虐め
「酷い! 誰がこんな酷いことをしたのよ?!」
エリックが騒がしいクラス内を覗けば、そこはマリーのいるDクラスで、ジークハルトなどいつものメンバーが集まる中、貴族令嬢でありながらマリーが泣いて喚いていた。
「ねえ、何かあったの?」
エリックと同じように教室を見守っている顔見知りの生徒に声を掛け、エリックは教室内の状況を聞いた。
マリーの騒ぐ声だけは良く聞こえるけれど、教室内は人も多く、その上マリーをジークハルトたちが囲っているため何があったのか分からない。
顔見知りの青年はああと頷くと答えてくれた。
「マリアンヌ・アレース嬢の机が荒らされたらしくってさ……」
「荒らされた?」
「ああ、昼休みは皆教室から出払うだろう、だからその間に持ち物に悪戯されたらしくって、さっき見た感じだと教科書とかノートとかが破れていたし、悪戯書きとかもあって酷いありさまだったよ」
「そんなことが……」
どうやら昼休みに入り、生徒が誰も教室にいないことを狙っての犯行らしい。
マリーを憎む相手の仕業か、それとも慕う相手の仕業か。
いやジークハルトたち、人気のある男子生徒に想いを寄せる相手の仕業かもしれない。
そんな考えに行きつくと、エリックは当然シャーロットの顔が浮かんだ。
(いやいや、シャーロット様はマリーのことなんて相手にもしてないし、そもそも殿下のことも嫌いだって言ってたじゃないか)
何よりシャーロットはさっきまでエリックと一緒に食事をしていたため、犯人であるはずがない。
ただしそのことを知る生徒は少なく、当然誰もが犯人は(もしかしたらシャーロット様では?)と想像しているようだった。
「誰か! 犯人を見たものはいないか?!」
ジークハルトの声が教室内に響き、エリックもハッとする。
だが手を挙げる者はおらず、皆暗い表情のまま俯くだけだ。
そんな生徒たちを見てジークハルトは王子らしい笑みを浮かべる。
「皆、安心してくれていい。犯人の名を出し相手が誰であっても、第一王子のこの私が守ると誓おう。もう一度問う、誰か犯人を見た者はいないか、勇気を出して答えて欲しい」
暗にシャーロットの名を出しても自分が守ると言っているようだが、ジークハルトが言っても手を挙げる者はいない。当然だろう、シャーロットを見るはずがないからだ。
真犯人はともかく、シャーロットはさっきまでエリックと一緒だったため犯行を行えるはずはないのだが、ジークハルトの言動や行動はシャーロットが犯人であることを望んでいるようだった。
そうなれば当然王子であるジークハルトの味方に付きたいと、欲が出る者が手を挙げる。
「あ、あの、僕は犯人をちゃんと見たわけではないのですが……その、黒い髪の生徒が廊下を走っているところを見た気がします……」
「なに?! 黒髪の生徒だと?! それは本当か?!」
「は、はい、違うかもしれませんが……その、黒髪に見えた気がしました……」
黒髪はこの国ではとても珍しい色だ。
シャーロットの母の母国の王族の色でもある。
それも証人となる生徒は見た気がしますと言いきらず、問題が起きれば言い逃れできるようにしている。
もし万が一犯人がシャーロットでなくても、自分は見た気がしただけだと、見間違いだったと証人として言い訳をするのだろう。
エリックはその生徒の顔をジッと見つめ、絶対に忘れないと決める。
「黒髪と言えば……一人の女子生徒が思い浮かべられるが……誰か他に犯人を見た者はいないか?」
シャーロットの名を出さず、ジークハルトはある一人の女子生徒と言って皆に犯人を想像させる。
ジークハルトが言えば尚更皆がシャーロットのことを思い浮かべてしまうのも仕方がない。
証人は犯人が女性であるとも男性であるとも言っていないが、ジークハルトは女子生徒だと決めつけていて、それを分かっているような言動だった。
「殿下、証拠としてこれらの品を残しておきましょう、いずれ犯人が分かった時にこの証拠の品を叩きつけるのです。相手が言い逃れできないように……」
ジークハルトの一番の側近であるパトリックが後押しすれば、ジークハルトは抑揚に頷いた。
「なるほど、それは大事だな。流石パトリックだ、いい案を出してくれる」
芝居のように大げさな手つきでパトリックがマリーの壊れた学用品掲げ、皆に見せつける。
犯人が行った残虐非道な行いを見せつけているようだが、実際はノートや教科書が破かれただけ、マリーが怪我をした訳でも殺されたわけでもない。
個人の持ち物を壊したため、学園長に呼び出され弁償させられることはあるだろうが、ジークハルトが犯人に証拠を叩きつける機会があるとは思えない。
だから尚更、エリックは作為的なものを感じた。
「皆、聞いて欲しい、ここにいるマリーは私の大切な友人、いや、それ以上の存在だ……だからこそ、そのことを気に入らない者にこれから先も彼女が狙われる可能性が高い!」
ジークハルトの言葉に皆が耳を傾ける。
堂々とマリーを自分の恋人宣言しているが、そこに口を挟む者はいない。
生徒たちは入学以降ずっとジークハルトとマリーの様子を見てきた上に、学園内に広がる噂も知っている。
やっぱりそうかと納得するだけで、疑問を感じる生徒はいないようだった。
それよりも(ジークハルト様はシャーロット様と別れたいのかも……?)と、その可能性に気付いた生徒が殆どの様だった。
「クラスメイトの君たちに頼みたい、どうか私の大事なマリーが心無いものに傷つけられないよう目を光らせ守って欲しい、頼む!」
「ジーク様……」
目を潤ませるマリーの肩を抱き、ジークハルトがクラスメイトに願い出る。
ジークハルトの言っていることは恋人を守るカッコいい言葉なのかもしれないが、浮気を肯定するものであり、エリックには自分の不義を無理やり世間に認めさせようとする言葉にしか見えなかった。
(殿下は隠すことを止めたのか……)
学園内だけのことかもしれないけれど、ジークハルトは自分の心がマリーにあると遂に示し始めた。
だからこそシャーロットを犯人に仕立て上げ、未来の王妃に相応しくないと生徒たちに思わせたいようなのだが、マリーは所詮男爵令嬢、それも元平民だ。
ジークハルトが努力したとしても、どこまでマリーを認める生徒がいるか分からない。
下手をしたら王子としての自分の首を絞めることになるだろうが、ジークハルトには不思議と自信があるようで、その顔には勝者の自信のようなものが見えた気がした。
(シャーロット様に知らせないと……)
そう思ったが、自分が動かなくてもシャーロットならソラリス公爵家の娘として簡単に情報が入る、それに気付く。
けれど、自分はシャーロットの友人。
それに先ほどエリックに「有難う」と言ってくれたシャーロットの笑顔を思い出せば、何かしたいと動いていた。
「カトリーヌ様」
教室に戻るため友人たちと歩いていたカトリーヌを見つけ、エリックは声を掛ける。
笑顔は作っているけれど、エリックの様子でカトリーヌは何かあったとすぐに悟ってくれる、流石シャーロットの友人と言える女性だろう。
「エリック様、どうか致しましたか?」
「はい、実は少しお耳に入れたいことが……」
昼休みは間もなく終わるけれど、カトリーヌはその場でエリックの話を聞き「シャーロット様にお伝えしますわ」と請け負ってくれた。
エリックが直接シャーロットの下へ向かうよりも目立たない。
エリックは信用できるカトリーヌにこの件を託すことにした。
「エリック様、有難うございます。情報は少しでも早い方がこちらも助かりますから、きっとシャーロット様もそれを見越して動くことが出来ますわ」
「なら良かったです、あの、僕に出来ることがあれば何でも言ってくださいとシャーロット様にお伝えください」
「分かりましたわ、必ずお伝えしますわね」
「はい」
カトリーヌは心強い言葉を残すと、シャーロットの元へ向かって行った。
午後の授業は出席せず、早退したようで、その後教室にカトリーヌが戻ってくることはなかった。
きっと薔薇の会の少女たちと話し合いをしたのだろう。
もしかしたら疑いを晴らすための手立てを何か考えているのかもしれない。
(シャーロット様を守るためなら、僕は証言台に立ってもいい)
いつか必ずこの日のことをジークハルトはシャーロットに問い詰めるだろう。
その日が来たら必ずシャーロットの味方になる。
エリックは嘘の証言をした生徒の顔を思い出しながら、そう決意したのだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
またブクマ、☆など、応援もありがとうございます。
今日は夜屋形船に乗ってきます。
楽しんできまーす。




