ジークハルトの選択
夏休みになってすぐ、ジークハルトは両親に呼ばれ学園での行動に対し注意を受けた。
まずは成績だ。
今回の成績もシャーロットには遠く及ばず、王子としては恥ずかしいともいえるAクラス最下位。
これまでどうにかAクラスの中間あたりの成績を維持していたものの、今回マリーの試験に力を入れていたため、ジークハルト本人の順位は落ちてしまった。
王族がAクラス最下位など、体が弱く学園へ満足に通えなかった数代前の王子以来初めてのこと。
もっと学業に力を入れるようにと強く注意を受けてしまった。
その上……
「お前は学園内で大事な婚約者であるシャーロットのことをないがしろにしているようだな?」
「……そんなことは……」
「ジークハルト、貴方にはシャーロットという大切な存在がいるのに、別の子に目を掛けているそうではないの? シャーロットとの婚約の意味をもう一度考え直しなさい、良いわね」
「……はい……」
遂にマリーのことが両親にバレてしまった。
きっとシャーロットが両親に愚痴ったのだろうが、そんな程度でジークハルトのマリーへの想いが変わることはない。
「ジークハルト、これはお前のための婚約なのだぞ、分かっているか?」
「シャーロット以上の相手はいないのよ、それをちゃんと理解しなさいね」
「……はい……申し訳ございません……」
両親へは素直に頭を下げつつも、ジークハルトの心の中ではシャーロットへの憎しみが強くなる。
シャーロットがいるからこそ自分はこんな目に合うのだと、両親からの叱責をシャーロットのせいだと擦り付ける。
思えばシャーロットとは初めから性格が合わなかった。
ジークハルトは外に出て体を動かすことが好きだったが、婚約者となり妃教育が進んでいったシャーロットは勉強の大変さの八つ当たりからか、ジークハルトに「王子らしさ」を求め、注意をするようになっていった。
「ジークハルト様、いずれ王位をお継ぎになるのならばその自覚をもって行動してくださいませ」
「……」
最悪なことにシャーロットは他国の王族の血を引き公爵家のご令嬢という高い地位を持つ女性。
なのでシャーロットが何を言おうとも、ジークハルトの周りの者たちはそれが正しいと認めてしまう。
それにシャーロットは自身の生まれのことを鼻にかけいて、伯爵令嬢だった母から生まれたジークハルトへの態度もどこか見下しているものがあった。
美人だが気位が高そうな見た目も可愛げがないし、優秀だと周りに褒めたたえられている姿も自慢げで憎たらしい。
「王命とはいえ、私があんな高慢ちきな女と結婚しなければならないなんて……」
顔以外平凡なジークハルトのためにと、両親が頭を下げソラリス公爵家に婚約を申し込んだのだが、ジークハルトはそんな親心をまったく分かっていなかった。
第二王子のレオンハルトが優秀だからこそ、ジークハルトの相手には優秀で地位もあるシャーロットを婚約者にと選んだのだが、ジークハルト本人がそのことに感謝するどころかうっとおしく思っているのだ、本末転倒ともいえた。
「ジークハルト様、皆のお手本になるような行動を心がけて下さいませ」
「うるさい、私の勝手だろう!」
シャーロットから何か注意を受けるたび、自身の出来なささを 「シャーロットが出しゃばりだから」 と他人のせいにしては、ジークハルトは王子教育から逃げるようになっていった。
だけど「ジークハルト様にはシャーロット様がいるから大丈夫」との周りの声は気に入らない。
次代の国王は自分だと決まっている。
第一王子である自分が王位に就くのが当たり前。
弟たちでは頼りなくてこの国を任せることなど出来ない。
少しでも深く歴史を学べば、自分の地位が安泰ではないことに気付きそうなものだが、三歳下、六歳下の弟たちに負けるなど、考えてもいないジークハルトは自身の地位が揺らぐなどという考えには行きつかない。
「いいか、ジークハルト、これはシャーロット次第だが、お前がこのままではラインハルトの婚約者にシャーロットをと推す声が強くなるのは確実なのだぞ」
「えっ……? ラインハルトとシャーロットが婚約? ですか?」
「ああ、そうだ、そうなれば困るのはお前だぞ、シャーロットをもっと大切にしろ、出来るな?」
「……はい……分かりました……」
陛下からの言葉を聞き、ジークハルトは自分の都合よく受け止める。
つまりシャーロットとの婚約を解消しても、ラインハルトが責任を取るため何の問題にならない、そう理解した。
シャーロットがラインハルトを選べば、ジークハルトは自由になれる。
つまり未来の王として自分で選んだマリーを妃に出来る、ということだ。
当然ジークハルトはすぐに動いた。
夏休みに入り、視察という名のデートをマリーと繰り返し、やはり彼女しか自分の妻になる相手はいないと確信を持つ。
「マリー、私は君のことが好きだ、ずっと傍にいて欲しいとそう願っている」
「ジーク様? あ、あの、嬉しいです……でも、ジーク様にはシャーロット様という婚約者がいらっしゃいますし、私では……」
俯くマリーの頬に触れ、ジークハルトはマリーの視線を自分に向けさせる。
若葉のような瞳が涙をこらえるように揺れていて愛おしさを強く感じた。
「ああ、確かにシャーロットは私の婚約者だ……だが、それが解消できる道があるんだ」
「解消……ですか?」
「ああ、そうだ。もし、君が私を選んでくれるなら、シャーロットとは婚約を解消する。シャーロットには弟と婚約しなおしてもらい、王弟妃となりこの国を支えてもらう。そして私は君を妃として迎え、幸せをつかむ道があるんだ」
「ですが、私では……力不足ではないでしょうか……?」
涙を溜め謙遜するマリーの可愛いこと。
シャーロットにはないしおらしさが魅力的だと感じてしまう。
「マリー、君は私に安らぎと安心を与えてくれる女性だ。そんな君には私の妃になってもらい、いずれこの国の国母、王妃になって欲しいと思っている」
「ジーク様……」
ジークハルトの想いは本物だった。
最初孤児院で出会ったマリーは、ちょっと可愛い普通の女の子という認識だった。
けれど何度か顔を合わせ、貴族令嬢とは違う素直な反応が面白くて、また会いたいといたいとそう思うようになっていった。
視察として孤児院に行くならマリーのいる孤児院へ。
そう願い何度も通ううちに、マリーの純粋さに触れ、心が癒され、自分の特別にしたいと、恋人になりたいと、そう思うようになっていった。
マリーとジークハルトが共に未来を進むならば、貴族としての教養が必要となる。
なので養女として彼女を受け入れてくれる貴族家を友と一緒に探し、マリーの親となってくれる男爵家を見つけた。
シャーロットとの婚約は解消など無理だと思っていたため、側妃か、妾妃になってくれれば、そう思っていた。
だが今回、両親の言葉を聞いてジークハルトの想いは固まった。
ジークハルトはマリーを浮気相手として扱いたくはない。
本命の相手として、唯一の相手として、妃として世間に認められたい。
そんな欲が出た。
「マリー、私が妃にと望むのは、君だけだ……君だけが私の特別なんだ、それを知って欲しい」
「ジーク様……」
きっとジークハルトの心変わりを知れば、シャーロットが邪魔をしてくるだろう。
未来の王妃に固執し、ジークハルトの愛を望むシャーロットは嫉妬深く、とても醜い。
相手は公爵令嬢、きっとプライドの高いシャーロットはマリーのことを認めず酷い憎しみをぶつけてくるだろう。
だが、マリーのことは自分が守る。
マリーが自分の手を取ってくれるのならば、どんなことをしても守って見せる。
ジークハルトはそんな決意を固めていた。
「……嬉しいですが、私ではジーク様のお傍にいる資格がありません」
「マリー、爵位など何とでもなる。アレース男爵の陞爵が無理ならば、クロノス家でもバッカス家でもマリーを養女に受け入れてくれる家は沢山ある。それに友人たちは皆君の味方だ、だからどうか私の願いを受け入れて欲しい。私にはマリー、君が必要なんだ、どうか妃になると言ってくれ」
「ジーク様……」
ジークハルトはマリーの前で膝をつく。
王子として生まれ、誰よりも地位のある立場のジークハルトが首を下げる相手は両陛下のみ。
だがマリーだけは違う。
マリーの愛を手に入れることが出来るのならば、ジークハルトは何度だって頭を下げるだろう。
シャーロットに対しては思いつきもしない行動だった。
「ジーク様……私は、私は、シャーロット様のように美しくないですよ?」
「シャーロットの美しさは作り物だ、私は君の可愛らしさの方が何倍も好きだ」
「それに、私は、シャーロット様のように賢くもありません」
「あれは賢いのではなく、ずる賢く、頭が固いというのだ。それにシャーロットは幼いころから妃教育を受けている、いわば抜け駆けに近いものだ。君は貴族になったばかりなのに、大きく成績を上げている。卑下する必要などない、誇るべき成績だ」
「あ、あの、それに……大変だと聞く妃教育を……私なんかが耐えられるでしょうか?」
「ああ、当然だ、君なら絶対に大丈夫だ。あのシャーロットでさえ乗り越えられたんだ、頑張り屋の君が乗り越えられないはずがない。それに私が君を支える。私が絶対にマリーに辛い思いなどさせないと約束するよ」
「ジーク様……嬉しいです」
安心したのか頬を染め嬉しそうな笑顔を浮かべるマリーの手をジークハルトは優しく握る。
「マリー、誰よりも愛している、私の申し出を受け入れてくれるかい?」
「はい、はい、私もジーク様を愛しています、だから、ジーク様の申し出を受けさせていただきます……」
「マリー……有難う……とても嬉しいよ」
綺麗な湖のほとりで、二人は手と手を取った。
この場にはジークハルトとマリー、そして二人を見守る側近たちしかいない。
愛を確かめ合った二人は、自分たちの輝く未来に想いを馳せ幸せいっぱいだった。
この恋を公にするのはシャーロットへの対応を決めてから。
それまでは自分たちだけの秘密。
彼らはそう決めていた。
だが、そう思っているのは彼らだけ……
この場に多くの目があることに彼らは全く気付いていなかった。
「そうか……ジークハルトには我々の想いは伝わらなかったか……」
「陛下……」
報告を受け項垂れる国王を王妃が支える。
自分たちの育て方が悪かったのか……
思うところは沢山あるが、二人の瞳に涙はない。
「残念だが……やはり、今後の方針を考え直せざるを得ないな……」
「……そうでございますね……」
これだけの注意をしてもまだ行動を改めず、自分の都合優先で動いたジークハルトに対し、両陛下は辛い決断を下す。
息子の幸せは大事だが、国王としてこの国以上に大事な物などない。
個人の感情など二の次だ。
そのことに気付かないジークハルトは人生で一番幸福な日を迎えていたが、それとは反対に両親の顔はどこまでも悲しげだった。
こんにちは、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
また応援もありがとうございます。
ジークハルトはマリーを選びました。
最初から分かってましたよね。w
この小説ごはんを食べるシーンがない。
悲しい……
誰が考えたんだ!




