夏編 「陽の下で、ひとつの絆」
第一章:夏休みの計画
「――よし、今年こそは4家族で旅行に行こう!」
7月半ば、梅雨が明けたばかりの蒸し暑い夜。健太が宣言するように言ったその言葉に、葵蘭は驚いたように目を丸くした。
「えっ……でも、お互い子どももいるし、日程合わせるの大変じゃない?」
「大丈夫だって。傑も舞も賛成してたし、仕事もそれぞれ調整済み。子どもたちも喜ぶぞ、きっと」
その頃、舞の家では……
「海か、山か、温泉か……いや、全部詰め込むのは無理よね?」
「全部行こうとする気だったのかよ」
傑が笑いながら、舞の膝に凛翔を寝かせた。
「ひまりも来るんだって。凛翔、楽しみだな?」
「うん! ひまりちゃんと、すいか食べる!」
舞と傑は目を合わせて微笑んだ。
夏、ふたりとふたりの家族が、再び集まろうとしていた。
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第二章:青と光のなかで
目的地は、静かな海沿いの町にある貸別荘。山も近く、夜は花火も楽しめるという、子どもにも大人にも理想的な場所だった。
「ついた〜!」
陽葵と凛翔が、裸足で芝生を駆けていく。大人たちは荷物を下ろしながらも、どこか子どもに戻ったような笑顔を見せていた。
夕方には、みんなで浜辺へ。葵蘭は陽葵と貝殻を拾い、舞は凛翔と波打ち際で足を濡らした。健太と傑は後ろからビデオを回しながら、ふたりの姿を見守る。
「……なんか、夢みたいだな」
健太が呟くと、傑は頷いて言った。
「俺たち、ちゃんと“父親”してるよな」
「お互い、な」
彼らの肩越しに、海と空が重なる。その中心には、小さな家族の笑顔があった。
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第三章:夕焼けと本音
夕飯後、子どもたちが先に寝静まったあと、大人4人だけの時間が訪れた。
ウッドデッキに座り、夜風に吹かれながら、舞がぽつりと言った。
「ねえ……私、最近ちょっと悩んでたの」
「舞?」
「傑のこと。忙しいし、家ではすっごく優しいけど……どこかで、無理してるんじゃないかって思う時があるの」
傑はしばらく黙ったあと、少しだけ視線を落として言った。
「……たぶん、してたな。完璧な夫、完璧な父親でいようって。気づかれないように、ずっと気を張ってたかもしれない」
沈黙が流れたあと、葵蘭がやさしく言葉を添えた。
「でもね、そういう弱さを見せてくれるのって、すごく嬉しいよ。私たち、もう“完璧”より“本音”でつながってたいって思うの」
舞は、傑の手をそっと握った。
「じゃあ、これからは“がんばらない日”を決めようか」
「……うん」
健太が笑いながらグラスを掲げた。
「じゃ、今日がその記念日ってことで、乾杯だな」
「乾杯!」
ふたつの夫婦が、心の距離をさらに近づけていった。
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第四章:小さな冒険
翌日、子どもたちは「宝探しゲーム」に夢中になっていた。健太が考えた地図と謎をもとに、庭や浜辺を駆け回る陽葵と凛翔。
「こっち、地図に“光る石”って書いてある!」
「すごい! これじゃない?」
陽葵が見つけたのは、波に洗われた透明なガラス片。まるで宝石のように光っていた。
「ママ! パパ! 見て見てー!」
健太がしゃがんで、目を細めた。
「陽葵の宝物だな。ちゃんと持って帰ろう」
一方、凛翔は穴を掘って小さなカニを見つけて大はしゃぎ。
「すげー! パパ見て!」
「おお、でかいな!」
「これ、名前つけていい?」
「じゃあ“たからくん”にしようか」
カニが何匹も出てきて大騒ぎになりつつ、大人たちも子どもに戻ったような時間が流れていった。
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第五章:未来へ続く夏
最終日の夜、みんなで花火をした。手持ち花火の火が、陽葵と凛翔の笑顔をやさしく照らす。
「また来ようね、この場所に」
「うん、毎年、来よう!」
ふたりの子どもは手を繋ぎ、夜空に消えていく線香花火を見つめていた。
帰りの車の中、葵蘭は静かに健太に寄り添いながら言った。
「この夏、きっと陽葵の心にもずっと残るね。私の心にも、あなたとみんなの笑顔が残る」
健太は彼女の手を握って、優しく微笑んだ。
「じゃあ、次の夏も、またみんなで最高の思い出を作ろう」
舞と傑、そして子どもたち。4人家族の“ふたつの家族”が一緒に過ごしたこの夏は、
小さな宝物のように、心の奥に光を残していた。
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―完―




