弟と王家からの連絡
学園から戻ったシャーロットは父の書斎に呼び出された。
着替えを済ませ書斎へ向かう途中、弟のジェイドと出会い嫌な顔でニヤリと笑われる。
その顔が余りにも醜く、シャーロットは心の中でため息を吐く。
(ジェイドはもう私の知っているジェイドではなくなってしまったわね……)
可愛かった弟は一体どこへ消えてしまったのか……
最近のジェイドはシャーロットに対し敵意むき出しで、遅めの反抗期にしても酷いものだった。
「姉上、父上に呼び出されたのですか?」
「ええ、何か話があるそうなの……」
「フフ……そうですか……姉上には呼び出しに対して何か心当たりがあるのではないですか?」
「そうね……あることはあるけれど……」
多分父の話はジークハルトのことだろう。
学園でのジークハルトの行動や、広がる噂、それにマリーに対し何があったのかも、シャーロットの耳にはすでに届いている。
そう考えれば、そろそろ両陛下が厳しい決断を下すのは当然で、ジークハルトが王位を継ぐことは無くなると言うことだ。
そうなればシャーロットがジークハルトと婚約している意味がなくなる。
二人の婚約は王家からの願い。
ジークハルトが次期王になるからこそ結ばれた婚約であり、ジークハルトが王位に就かなければシャーロット側には何の得もない。
シャーロットとジークハルト、二人の婚約は王命なので、二人の判断だけでは解消することは出来ない。
そうなれば今夜の父の呼び出しは、王城への登城の件だろう。
そんなことを考えていると、ジェイドは嫌な笑みを浮かべながら「やっぱりか……」と小さく呟いた。
「姉上、姉上の行動のせいで僕はとても恥ずかしい思いをしています……どうかこれ以上愚かな行動はしないで下さい、家の恥でしかありませんから」
「愚かな行動? ジェイド、貴方は一体何を言っているの?」
愚かな行動をしているのはどう考えてもジェイドやジークハルトの方だ。
シャーロットが本気で分からないと言った表情を浮かべれば、ジェイドは「無自覚ですか?」と鼻で笑う。
「夏の間、姉上が遊びまわっていたことは僕だって知っている事実なんですよ」
「遊びまわる?」
「ええ、そうです。それに僕がいないときに男を家に連れ込んでいたことも僕は知っています、僕付きの使用人からちゃんと報告を受けていますのでね」
「男?」
「ええ、そうですよ。重責を背負うジークハルト様と違って姉上は自由でいいですねー。妃教育だってちゃんと受けているのかどうか、分かったことじゃないですよね」
「……」
屋敷に呼んだ男とは、もしかしてエリックのことだろうか。
遊びまわっていたというのも、もしかしたら工場への視察のことかもしれない。
それに妃教育をシャーロットがちゃんと受けていないとジェイドはそう思っているようだが、それは勘違いだ。
学園卒業後すぐにジークハルトと結婚する予定だったシャーロットが妃教育を終えていないはずがない。
父がわざと見たままの情報をジェイドに流し、それをどうジェイドが判断するのか、最終判断として見ているのだろう。
未来の公爵になろうとするものが噂をそのまま受け入れてしまうのか、それとも自分の目で確かめるのか……
ジェイドもまたソラリス家に切られるかどうかの瀬戸際なのだ。
シャーロットは父の意向をくみ、あえて誤解を解かない返事を返すことを選択した。
「ジェイド、私がどう行動しようと貴方には関係ないでしょう?」
「いいえ、関係ありますよ、貴女は仮にもジークハルト様の婚約者で、僕の姉で、ソラリス公爵家の娘なのですから」
「……」
自分の行動は棚に上げ、ジェイドはここぞとばかりにシャーロットのことを責めたいようだ。
父親に呼ばれたイコール叱られると、自分の経験だけで状況を判断する時点で公爵家は任せられないのだが、ジェイド本人は全く気が付いていない。
可愛かった弟に、シャーロットも見切りをつける時が来たのかもしれない。
「姉上、姉上」と慕ってくれた弟は、ここ数年で別人のようになってしまった。
せめてソラリス家の子息らしく行動してくれたら良かったのだが……
ジェイドは愚かな者がとる行動そのままに動いている。
ジークハルトを真似て自分の都合よく物事を判断する弟に対し、シャーロットは同情も愛情も封印することにした。
「良いですか、姉上。僕は貴女が姉というだけでとても恥ずかしい思いをしているんですよ」
ジークハルトに何かを言われたのか、それともその他の側近たちに何かを吹き込まれたのか、はたまたマリーあたりに責められたのか、ジェイドは苦々しい表情を浮かべシャーロットを睨みつけた。
「……そう、なら、ジェイド、私のことはもう姉だと思わなくて結構よ、私も貴方のことを弟だと思うことは止めることにするわ、それでいいのでしょう?」
「なっ!」
にっこりと微笑みシャーロットはジェイドに決別を伝える。
ジークハルトと別れても、出来ればジェイドは弟としてソラリス家に残したかったけれど、その気持ちはもう消えた。
本人が『シャーロットの弟』を望まないのならば仕方がない。
女公爵となったシャーロットの補佐としてソラリス家に残る選択もあったが、それももう無くなる。
ソラリス家に勤めるこの場にいる使用人たちが、今ここでの出来事を父に報告しないはずがない。
ジェイドは自身で、進む未来を選んだのだ。
シャーロットを姉だと思い慕えないのならば、ソラリス家にはもうジェイドなど必要なかった。
「じゃあね、ジェイド、今後は顔を合わせても挨拶もしなくていいわ」
「はあ?!」
「ああ、それと、最後に私からの忠告よ。貴方はもう少し学業に力を入れていた方が良いわよ、この先の未来のためにもね」
「ーーっ!」
父に注意されることが多くなったからだろう、学業と聞いてジェイドの顔に怒りが浮き赤くなる。
ソラリス家の子として恥ずかしい成績を取っていると、多少の自覚はあるようだ。
「あ、貴女に言われなくても、僕はちゃんとやれますから!」
「フフフ、そう? ならいいけれど……」
ソラリス家から養子を解消されたジェイドが戻れる場所は実家の子爵家のみ。
裕福ではない子爵家の四男坊がそのまま学園に残れるかどうかはハッキリ言って分からない。
それにソラリス公爵家に見限られた子をジェイドの親がどう扱うか。
下手をしたら病死を装い、命を取る可能性もあるだろう。
今のうちに学べることは学んでおけ。
少しでも自分の価値を上げる努力をしろ。
そう遠回しに伝えたシャーロットの優しい言葉を、ジェイドは嫌みと受け取った。
可愛い弟だと、シャーロットに愛情を注がれて育ったジェイドは、残念ながらソラリス家の子だと勘違いをし、自分の生い立ちを理解できない愚か者になってしまったようだった。
「お父様、お母様、お待たせいたしました」
「ああ、シャーロットか、何やら廊下でジェイドと話し込んでいたようだな、大丈夫だったか?」
「シャーロット、ジェイドに何もされていない?」
やはり父と母にはもう情報が流れていて、ジェイドが口にした言葉も知っているようだ。
愚行ばかりを繰り返すジェイドのことを両親は常に見張っているのだろう。
シャーロットは悲しい現実を受け入れ、弟など最初からいなかったと、そう思うことにした。
「ええ、もうジェイドは私のことを姉とは思わないそうですの、ですから私もそれを受け入れましたわ」
「……そうか、それがアレの最終判断か……まあ仕方がないだろう、アレにはソラリス家が重すぎたのだ」
「ええ、そうですわね。それにしても、あの子もカトリーヌと同じぐらい可愛い子でしたのに……どこで何を勘違いしたのか……」
「ああ、そうだな、幼いころは何にでも一生懸命でカトリーヌ嬢に負けぬぐらいには優秀だったのだがなぁ……」
「それにシャーロットのことも慕っていて、素直で可愛らしい子供だったのですけどね……」
長年一緒に暮らしてきたのだ、当然父も母もジェイドに対し愛情はあった。
残念そうな表情を浮かべる両親にシャーロットは頭を下げる。
「お父様、お母様、それに関しては私がいけなかったのかもしれません……あの子を本当の弟だと、そう思って可愛がってきましたので……」
「「シャーロット……」」
ジェイドのことは本当に大切だった。
初めて会った瞬間に、この子が自分の弟になってくれたらと不思議と運命のようなものを感じた。
実家の子爵家では四番目の男の子で、邪魔物扱いされていたジェイド。
貴族の子でありながら茶会に呼ばれた時はヨレヨレの服を着ていて哀れに思ったものだった。
その上体も小さく、満足にごはんを食べさせてもらっていないのだろうと、胸を痛めたことを今でも覚えている。
「ああ、だが、アレももう自分で判断できる年齢だ、流石に立場をわきまえることも出来なければ可笑しい、シャーロットだけのせいではない」
「……ええ、そうですわね。あの子も学園に通える年齢になったのですもの、シャーロットに感謝するならまだしも、姉として恥ずかしいだなんて言葉が出てくるだなんて……うぬぼれもそこまで行くと救いようがありませんわ」
「お父様、お母様、有難うございます……」
どうやら父と母はジェイドを切るともう決めたらしい。
父のデスクには書類がある。
きっと時期を見て、ジェイドの実家に『養子解消』のサインを求めるのだろう。
「ああ、そうだ、そんなことより、シャーロット、王城から連絡が来た、婚約のことで相談があるので我々に登城して欲しいそうだ」
「……それはつまり家族全員で、ということですね?」
「ああ、私とオリビアとシャーロット、家族全員での登城を願われた」
「……」
ジェイドはもう家族枠ではないというシャーロットの言葉を、父は当然顔で受け入れる。
もうジェイドのことには興味がない。
そう言っているのが分かるような笑顔だった。
「もしかしてジークハルト様との婚約解消の件でしょうか?」
「ああ、たぶんそうだろうな……そして弟であるラインハルト殿下と改めて婚約を結んでほしいとの願いもあるかもしれないな」
「……」
父の顔にも、母の顔にも呆れのようなものが浮かぶ。
あちらがダメだからこちらにしてくれ。
もし本当にそんな言葉を言われたら、ソラリス公爵家をどれだけ馬鹿にしているのだと怒るところだ。
第一、シャーロットはもう王家に嫁ぐ気などない。
このソラリス公爵家を自分が支えていく、そう決めていた。
「お父様、お母様、私、王家には嫁ぎませんわ」
「そうだな、ジークハルト様がダメだからと言ってラインハルト殿下と結婚などあり得ない。我々もシャーロットの判断には賛成だ。きっぱり断っていい」
「ええ、貴女の意志を私たちは尊重しますわ」
「ありがとうございます、お父様、お母様」
シャーロットが笑顔でお礼を言えば、母の顔が悲し気に曇る。
年頃になって婚約を解消する娘を心配しているようだ。
「……シャーロット、ごめんなさいね、私たちがこんな婚約を結んでしまって……」
「いいえ、お母様、こればかりは仕方がありませんわ。まさかあれだけ優秀な教師陣を揃えておいて、ジークハルト様があれほど愚かに育つなど、誰にも分からなかったことですから」
「シャーロット……」
「確かにそうだな……ラインハルト殿下は優秀に育っているのだから尚更だ」
娘に酷い婚約を結ばせたと、後悔している母は泣きそうな顔になる。
けれどシャーロットは笑顔で首を振る。
ジークハルトとの別れはある意味チャンスになるだろう。
あの可愛い青年と新たな縁を結べる機会が来るかもしれない。
そう思えばたとえ傷物だと笑われようとも、何とも感じないシャーロットだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
また、ブクマ、良いねなど、応援も有難うございます。
ジェイド付きの使用人は当然父親からの監視です。
ジェイドへのシャーロットの報告もそのまま、「男性が来た」「外へ出かけた」と伝えています。
それを男を呼び出した、外へ遊びに出かけたと勝手に解釈したのはジェイドです。




