婚約者たち
「まずこちらがエリザベス・デレーラ様、デレーラ侯爵家のご令嬢でパトリック・クロノス様の婚約者でいらっしゃいますわ」
「エリザベスと申します。どうぞよろしくお願い致します」
「は、はい、こちらこそよろしくお願い致します」
デレーラ侯爵家の令嬢エリザベスは、ツンとした清楚美人。エリックに向け浮かべる笑顔にも品がある。
「そしてこちらがクリスティーネ・カルネス様、カルネス伯爵家のご令嬢で、アルフレッド・バッカス様の婚約者でいらっしゃいますわ」
「クリスティーネですわ。どうぞよろしくお願い致します」
「はい、よろしくお願いいたします」
クリスティーネはふわふわとした優しい見た目だけれど、どことなく腹に一物あるようなそんな人物に見えた。エリックのことを認めてはくれたようだけれど、まだ信用していないそんな笑顔をしている。
「そして貴方の右横にいらっしゃるのがゾフィア・キャンドル様、キャンドル子爵家のご令嬢で女性騎士を目指していらっしゃるの、おじい様が前騎士団長でいらっしゃったのよ」
「ゾフィア・キャンドルです。どうぞ宜しく」
「はい、よろしくお願いいたします」
きりっとした表情なのは騎士を目指しているからなのかと、ゾフィアの様子を見てエリックは納得をする。
ゾフィアは騎士団長の息子アンドリューよりもよっぽど頼りがいがあるように見えたし、女の子たちにも人気があるだろうと思えた。
「そして貴方と同じクラスのカトリーヌ・マウロ様、申し訳ないけれど私の義弟ジェイドの婚約者でもあるのよ」
「エリック様、改めてよろしくお願いしますわ」
「カトリーヌ様、こちらこそよろしくお願いいたします」
全員の詳しい紹介が終わり、エリックは気合で笑顔を保った。
ここにいる皆の婚約者がマリーを囲む子息たちだ。貴族らしい笑顔を作るのも一苦労だった。
シャーロットの婚約者である第一王子もそうだし、その他の子息たちも皆がマリーの取り巻き立ち。
マリーを囲むあの異様な雰囲気を思い出し、エリックにはある疑問が浮かぶ。
(こんなにも素敵な婚約者がいるのに……なぜマリーを?)
エリックの疑問は当然だった。
マリーは確かに可愛らしいが、仕草やマナー、それに淑女らしさを考えれば、ここにいる生粋のご令嬢である彼女たちには到底敵わない。
学園に通う貴族子息全員がこの場に居れば、家のためにも、そして自分の将来のためにも、百人中99人がマリーよりも彼女たちを妻にと望むだろう。
エリックだって実家の商会を思えば、彼女たちとの結婚話がもし浮かべば素直に嬉しいと思える。
けれど、その百人の中の一人が、あの彼らなのかもしれない。
自分の身が約束されていて、将来になんの憂いもなかったら、普通ではありえない相手を選ぶのかもしれない。
エリックならば男爵家であり、商会の子息なので、まだマリーを妻にと望んでも周りに納得をしてもらえるだろう。
だが彼らは違う。
高位貴族の子息であり、この国の未来を中心で担う若者たちだ。
どう考えても男爵令嬢のマリーを選ぶようなことは普通の感覚ではありえないし、結婚相手の候補にさえマリーが選ばれることは無いだろう。
(マリーを愛人として考えているのだろうか? だったらもっとうまく行動すると思うけど……)
マリーを愛人にと望むならば、それは分かると言える。貴族令嬢らしくない朗らかな部分が癒しだと思ってもおかしくは無い。
けれど結婚を約束する婚約者に気づかれてまで、マリーを優遇する意味が分からない。
本人たちはこれだけ衆目を集めていながら、何も感じないのだろうか。
美しい仕草でお茶を傾ける彼女たち。
品ある令嬢を見つめながら、一人そんな思考に陥るエリック。
そこに手を打ち、シャーロットが声をかけた。
「さて、皆様の紹介も終わりましたし、本題に入りましょうか?」
「本題……」
この国に深く関わるであろう令嬢たちとの顔合わせよりももっと大事な話があるのかと、エリックの喉がごくりと鳴る。
シャーロットの微笑みは相変わらず美しいが、それがより恐ろしいと感じてしまう自分は、鼠かカエルのような気がしてドキドキとする。
「エリックは入学祝いの宴……別名 『若葉の宴』 を知っているかしら?」
「はい、もちろん、存じております」
若葉の宴を知らない新入生などいないだろう。
これは在校生が主催する新入生の為の歓迎パーティー。
デビュタント前の一年生たちが、初めて出席する本格的な夜会。
大人になるための予行練習の場であり、上級生とも知り合える大事な社交の場でもある。
ジェミナイ商会にもドレスや装飾品の注文も多く入っているし、男性の夜会衣装の注文も入っている。
入学前から準備する家が殆どだし、ジェミナイ商会もほぼ納品を終えている。
なので迷うことなく知っていると答えたのだが、目の前の令嬢たちの笑みが冷えたような気がした。
「実は尊いお方が、花の方のドレスを作ってくれる商会を探しているようなのよ」
「えっ?」
今頃?
もう入学して一週間が過ぎた。
宴までは三週間を切っている。
既製品ドレスの直しならともかく、今からフルオーダーのドレスを作るとなると、それなりにお金もかかるし、受け付けられない商会も多いはずだ。
誰だって付き合いのない新客よりも、これまで贔屓にしてくれている常連客を大事にするはずだ。
それも尊い方と並べるほどのドレスとなれば、シャーロットが着るレベルのドレスとなるだろう。
かといってシャーロットとやこの場にいる令嬢たちと色が被ったり、彼女たちよりも目立ったりすることは許されない。
そんな面倒な仕事を喜んで受ける商会などない、エリックはそう言い切れた。
「ふふふ、エリックの考えは正しいわ、王家御用達の商会にも断られたようですし、当然私たちが贔屓にしている商会にも断られていますの」
「そうなのですか……」
それは当然だろう。
彼女たちの実家を敵に回してまで、まだ男爵令嬢でしかないマリーのドレスを作る理由がない。
時間が足りない、今受け付けている物だけで精一杯。
そんな言い訳で断るのが無難。
ジェミナイ商会でもそうするはずだ。
「そこでです。困った尊きお方は、花の方の幼馴染である貴方に声を掛けるでしょう」
「えっ……」
「花の方の推薦、エリックならばなんとかしてくれる、彼女はそう言っているそうですわ」
「……」
最悪だ。
出来るだけマリーに関わらないように、そして尊き方に変な勘違いをされないように。
そう思ってここ数日大人しく、出来るだけ目立たなく過ごしてきたはずなのに、まさかこんな形で彼らの目を引いてしまうとは……
これまでマリーの願いを全力で叶えてきたエリックは、自分の行動力を後悔した。
「ふふふ、エリック大丈夫よ、私たちは分かっていますから」
「シャーロット様……」
だったら断り一択ですよね!
高位令息、そして王族に対し断る為にシャーロットたちが力を貸してくれるのだろう。
そう思ってホッとするエリックに、シャーロットはあり得ない言葉を掛けてきた。
「エリック、出来ましたら彼らの依頼を受けて欲しいのです。ジェミナイ商会で」
「えっ……」
ニコリと微笑むシャーロットや他の令嬢たちの前、エリックは貴族らしい仮面も外れ、思わず間抜けな声を出してしまったのだった。
こんにちは、夢子です。
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すみません、ストックが無くなりましたので暫く投稿が不定期になりそうです。
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