『ふたつの絆、ひとつの未来』
第一章:春風にほどける想い
春の風が街をやさしく撫でる頃。桜が舞う中、葵蘭は小さな手を引いて、公園のベンチに腰を下ろした。
「ママ、見て! さくら、いっぱい咲いてるね!」
笑顔で枝を指差すのは、3歳になった娘・陽葵。彼女の瞳には、葵蘭にそっくりな意志の強さと、健太譲りの天真爛漫な明るさがあった。
「ほんとだね。ひまりと同じくらい、きれい」
「えへへ……でもママのほうがきれい!」
その言葉に、葵蘭はくすっと笑った。育児と大学の授業、家事に追われる日々の中で、ふとした瞬間にこうして癒される。健太とは相変わらず仲が良く、夜中の3時にふたりでこっそりアイスを食べながら語り合うことも、今ではちょっとした日課になっていた。
一方その頃、舞と傑の家では……
「お〜い! 凛翔くーん! ソファのクッション全部落としたの誰ですか〜!」
「……パパ?」
いたずらっ子な息子・凛翔が、テーブルの下から顔を出す。舞は呆れ顔で笑いながら、傑のほうをちらりと見る。
「傑……これで今週3回目。あなたが一緒にクッションタワー作ってるんでしょ」
「いや、違うってば。あいつが勝手に……って、凛翔、フォローしろ!」
「パパのせい〜!」
舞はため息混じりに笑った。けれどその心は、日々の慌ただしさと幸福の絶妙なバランスを保っている。俳優を続けながらも、週末には必ず家族時間を取るようにしている傑の姿勢に、舞は感謝していた。
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第二章:ふたりと、ふたり
ある週末、4人家族が再会する日がやってきた。シェアハウス時代からの絆は、結婚し家庭を持っても、まったく変わらない。
「久しぶり! 舞も傑も、元気だった?」
「うん、葵蘭こそ……陽葵ちゃん、また背が伸びた?」
再会のハグ、笑い声、子どもたちの元気な声。まるで第二の家族のような空気が、旧友たちのあいだに自然と流れる。
食卓には手作りの料理が並び、子どもたちは床で遊び、大人たちはコーヒー片手に語り合った。
「さ……このまま、みんなで暮らしちゃう?」
健太の冗談交じりの提案に、傑は真剣な顔でうなずいた。
「いや、マジでそれもいいかもな。子ども同士も仲いいし」
舞と葵蘭は顔を見合わせて、ぷっと吹き出した。
「でも……またシェアハウスみたいに、騒がしくなりそうね」
「悪くないでしょ?」
思い出と未来が、静かに重なり始めていた。
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第三章:ゆれる心、ほどける日々
そんな穏やかな日々の中で、小さな不安がふたりの心に芽生え始める。
ある日、健太は残業が続き、家に帰るのが遅くなる日が増えた。葵蘭は陽葵を寝かしつけた後、ひとりで洗い物をしていた。
(……もうすぐ健太の誕生日。何を贈ろうかな)
そんな想いのすぐ横で、ふとよぎる不安。
(最近、話せてない気がする……)
一方、傑も舞とのすれ違いに気づき始めていた。撮影や舞台挨拶で家を空けがちになり、凛翔の寝顔しか見られない日が続く。
「ただいま……」
帰宅した傑に、舞は一言「おかえり」と言っただけで、すぐに寝室へ入った。傑はその背中を見つめたまま、言葉を飲み込んだ。
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第四章:向き合うとき
ある雨の日、4人は偶然、街の小さなカフェで鉢合わせた。
「……あ、健太」「傑くん?」
一瞬の沈黙。そして、葵蘭がぽつりとつぶやいた。
「たまには、4人で話すのも悪くないかも」
久々に向き合った彼らは、それぞれの日々のすれ違いを少しずつ、ゆっくり言葉にしていった。
「子育ても、仕事も、大事。だけど――やっぱり、一番大事なのは、お互いの気持ちだよね」
舞の言葉に、健太も傑もうなずいた。
「忘れちゃいけないよな。家族って、日々積み重ねるものだから」
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第五章:未来への約束
季節は再び春に向かう。
陽葵は保育園に入園し、凛翔はもうすぐ幼稚園の年長さん。家族は、それぞれの形で前に進んでいた。
ある日曜日、4人の家族は公園でピクニックをしていた。レジャーシートに座りながら、葵蘭が笑って言う。
「いつかさ、またみんなで暮らす日が来るのかな」
「そのときは、大きな家建てようか」
健太の冗談に、舞と傑も笑う。
「でも本当に、また隣で暮らせたらいいね。今度は子どもたちも一緒に」
風に舞う桜の花びらが、彼らの未来をやさしく祝福するように、空に溶けていった。
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ー完ー




