お礼
「ねぇねぇ、悪役令嬢物語ってお芝居見たー? 主人公の令嬢役の人がとても素敵だったのよねー、悲しみが伝わって来て……」
「見たわ見たわ、すっごく良かった。あの芝居、婚約者の男が最悪なのよねー、浮気を正当化するために主人公を貶めようとするんだもの、あり得ないわ」
「いいなー、私、チケット取れなかったのよー。一度でいいから見に行きたいわ、とっても面白いって聞いてるもの!」
ジェミナイ商会が劇団に依頼した物語は、庶民を中心に物凄い人気を博していた。
主人公はシャーロットのような身分高きご令嬢。
その上、好きな幼馴染と引き離され、王命により好きでもない相手と婚約することになり、相手に浮気までされる物語。
ただし主役の名前も地位もシャーロットとは全く違うが、婚約者に浮気され、悪評を流されてしまうところは変わらない。
そしてそんな主人公は庶民の味方で、名を伏せながらも悪徳貴族から庶民を守る秘密のヒロインでもある。
けれど学園では婚約者のせいで悪役にされてしまう不運な令嬢。
最後は友人や助けた人たちのお陰で疑惑を晴らし、婚約者の嘘を証明し無事潔白を示し、幼馴染の一途な想いを受けハッピーエンド。
貴族ではなく、裕福な庶民向けの歌劇にしたところ大人気となり、ジェミナイ商会として大満足な結果となった。
ジークハルトの望み通りシャーロットは悪役にしたし、バレないように名前や立場は全く違う架空の人物だ。
それに大衆演劇ともいえる劇場での運営なので、王子であるジークハルトが見に来る可能性は低い。
もしかしたらマリーならば来る可能性は無くもないが、貴族となって美しいドレスに目覚めたマリーがわざわざ平民の服装をして劇場に来るとは思えない。
そんなところを狙っての悪役令嬢物語は、悪を懲らしめる痛快劇ともあって評判になっている。
それと共に、噂雀に頼んだシャーロットの功績も順調に広まっている。
ソラリス家のご令嬢は素晴らしいと、見た目だけでなく心まで美しい女性だと、真実として噂され王都で広がっていた。
石鹸工場に勤める従業員たちも、シャーロットの人柄を聞かれることがあるらしく。
自ら工場へ赴き、視察に来て従業員たちと直接話しをし、その上頑張りを褒めてくれたのだと聞けば、ますますシャーロット人気は上がっているようだった。
「父さん、これで少しはシャーロット様のお役に立ててかな?」
「ああ、そうだな。微力ながらお役に立てているはずだ……それに一般向けの劇のことは高位の貴族様にはすぐには伝わらないだろうし、街で広がる公爵家のご令嬢の評判に対し文句を言える家など王家ぐらいしかないからな……流石に表立って我が家に何かしようと思うものもいないだろう。第一、劇の役柄名はシャーロット様とは全く違う別物だ。シャーロット様が同じ立場にならない限り、婚約者を悪く言うものなどいないはずだぞ」
「うん、そうだよね、これで一安心だね」
「ああ」
つまりジークハルトがシャーロットを陥れようとしなければ、劇の役とは一致することが無いため庶民に憎まれることはない。
それにマリーとの浮気も浮気のままであれば、学園内での話で終わり、ジークハルトの愚行は世間に広まることもないはず。
ただしシャーロットを正妃として迎え、すぐにマリーを側妃なり妾にすれば話が違う。
ジークハルトの評判は落ちる可能性は高いだろうが、そのあたりは国王夫妻が上手くやるだろうとエリックは考えていた。
「シャーロット様と別れたら、殿下は王位に就けないだろうなー」
「まあ、そこはしょうがないだろうな。そもそも第二王子の方が優秀である以上、シャーロット様が居なければもともとあの第一王子では不安しかなかったんだ。それに周りの者にあの方が次期国王では不安だと、そう思われるような行動をしているのは第一王子本人なのだからね」
「そうだよねー」
本当にあれほど出来た婚約者のどこが不満なのか、エリックにはジークハルトの気持ちが分からない。
美しいだけでなく、頭もよく、その上優しくて、人を思いやれる素晴らしい女性、それがシャーロットだとエリックは思う。
「僕なら絶対に大切にするのに……」
思わず本音が出て、サッと口を塞ぐ。
父は聞こえないフリをしてくれたけれど、きっとエリックの想いは分かっているはずだ。
絶対に叶うことのない息子の恋心を、父は学園の間だけだと見逃してくれたようだった。
「エリック様、久しぶりにお昼休みに薔薇を見に行きませんか? いつもの場所でいかがでしょうか?」
朝学園へ着くと、カトリーヌに声を掛けられた。
いつも声を掛けられるのは休憩時間が多いけれど、ジェイドの監視のような視線を受けるようになってからは、カトリーヌが声を掛けてくることは無くなっていた。
けれど今日は、まだジェイドが登校する前にエリックに声を掛けてくれた。
そして一緒にシャーロットのところへ行こうと誘ってくれたのだ、朝から嬉しいことだらけで自然と笑顔が浮かぶ。
「カトリーヌ様、有難うございます。僕も薔薇が見たいと思っていたところなんです」
「まあ、それなら良かったですわ」
エリックに断る理由などどこにもなく、「是非に」と了承した。
昼休みになれば、そ知らぬふりをしていつもの集合場所である【ラウンジ】へと向かう。
マリーやジークハルトたちも同じラウンジにいるかもしれないが、全て個室なため顔を合わせることはない。
それにチャイムが鳴るとすぐに教室を出ていく彼らとは違い、一般的な貴族令嬢である薔薇の会のメンバーは、ゆっくりと動くので彼らとは行動が違う。
エリックも余裕をもって行動し、カトリーヌに教えてもらった個室へ向かえば、シャーロットが優しい笑みを浮かべて待っていた。
「エリック、いらっしゃい、久しぶりに会えて嬉しいわ」
「シャーロット様、僕もです、僕もシャーロット様にお会いできて嬉しいです」
久し振りに会ったシャーロットはますます美しくなっていて、胸がドキドキと五月蠅くなる。
それに自分の頬に熱がたまるのが分かり、シャーロットの笑顔に反応して顔が赤くなっていることにも気づく。
「皆も貴方のことを待っていたのよ、さあ、こちらに座って頂戴」
「は、はい、有難うございます」
シャーロットに促され席へと着く。
今日はシャーロットの横の席に案内され、エリックは(いいのかな?)とちょっとだけ戸惑った。
「エリック殿、シャーロット様に聞きましたわ。私たちのために色々と頑張ってくれているそうね、代表してお礼を言わせて頂きますわ」
「エリザベス様……」
美人だが少しキツメな顔立ちの令嬢エリザベスが、エリックに最初に声を掛けてくれて褒めてくれる。
前会った時よりもどこか幸せそうで、グッと美しくなったように見えた。
「エリック殿、貴方のことを見直しましたわ、意外と出来る男でしたのね、貴方」
「クリスティーネ様……」
垂れ目でおっとりしたご令嬢に見えるクリスティーネも何故かエリックを褒めてくれる。
笑顔が何故かニヤリと笑っているように見えて、目の錯覚か? と一瞬自分を疑った。
「エリック殿、君はなかなか男らしいようだね。商人ではなく騎士になっていてもきっと君なら活躍しただろう」
「ゾフィア様……」
高めの位置に髪を一つに結っているカッコいいご令嬢ゾフィアが、清々しい笑顔でエリックに声を掛けてきた。
以前よりもずっと精悍な顔立ちになっていて、少しだけ日焼けもしたような気がする。
背筋が伸びたその姿は騎士そのもので、エリックこそがゾフィアをカッコいいとそう思った。
「エリック様、皆さま貴方の活躍が分かっていますのよ、ですから本日この場にお呼びしたのです」
「えっ……?」
カトリーヌがそっと声を掛けてくれて、シャーロットへ視線を送ればニコリと微笑まれた。
どうやらエリックの行動はシャーロットたちにはバレていたらしく、皆が皆、好意的に受け止めてくれているようだった。
「エリック、有難う、貴方が浮気は悪いことだと広めてくれたお陰で、私たちの行動は尚更行いやすくなりましたわ」
「シャーロット様……」
「王族である殿下相手に行動するのは怖かったでしょうに……貴方の勇気に私は感動いたしましたのよ、本当に有難う、エリック」
「シャーロット様……はい、その、微力になれて光栄です……それに皆さまにも喜んでいただけて……僕も嬉しいです……」
「まあ、ウフフ」
なんだか皆に褒められて恥ずかしくて、エリックは少しだけ俯き加減になった。
すると隣に座るシャーロットの手が伸びてきて、エリックの頭をそっと撫でてくれた。
「シャ、シャーロット様?! あ、あの、お手が汚れます!」
「フフフ、ごめんなさいね。だって貴方の髪はふわふわで、前から触ってみたかったのですもの」
真っ赤になったエリックを見て皆がくすくすと笑い、ますます顔が赤くなった気がした。
というか体中が熱い。
それとシャーロットに撫でられた髪はもう一生洗いたくない。
冗談抜きでそう思った。
その後、昼食を皆で摂ったがエリックは味が分からなかった。
別れ際、シャーロットが優し気な笑顔をエリックに向ける。
「エリック、また一緒に食事をしましょうね」
「はい、シャーロット様、是非、またお願いします」
これはきっと自宅へ遊びにおいでという誘いなのだろう。
幸福すぎるエリックは足取りもふわふわで、ニヤニヤしながら教室へ向かう。
「酷いわ! どうしてこんな酷いことが出来るの?!」
教室へ戻る途中、女性の叫び声のような大きな声が聞こえ立ち止まる。
何だろうと思い、ざわざわとするⅮクラスの教室を覗けば、マリーが「大事なものなのに酷い!」と言って涙を流していた。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただき有難うございます。
今週は忙しくて曜日感覚が可笑しい。
今日何曜日だっけ?と考えながら投稿していますが、間違えたらすみません。
やらかしたなと思って見逃してください。
気を付けます。




