尊いお方と秘密の話
挨拶と詫びを終えた後、エリックとシャーロットは学園の話で盛り上がった。
王都の有名店の美味しいお茶とお茶菓子と、慣れない煌びやかな応接室では、自分は緊張しっぱなしになるだろうとそう思っていたエリックだったが、シャーロットは常に優しく微笑みエリックの緊張を解いてくれた。
そして天気や、季節の話などから始まり、もう間もなく貴族学園に入学をするエリックのため、学園内の様子や授業に必要なもの、それから癖のある教授の話など、面白おかしく話をしてくれて、シャーロットの話し上手な姿には感動さえするぐらいだった。
それに会話の引き出しの多さにも驚かされる。
エリックはまだ成人前とはいえジェミナイ商会を継ぐ身であるので、それなりに商品や世間の噂には知識がある。けれどシャーロットはそれ以上。どんな話でも知っている以上の知識があり、驚かされるばかりだ。
「シャーロット様は流石ですね、知識が豊富で第一王子殿下の婚約者でいらっしゃるのも頷けます」
エリックは本心で褒めたつもりだったのだが、第一王子の名が出た途端、笑顔だったはずのシャーロットの顔が曇る。
有難うと言いながらも、どこか憂い顔で (もしかしてお二人は上手くいっていないのか?) と気づいたエリックは自身の失言に変な汗が流れ始めた。
「あ、あの、シャーロット様、ぼ、いえ、私はーー」
「……エリックと、私は、もうお友達ですわよね?」
「え? ええ、シャーロット様さえ宜しければ、友人と認めていただけると嬉しいです」
急な問いの意味は分からないが、シャーロットが友人と言ってくれるのならば、しがない男爵子息のエリックが違うなどと言えるはずがない。
笑顔を張り付け無言のままシャーロットを見つめていれば、言い難い話なのかシャーロットがお茶に手を付けた。
「「……」」
当然エリックもシャーロットの真似をし、一口お茶を口に含む。
すると 「ふぅ」 と小さくため息を吐いたシャーロットが、ここだけの話としてエリックにある秘密を教えてくれた。
「これは、とある、尊いお方の話なのですが……」
エリックは尊いお方とはきっと第一王子のことだろうと思ったが、そこは突っ込まず 「ええ」 と頷き次の言葉を持った。
「実はそのお方は、少しばかり学習に力を入れることを苦手としていて、慈善活動だと仰られては孤児院へと慰問へ行くことを率先されていらっしゃいました……」
「……そ、そうなのですか、それはご立派なことですね……」
「……」
お世辞でご立派とは言ったが、嫌なことから逃げる第一王子を思い浮かべ、未来のこの国を預けるのがだいぶ不安になる。
まあシャーロットが優秀そうなので足し引きゼロで丁度いいかもしれないが、シャーロットのその表情を見ればゼロではなくマイナスに傾いている可能性が大だった。
「そんなことが続いたある日、尊いお方はある孤児院を気に入り、そこばかりに慰問へ出かけるようになりました」
「……それは……」
明らかな依怙贔屓。
王族が一番取ってはいけない行動だろう。
「彼の方は、私がどの孤児院にも平等に顔を出すべきだと進言しても聞き入れることはなく、他は私が回れば済むことだと、全く聞き入れてはくれませんでした」
「……」
思わず「うわー」と引き気味な声が出そうになったが、エリックはどうにかその声を飲み込んだ。
ふとシャーロットの後ろにいる侍女と護衛に視線を送れば、無表情ながらも何となく怒りが見える気がして、第一王子の発言はきっと今のシャーロットの言い方とは違ったのだろうと想像がつく。
この国大丈夫か?
と不安になっているエリックの前、シャーロットの憂いは続く。
「それからですが、不思議なことが起こりました、尊い方が通う孤児院の少女の一人が、ある日突然子供のいない男爵家の養女として引き取られたのです」
「えっ……」
「その子はずっと孤児院育ちだったのですが、ある日を境に自分には母親の形見があるのだと言い出し、そして当たり前のように父親が見つかり、瞬く間に男爵家の養女となり、今度は貴族学園に通うことが決まったのです……」
「それは……」
「なぜ母親の形見があることを今までずっとその少女が黙っていたのか、そしてその男爵が孤児をすんなり自分の娘だ認めたのか、その経緯は私には分かりません。ですがこれから先、その少女と尊い方が肩を並べて歩くのならば、貴族学園卒業は必須。ならばもっともらしい事実を作り上げ彼女を貴族にしなければならない、そこで手を挙げたのが金銭に困っていたとある男爵だと、そんな噂があるのですよ……」
「……」
エリックはシャーロットから聞いた事実に声を失う。
尊い方が誰を指し、そして孤児院の少女が誰を指しているかは、鈍いエリックにだって分かる。
尊い方は第一王子であり、そして孤児院の少女はマリーだ。
それが分かると背中がゾクリとし、額からは熱くもないのに汗が流れているような気がしてきた。
「うふふ、エリック、そんなに硬くならなくても大丈夫ですわ、これは今度街で演じられる舞台のお話、なんでも市井の女の子が王子と結ばれるシンデレラストーリーというものらしいですわ」
「シ、シンデレラストーリー……?」
「ええ、真実の愛で結ばれる、シンデレラストーリーだそうですの」
きっと街で演じられるお話にも尊い方が絡んでいるのだろう。
婚約者としては頭の痛い話かもしれない。
それにマリーのこともだ。
孤児との養子縁組は問題はないし、孤児院の子が良縁に恵まれることはとても喜ばしいことだと思う。
けれどもし、マリーの本当の父親がアレース男爵でないとしたら。
マリーは貴族の子と偽って学園に通うことになる。
そしてもしそのまま側妃や妾妃となったとしたら……
国を揺るがすような大スキャンダルとなるだろう。
そんな大事件に自分が関わった可能性があると分かった今、エリックの胃はキシキシと痛みだす。
そして公爵令嬢であるシャーロットが、なぜあの日、あんな平民が来るような喫茶店にいたのかも理解できて、エリックは立っていたとしたら倒れていただろうと思うほど、足がフルフルと震えていた。
「エリック、私の母は元王女ですの」
シャーロットの突然の話題変えについていけず、エリックからは「はあ?」と間抜けな声が漏れる。
それを気にすることなくシャーロットの言葉は続く。
「ですから私には末端ながらも母の母国の王位継承権がございまして、その行動は常に見張られ、王家に定期的に報告もされていますのよ」
それは大変ですねと言いかけてエリックは黙る。
シャーロットの言いたいことが分かったからだ。
「それはこのユービテル王国でも同じこと……大昔にお忍びで市井に降りた王子殿下が、平民と子を成し、それが王子の本当の子ではなかったという問題があったそうなの」
それはエリックも知っている昔話だ。
だから貴族は皆身辺には気を付けるべし、とそんな教訓の一種なのだが、シャーロットの口ぶりでは本当にあったのことのようだった。
「ですから尊いお方の行動もまた、太陽のように輝く方には伝わっていると……私はそう思うのですよ」
シャーロットがそこまで言い終えると、とても美しい笑顔で微笑んだ。
ああこれはその尊いお方が陛下に試されているのだろう。
この国には王子は三人いる。
国王不適合であれば尊いお方は排除されるはず。
そう分かるとともに、自分の今後の行動も試されている。
そう理解した。
こんにちは、夢子です。
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