第1話 村への招待と宴
焚き火の明かりに照らされた異世界の森の中、天城司はオレンジジュースのペットボトルを手に取り、目の前にいる猫耳の少女——ミアに差し出した。
「これ、飲んでみな」
「にゃ?」
ミアは興味深そうにペットボトルを見つめる。戸惑いながらも両手で受け取ると、恐る恐る口をつけた。
次の瞬間——
「っ!? にゃにゃっ!?」
ミアの瞳が驚きに見開かれる。ピンと立った猫耳がぴくぴくと震え、尻尾が大きく揺れた。
「な、なにこれ!? すっごく甘くて、おいしい……!」
信じられないといった様子で、再びごくごくと飲み始める。たちまちペットボトルの半分が空になった。
「ぷはぁ……! こんなにおいしい水、飲んだことない……!」
「それはジュースって言って、果物を絞って作った飲み物だよ」
「果物を絞っただけで、こんなに甘くなるの?」
ミアは驚きの表情でペットボトルを見つめる。この世界では、甘味自体が貴重なものか?砂糖が一般的に流通していない世界なら、果汁飲料の存在すらないのかもしれない。
「これ、もらってもいい?」
「もちろん」
司が微笑んで答えると、ミアは嬉しそうにペットボトルを抱きしめた。
「ありがとう! つかさ、お兄ちゃん!すごく優しいね!」
「お兄さんって歳でもないけどな。俺は天城司、26歳だ」
「つかさ……ふふっ、いい名前にゃ!」
ミアは満足そうに頷くと、ぺこりと頭を下げた。
「私はミア! 獣人と人間が一緒に暮らす村に住んでるんだ!」
「獣人と人間の混合村か……そういえば、こんな森の奥で何してたんだ?」
「えっと……お昼に食べるものを探してたんだけど、ぜんぜん見つからなくて……」
「なるほどな」
ミアの村では、肉や魚は滅多に手に入らないらしい。基本的には畑で育てた作物や、森で採れる木の実や野草を食べているらしいが、狩猟技術を持つ者が少なく、獲物も簡単には取れないため、動物性の食料は非常に貴重だという。
「それなら、俺が持ってる肉や魚を村に持って行こうか?」
「えっ!? ほんとに!?」
「もちろん。余ってるし、追加で魚も捕まえたからな」
司は指をさした。焚き火の横には、すでに解体したボア肉の塊がいくつもあり、さらに新たに捕まえた魚が並んでいる。
「すごい……! こんなにたくさんのお肉やお魚があったら、村のみんなもきっと大喜びだよ!」
「よし、じゃあ案内してくれるか?」
「うん! ついてきて!」
ミアは元気よく頷くと、軽やかな足取りで森の奥へと進んでいった。
---
村に到着すると、すぐに周囲の住民たちの視線が集まった。
「ミア、どこに行ってたんだ?」
「それより、その大きな肉は……?」
「知らない人間がいるけど、大丈夫か?」
住民たちは警戒した様子で司を見つめる。しかし、ミアは大きく手を振りながら説明を始めた。
「大丈夫だよ! この人はつかさって言って、すっごく優しいんだ! それに、こんなにたくさんお肉やお魚を持ってきてくれたんだよ!」
そう言って、ミアはボア肉や魚を村人たちに見せた。すると、途端にざわめきが起こる。
「こ、こんなにたくさんの肉……!」
「信じられない……これは、どうしたんだ?」
司は軽く笑いながら答えた。
「森でボアを仕留めたついでに、魚も捕まえたんだ。良かったら、塩や胡椒もあるし、皆で食べてくれ」
そう言って、通販スキルで買った塩や胡椒の瓶を取り出し、ペットボトルのジュースも見せた。
「し、塩だと!? 本物の塩か!?」
「それに、胡椒まで……! こんな貴重なもの、どうやって……」
村人たちの目が一斉に輝いた。
司は少し驚きつつも、続けて提案した。
「遠慮しないで、みんなで食べよう。どうせ余ってるしな」
「いいのか!? 本当に!?」
「もちろん。俺もいろいろ話を聞きたいしな」
そう言うと、村人たちは信じられないという表情をしながらも、歓喜の声を上げた。
「宴だ! 今日は宴にするぞ!!」
歓声が上がり、あっという間に村は賑やかになった。焚き火が準備され、村人たちが肉を焼き始める。香ばしい匂いが辺りに広がり、食欲をそそる。
「つかさ、本当にありがとう!」
ミアが満面の笑みで司を見上げる。その姿を見て、司は少し照れながらも微笑んだ。
(異世界に来てしまったけど、こんなふうに人の役に立てるなら……ここでの生活も悪くないかもな)
宴を楽しんでいると、この村の村長らしき老人が話しかけてきた。
「見ず知らずの我々に沢山の食料と香辛料まで分けてくれ感謝する。ありがとう、司殿」
「気になさらないで下さい。それと申し訳ないのですが、しばらくこの村に置いて頂けませんか?行く宛もなくて」
「もちろん構わない。儂の家に寝床を用意するので、好きなだけ滞在してくれ」
「ありがとうございます。村長」
こうして、この村での新たな生活が本格的に始まった。