?」
そう葵蘭が言ったとき、4人の笑いが、ほんの少しだけ音を重ねた。
夢は遠く、現実は厳しい。
でも、共に歩く仲間がいれば──立ち止まっても、また進める。




