お茶会
クラス発表の時はどうなるかと思ったが、エリックの学園生活は思ったよりも穏やかに始まった。
マリーと、シャーロットの義弟ジェイドの仲の良さを見ていただけに、Aクラスにマリーが入り浸ったらどうしようかとそんな不安があったのだけど、休憩時間や昼休みになるといそいそと教室を出ていくジェイドの姿を見て、そんな心配は杞憂だったと悟った。
入学してまだ数日だけど、学園内で見かけるマリーの周りには多くの貴族子息がいて驚いた。
尊いお方であるジークハルト王子のことはシャーロットから聞いていたので分かっていたけれど、シャーロットの義弟ジェイドを皮切りに、侯爵家の子息でありジークハルトの幼馴染で側近でもあるパトリック・クロノスや、宰相の息子であり伯爵子息であるアルフレッド・バッカス、それから騎士団長の息子であり子爵令息のアンドリュー・ヴェスタと、マリーとは学年も違う有名な子息たちがマリーの傍には必ずいた。
それは不思議な光景と共にいろんな意味で注目を集め、マリーの評判を落とし妬みを買うのも当然な行為だとエリックは思った。
『男爵令嬢である彼女が何故殿下と?』
当然、そう思う生徒は多いようで、ジークハルトとその仲間たちの集団が見えると、羨望の眼差しではなく好奇心の塊のような視線が向かっているとエリックは感じていた。
(あれではマリーを守るよりも却って悪い印象を与えるだけなのに……)
騎士同然のようにマリーを囲む子息たちを見て、羨ましいだなんて全く感じず、愚行だとしか思えなかった。
「あの、エリック・ジェミナイ様、お昼休みなのですが、少しお話が出来ないでしょうか?」
ある日同じクラスの優秀生徒、伯爵令嬢であるカトリーヌ・マウロに声を掛けられエリックは驚いた。
エリックがジェミナイ商会の子息であることは認知されていて、同姓である男子生徒であればたまに学用品を頼まれたりするのだが、女生徒からの声掛けは初めてだった。
「はい、大丈夫ですが、もしかして学用品のことですか?」
教科書はともかく、ノートやペンは学生の好みがある為、学園の売店ではなくジェミナイ商会に注文してくるものは多い。
カトリーヌもそうだろうと思って返事を返したのだが、カトリーヌはニコリと微笑むと「薔薇を私と友人とともに見に行きませんか?」と意味不明なことを言われ驚いた。
(えっ? 薔薇? 薔薇なんてこの学園に咲いているの? 全然気がつかなかったけど……)
もしかしてエリックは薔薇好きだと認識されているのだろうか? 無意識に自己紹介の際にそんなことを口走っただろうか?
伯爵令嬢であるカトリーヌが男爵子息であるエリックをデートに誘うわけがないし、友人も一緒と聞いて何が何やら分からない。続く言葉が出なかった。
ピンと来ないエリックに痺れを切らしたのか、カトリーヌは小声で「シャーロット様がお呼びなのです」と教えてくれた。
「シャ、シャーロット様が」
「しー、名前を出さないで」
カトリーヌに注意され、エリックは自分の口を塞ぎうんうんと頷く。
シャーロットの名を聞いただけでエリックの胸はドキリと跳ねる。
あの美しい人にまた会える。
シャーロットを尊敬し、心の中で女神のように称えるエリックは、どんな理由があれ、シャーロットに会えることが何よりも嬉しかった。
「わ、分かりました、マウロ様、お昼休みにご一緒させて下さい。薔薇の鑑賞楽しみにしております」
「ふふ、良かったですわ。ジェミナイ様、薔薇仲間として私のことはどうぞカトリーヌとお呼びください」
「カトリーヌ様、有難うございます。ぼ、いえ、私のこともどうぞエリックと呼んでください」
「ええ、エリック様。ではまた昼休みに」
「はい、よろしくお願いいたします」
エリックの返事を聞き、カトリーヌは安心した笑顔を浮かべ離れていった。
高位貴族の言い回しは難しく、その分かり辛さにエリックはため息が出る。
その上女性となると尚更だ、薔薇と言われてもシャーロットがすぐに思い浮かばなかった。
それに交友関係も、カトリーヌとシャーロットが仲がいいなどエリックは知らなかった。
(貴族家の繋がりももっと学ばないとだな……)
もしあのままマリーに現を抜かしていれば、こんなことにも気づかなかっただろう。
自分には学園で学ばなければならないことが多くあると再確認し、今後のジェミナイ商会のためにももっと成長しなければとエリックは決意した。
「エリック、呼び出してしまってごめんなさいね、驚いたでしょう?」
「いえ、と、とんでもございません、シャーロット様にお会いできて光栄です」
カトリーヌに連れられ昼休みに向かった場所は、高位の貴族子弟のために用意されたラウンジで、個室となっていた。
大きな丸テーブルのメイン席にはシャーロットが座り、入室してきたエリックを見て優しく微笑む。
そして立ち上がりエリックを引き寄せると、他の参加者に紹介してくれた。
「皆様、この方が私の新しい友人、エリック・ジェミナイ様よ。仲良くして下さいね」
「エリック・ジェミナイと申します、どうぞ皆さま宜しくお願い致します」
集まったラウンジにはシャーロットのほかに数名の令嬢がいて、紹介されたエリックはいろんな意味でドギマギしてしまった。
この場に男子生徒はエリック一人。
その上集まったご令嬢はシャーロットを筆頭に美人ばかり。
えー、僕何をされるんだろう、と男の子らしい妄想を描いていると、傍にいるといい香りがするシャーロットから声がかかった。
「エリック、どうぞ席へついてちょうだい」
「は、はい、失礼いたします」
エリックが今出来る最上級のマナーを総動員し、席へと着く。
取り敢えず及第点を貰えたのか、誰からも責められる事はない。
いや、皆様高位の貴族令嬢だ、心の中で悪感情を持っていても笑顔を浮かべている可能性もある。
緊張からこれまた出されたお茶の味も分からないエリックの前、シャーロットが優雅な笑顔を披露した。
「皆様、如何かしら、私のエリック、可愛らしいでしょう?」
えっ? 可愛い? 僕のどこが?
そんな疑問が浮かんだが、エリックは笑顔を浮かべたまま彼女たちの動きを見守る。
「ええ、シャーロット様が直接選ばれただけあって、どこかの愚か者とは違い自分の立場もちゃんと理解されているようですわね」
キツめな顔付きの美人な令嬢がツンっとした様子でそんな言葉を言う。
シャーロットが笑っているので悪い意味ではないらしい。
ドギマギしながらもエリックはホッと胸をなでおろす。
「ですがこの方も花の方の恋人でいらっしゃったのでしょう? まだ想いが残っていらっしゃるのではないでしょうか? 私心配ですわ」
今度は少しタレ目気味な令嬢が、頬に手を当ておっとりとした口調でそんな事を言う。
花の方とはもしかして……とその名に心当たりがあるエリックは、笑顔をどうにか保つが背中には汗が流れだす。
「それでも目を覚まされたのでしょう? でしたら彼の方たちよりは常識があるのではないでしょうか?」
髪をまとめ高い位置で結び、キリッとした表情の令嬢が擁護してくれる。エリックは思わず「その通りです!」と頷きそうになった。
「私はエリック様なら信じられますわ。エリック様はジェイド様が花の方といらっしゃる時は、必ず避けていらっしゃいますし」
同じクラスのカトリーヌにはエリックの行動が見えていたようだ。
極々たまにマリーを見かける際、エリックは必死で存在を消し空気になっている事を分かってくれていた。
あの異常な集団に自分が入るなんて無理だ。たとえマリーに想いが残っていたとしても、それだけはないと言い切れた。
「では皆さまエリックを友人として認めてくださる、ということで宜しいでしょうか?」
テーブルを囲む令嬢たちが頷き、エリックはホッとする。
ここで認められなければどうなっていたのだろうか? 家が潰されていた?
そんな怖い考えがちょっとだけ浮かんでしまう。
「ではエリック、今度は彼女たちを紹介するわね」
「は、はい」
令嬢皆の様子を見て、シャーロットがそう声をかけてきた。
エリックは身を正し、令嬢たちの紹介を待つ。
「私の左側にいらっしゃるのがエリザベス嬢、右にいらっしゃるのがクリスティーネ嬢、そして貴方の右側にいらっしゃるのがゾフィア嬢、そして貴方の左側、貴方と同じクラスのカトリーヌ嬢ですわ」
名を呼ばれた令嬢たちが小さく頭を下げる。
それに合わせエリックも頭を下げ、よろしくお願いいたしますと挨拶をする。
「エリック、ここに集まる令嬢たちは皆、私の友人ですのよ」
シャーロットの友人だと言われる彼女たち。
品もあり見た目も美しく、お見合いの場であれば引く手あまただろう。
そんな彼女たちを何故しがない男爵子息である自分に紹介して貰えるか分からない。
だが集団お見合いでない事だけは理解しているし、疑問は心に隠し笑顔を保つ。
「実はね、彼女たちには婚約者がいますのよ」
皆高位貴族令嬢なので当然だろうとエリックは頷いた。
それを見てシャーロットも頷き話を続ける。
「彼女たちの婚約者は尊い方の側近でありご友人……そんな皆様ですの……」
「えっ?」
「つまり、花の方の取巻きたち、それが彼女たちの婚約者、そう言えばわかって頂けるかしら?」
ニコリと笑うシャーロット。
そして貴族令嬢らしい優しげな笑顔を浮かべる彼女たち。
決してエリックを責めている訳ではないのだけど、なんとなく空気が重く息苦しく、その美しい笑顔が恐ろしいと感じたエリックだった。
こんにちは、夢子です。
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