王家とソラリス公爵家の話し合い
「ソラリス公爵、それにオリビア夫人、そしてシャーロットも……忙しい中こちらの都合で呼び出してしまい済まない、まずは席についてくれるか」
「……はい、失礼いたします……」
挨拶もそこそこに、国王陛下から今日の呼び出しに対しての詫びを入れられソラリス公爵家の面々は驚く。
てっきり王命による無理難題を押し付けられる、そう思っていただけに拍子抜けだ。
向かい合う両陛下の重い雰囲気を察するに、ジークハルトの処遇はすでに決めている、そんな決断が見て取れて親としては同情さえも沸いてしまう。
愛する子供を持つ親としては苦渋の決断だったはずだ。
親になったことのないシャーロットでさえ胸が痛んだ。
きっとジークハルトのこれまでの行いすべてを聞いて、国王としての判断だったのだろう。
その表情を見れば決意は固いもののように感じた。
「では、本題に入らせてもらおうか……ジークハルトのことだが……申し訳なかった」
「……陛下……」
両陛下は元他国の王女であるシャーロット母オリビアのことも立てているのだろう。
ジークハルトの名を出し、首を軽く下げた。
このままシャーロットへジークハルトを押し付け、何かあった時には両国間でもめ事も起こりかねない。ジークハルトならば何も考えず、そんな行動に出るとこれまでの愚行を聞き判断したのかもしれない。
両陛下は謝罪を終え頭を上げると、書類を差し出した。
そこには陛下の名と王妃の名、二人の名がすでに書かれていた。
それは王命によるジークハルトとシャーロットの婚約、その解消の書類だった。
「シャーロット、本当に済まなかった……君には王妃になるために沢山の努力をして貰ったのにも関わらず、ジークハルトは君の努力を理解するどころか貶すばかりで……」
「陛下……」
「シャーロット、ごめんなさいね。今回のことは第一王子としてあの子を大切にし過ぎた私たちの落ち度です、どうぞ許して頂戴ね。この先あの子にこの国を任せるのは無理だと……私たちはやっと判断できたの……」
「王妃様……」
どうやらジークハルトの王位継承は消えたらしい。
それに伴いシャーロットとの婚約も解消される。
それは当然だ。
王命には婚姻の条件として、シャーロットを未来の王妃として受け入れると書いてある。
その約束が守れない以上、シャーロットを縛り付けることは出来ない。
勿論王命で次の婚約を結ばない限りだが、二人の後悔が浮かぶ様子ではそれは無いような気がした。
「では、まずは我々も署名させていただきましょう」
父と母が書類に名を刻む。
これによりシャーロットとジークハルトの婚約は消えたことになる。
もう婚約者だからとジークハルトに注意することも無くなるし、未来の王妃としてこの国の未来を憂うことも無くなる。
それに愚かな行動を繰り返すジークハルトの尻拭いをすることも必要無くなるのだ。
心底ホッとするとともに、気持ちが軽くなる。
自分を嫌い、睨みつけるあの顔を見なくていいと思うと、シャーロットには嬉しさしかなかった。
「ソラリス公爵、夫人、シャーロット、済まないが公表はもう少しだけ待ってほしい、出来ればジークハルトが卒業するまでだ……」
「陛下、それはそちらの都合で、ということですか?」
「ああ、そうだ、王家の都合だ」
「シャーロットには申し訳ないけれど、ジークハルト本人には卒業を待って伝えたいのです……あの子は今あり得ない相手にうつつを抜かしている状態ですから、シャーロットと婚約を解消したと聞けば何をするか分かりませんもの……」
「……」
出来れば今すぐ婚約解消を宣言したいところだけれど、ジークハルトのことを思えば両陛下の判断は仕方がない。平民出身のマリーを妃にと望みだしたジークハルトだ。シャーロットと婚約を解消したと知ればマリーと何をしでかすか分からない。既成事実を作り王家に混乱をもたらされても困る。両陛下の悩みは理解できた。
自分の婚約者は別にいる。
そのことがジークハルトの行動の抑制になってくれればいい、両陛下はそう考えているようだ。
学園を卒業後は今のようにマリーと自由に会うことは難しくなる。
そうなれば上手く別れさせられる、そんな期待もあるのかもしれない。
「では、国としてはマリアンヌ・アレース嬢という名の少女とジークハルト殿下の婚姻は考えていないということでしょうか?」
父の問いかけに両陛下は頷く。
マリーは今現在男爵令嬢だが出自は怪しい。
とてもじゃないが王家に入れたい血ではないと両陛下の考えは分かった。
「ああ、ジークハルトは卒業後謹慎させ心を入れ替えさせる予定だ。その後は本人の心構え次第だが、どこかに婿に出す可能性もあるだろう。まあ、それもジークハルトの態度次第だが、今のままでは友好国ではないことは確かだろうな……」
「そうですか……」
弟であるラインハルトの治世にジークハルトとは邪魔になる。
かといって学園内で問題を起こした程度で王籍を抜くのは難しい。
ならば王族として生まれたものとして少しでも役立つ役目を与えるべきだ。
敵国へ送る人質として考えれば第一王子の名はとても良い条件になる。
そこにお気に入りの妾を連れて行っても問題は無いだろう。
敵国での結婚は形だけのものになるはずだ。
その場合相手も愛人を持ち、その愛人との子が家を継ぐことになるだろうが、人質であるジークハルトに何か物を言う権利はない。
そんな苦渋の選択を選ぶしかない程、ジークハルトの行動は両陛下の目にも可笑しく映っているようだ。親としてよりも国の王としての厳しい決断に、シャーロットは感心するしかなかった。
「シャーロット、一度だけ問わせてほしい……これからラインハルトと改めて婚約を結ぶことは難しいだろうか?」
王命ではなく、断っても大丈夫だという問いかけにシャーロットは頭を下げる。
この質問の答えは最初から決まっている。
問いかけた両陛下も、その顔を見れば答えが分かっているように感じた。
「申し訳ございません、陛下、私にはそれは出来ません」
「そうか……ラインハルトではダメか……」
「いいえ、ラインハルト様が嫌なのではありません。ラインハルト様はすでに私にとって弟のような存在なのです。申し訳ありませんが可愛い弟を夫として見ることは出来ません」
「そうか……そうだな……」
「それにラインハルト様には想う方がいらっしゃるではないでしょうか? その方はラインハルト様のお眼鏡にかなった方ですもの、きっと素晴らしい王子妃になられるはずですわ」
「……そうだな……」
ラインハルトはまだ婚約をしていないが、婚約者候補は決まっている。
その中の一人に想いがあることをシャーロットはとっくに知っているし、両陛下も分かっていることだと思う。
けれど王子妃になることと、未来の王妃になるのでは違いがありすぎる。
だからこそ最後にシャーロットに問いかけたのだろうが、シャーロットの答えは決まっていた。
それに人の恋路を邪魔するのはもうまっぴらだ。
悪女扱いにもうんざりしている。
可愛がっていたラインハルトにまで嫌われたくはなかった。
「ソラリス公爵、シャーロットの新しい婚約者にあてはあるのか?」
「そうですね、本来ならば息子のジェイドと、と言いたいところですが……恥ずかしい話、あれも育て方を間違えました。ですのでその線は消えましたが……まあ、そこはシャーロット次第というところでしょうか」
「そうか……そちらの件も済まないな。ジークハルトの影響でジェイドも可笑しな考えを持ってしまったのだろう……良い友になるだろうと傍に置きすぎたせいかもしれないな……」
「いいえ、陛下、アレももう学園に通う年でございます。自分の考えをきちんと持ち判断できる年齢です。アレが愚かな考えを持ってしまったのはジークハルト様だけの責任ではありません」
「そう言ってもらえると、我々も気が楽になるが……」
「シャーロットの新しい婚約者についてはゆっくりと考えます。傷物だと言われる可能性も無くはありませんが、この子は気にもしないでしょう。それにシャーロットは他国の王位継承権も持つ身であり、王妃教育も終えた才女、ジークハルト様との婚約解消で価値が下がることはありません。ソラリス公爵家としてどこに出しても恥ずかしくない娘に育てましたので、婚姻の申し込みが無くなることはあり得ないでしょうね」
「ハハハ、確かにそうだな……」
陛下の視線がちらりとオリビアへ向く。
オリビアの国に一声かければ、ジークハルトよりももっと良い条件の婚約者が見つかる可能性は高い。
それに何もなければシャーロットはこのまま公爵家を継ぐことになるだろう。
そうなれば婿にと声を上げる者は多いはずだ。
美貌も教養も知性も持ち合わせた令嬢を放っておく貴族男子などいない。
今なら奇跡を掴めるかもと、婚姻を申し込んでくるものは後を絶たないだろう。
心配は杞憂だったと陛下はまた少し頭を下げた。
「ではこれにて、シャーロットとジークハルトの婚約を解消とする。シャーロットへの慰謝料についてはジークハルトに伝え次第、また話し合いの場を設けさせて欲しい。出来るだけシャーロットの望み通りになるように取り計らいさせてもらう予定だ」
「承知いたしました」
これで長かった婚約期間が終わった。
ジークハルトのことを友として、パートナーとして見たことはあっても、結局一度も恋心を持つことはなかった。
婚約者として長く一緒の時間を過ごした中、笑顔よりも憎しみの顔を向けられていた時間の方が長かった気がするのだから、結局マリーが現れなくともこの婚姻は上手くはいかなかっただろう。
だからだろうか、婚約を解消した今、シャーロットには悲しみも憂いも何もなく、スッキリとした晴れやかな気持ちしか浮かばなかった。
「シャーロット、君を娘に迎え入れなかったことが何よりも残念だ」
「陛下、有難うございます。これからは臣下として精一杯務めさせていただきます」
「シャーロット、私も、貴女を本当の娘にしたかったわ……」
「妃殿下……過分なお言葉……ありがとうございます。これからは国母を支える一貴族の娘として、妃殿下を支えさせていただきます……」
ジークハルトと別れたことは嬉しい。
けれどシャーロットもまた両陛下との縁が切れるのは残念だった。
だが、シャーロットは前を向いて歩く。
父のような立派な公爵になりこの国を支えよう。
それこそがジークハルトとの結婚を無理強いしなかった両陛下への恩返しになる。
「ジークハルト殿下……さようなら……」
元婚約者に向け小さく別れの言葉を呟いたシャーロットの目標は、既に切り替わっていたのだった。
体調不良で苦しんでおります。
ジークハルトは三人兄弟です。
ラインハルトは三歳下、レオンハルトは六歳下です。
兄を見ているからか、下二人は優秀です。
シャーロットは二人を可愛がっていました。




