カトリーヌ・マウロの初恋
ジェイド・ソラリスとカトリーヌ・マウロの話
カトリーヌ・マウロの憧れの人、それはシャーロットだ。
幼いころの茶会の席、大人しく可愛らしいカトリーヌは数人の男の子たちに揶揄われていた。
「髪の色、変な色だよな」
「下向いてないでなんか喋ってみろよ」
「どんな声なのか黙ってないで歌でも聞かせてくれよ」
やめて! と大きな声で言い返せればよかったのだが、自分より体格が大きく、その上複数人いる男児相手に幼いころのカトリーヌは勇気が出せなかった。
「何か泣きそうだぞ」
「弱虫だな」
「僕たちが虐めてるみたいじゃないか」
「……」
カトリーヌはただ震え、泣くのを堪えるのが精一杯。
怖くて怖くて逃げだしたくても、足が動かない。
そんなカトリーヌの前に一人の少女が現れた。
「おやめなさい! いくら彼女が可愛らしいからと言って気を引きたくともそれは悪手ですわよ、貴方たち!」
大人っぽい雰囲気に、意思の強さがある瞳。
着ているドレスが上物であることから高位貴族の令嬢であることがすぐに分かった。
それに何より、複数の男の子たちを相手にまったく臆することなく立つ姿は英雄のようで、シャーロットの気品ある立ち姿はカトリーヌの幼い心を一瞬で掴んでしまった。
「大丈夫かしら? 来るのが遅くなってしまってごめんなさいね。あの子たちのことは親御さんにもちゃんと伝えておきますから、許して下さいませね」
「いえ、その……ありがとうございました……」
「フフフ、いいえ、どういたしまして、私はシャーロット・ソラリスよ、貴女のお名前は?」
「あ、はい、わたしは、カトリーヌ・マウロです……」
「あら、貴女はマウロ伯爵家のご令嬢でしたのね、お会いしたかったのよ、宜しくね」
「はい、シャーロット様、よろしくお願いいたします」
シャーロットが何故カトリーヌに会いたかったのかは、その日のうちに分かった。
新しくソラリス家の子供となったジェイドの婚約者にと、カトリーヌに申し込みが来ていたからだ。
「ジェイド殿は子爵家の出だが優秀らしい……だがカトリーヌは大人しい子だから未来の公爵夫人は無理ではないか?」
「そうですわねぇ……それにもし万が一のことがあった場合、婚約白紙もあり得ますしねぇ」
ソラリス公爵家からの婚姻の申し込みは伯爵家にしたら好条件すぎるものだ。
それは結婚相手が本当のソラリス家の子供ではないという理由と、ジェイドが公爵の期待通りに育たなかった場合に彼との養子解消もあり、その上もし夫人に次の子が産まれた場合、婚約白紙もあり得るという条件付だったからだった。
ただ白紙の場合、多くの示談金がマウロ家には入る。
それにソラリス公爵家に恩を売れるという部分は、とても得難いものだった。
けれど可愛い娘のことを思えば「はい」とすぐには答えられない。
なので侯爵家でもなく、普通の伯爵家でしかないマウロ家にまでこの婚姻の話が下りてきたのだろうが、カトリーヌの両親は断りに気持ちが傾いていた。
「お父様、お母様、でしたら白紙になった場合、私をシャーロット様の侍女にしていただけるように条件を追加してください」
「侍女?」
「カトリーヌ、貴女王妃の侍女になりたいの?」
「はい! そうです!」
正確にいうとカトリーヌは王妃の侍女になりたいわけではなく、シャーロットの侍女になりたいのだ。
カトリーヌは男の子が苦手だ。
見るからに大人しそうなカトリーヌは、どこかへ出かければ同世代の男の子たちから度々揶揄われていた。
それに女性らしい部分が年齢の割に早く育ち始めたカトリーヌは、父親世代の男の人たちからも好奇の目で見られ気持ち悪かった。
出来れば結婚なんてしたくなかったし、修道女になりたかった。
けれどマウロ家の娘として結婚しないなどという選択肢はない。
貴族令嬢としてそんな我儘が通らないことは分っているし、修道女になるなど言い出せば両親を泣かせてしまうことも分っていた。
だからせめて、憧れの人の傍にいられる結婚をしたい。
シャーロットの傍にいて役に立てるのならば、夫を立てる努力も惜しまない。
もし婚約者がソラリス公爵の望むように育たなくとも、カトリーヌは全然かまわない。
むしろ婚約白紙になりシャーロットの侍女になれる方が嬉しいぐらいだ。
両親はカトリーヌが望むならと言ってジェイドとの婚約を受け入れてくれた。
そして初めてソラリス家に行き、シャーロットの横で心配げに立つジェイドを見て、カトリーヌはホッとした。
(良かった……可愛い男の子だわ……)
シャーロットの弟となったジェイドは子犬のように可愛らしい容姿で、年齢よりも幼く見えた。
声もまだ高く体も華奢で、男らしくなくてホッとした。
これならどうにか受け入れられる、そう思った。
「フフフ、二人が並んでいると可愛らしいお人形が飾ってあるようで和まされるわね」
「姉さま……またそんなことを言って……」
「シャーロット様に可愛いと言ってもらえると嬉しいです」
「ウフフフ」
シャーロットに褒められ照れるジェイドを見て、カトリーヌは彼が自分と同じ気持ちを持っていると悟る。
ジェイドは義弟だけれどシャーロットに憧れのような恋心を持っているようだ。
なので仲良くなるのは簡単だった。
「シャーロット様って素敵よね」
「そうだろう、姉上は世界一素敵な女性なんだ」
「シャーロット様は未来の王妃様なのでしょう?」
「うん、王妃様って大変なお仕事だから僕はカッコいい公爵様になって姉様を支えるんだ」
「それは素敵ね! 私も一緒にシャーロット様を支えるわ」
「うん、一緒に姉様を助けようね、カトリーヌ」
「ええ!」
シャーロットの話をすれば会話が途切れないぐらいに盛り上がり、楽しく過ごすことが出来た。
シャーロットを一番大事だとそう話すジェイドとならば夫婦になれる、そう感じた。
けれど、ジェイドは裏切った。
何よりも大切にしなければいけなシャーロットよりも、あの可笑しな女を選んだのだ。
カトリーヌがそんな裏切りを許せるはずがなく。
ジェイドのことは敵だと、そう認識するようになっていた。
「ジェイド様、ごきげんよう」
「カトリーヌ……君、また姉上のところに来たのかい?」
「ええ、私にとっては大事な未来のお姉様ですもの、お時間が合えば会って頂けるようにお願いしてありますの」
「……」
カトリーヌはニコリとジェイドに微笑んだ。
「夏休みは時間が合えば会おう」と中途半端な手紙だけをよこしたジェイドへの嫌みともいえる。
貴方よりももっと忙しいシャーロット様は私のために時間を作ってくれていますけれど、婚約者の貴方はどうなのですか? と笑顔で問いかけたのだ。
ジェイドの顔色が悪くなり、カトリーヌは嫌みな攻撃が効いたようで嬉しくなる。
もうカトリーヌは幼いころのように何も言えない少女ではない。
シャーロットの傍にいて、シャーロットの役に立つ。
そう決めたカトリーヌはとても強くなっていた。
「……カトリーヌ、君は、父上や母上に僕のことを何か言ったかい?」
「何か? とは? 何でしょうか?」
「その……学園でのこととか……」
「学園ですか……?」
ああ、きっと注意されたのだろうな……とジェイドの気まずげな顔を見て分かった。
カトリーヌが何かしなくても、ソラリス公爵が『息子』の情報を掴めないはずがない。
未来の公爵として上手く立ち回れていると勘違いしているジェイドが、親に怒られカトリーヌが何かしたのだろうと行きつきそうな考えで呆れてしまう。
こんな単細胞では公爵になるなど絶対に無理だろう。
出来ればシャーロットが無事婚約を解消し、未来の女公爵となり、カトリーヌを侍女として傍に置て欲しいと願ってしまう。
そんな希望が間もなく叶いそうで、カトリーヌの顔には自然と笑顔が浮かぶ。
裏切者のジェイドが愚かで嬉しい。
幼いころの神童は、怠慢な心のせいで秀才止まりとなり、いずれはただの人となるようだ。
こんな愚か者がシャーロットの弟だなんて許せるはずがない。
(ジェイドなど大丈夫だと油断し続けて勝手に落ちていけばいいのよ……)
カトリーヌは困ったような表情を浮かべ「何のことでしょう?」と首を傾げた。
「私がお話しすることは当然貴方のことも含みますが……ジェイド様が聞いて困るようなことはお伝えしていないと思うのですが、何かありましたでしょうか?」
「いや、別に、何もないのならいいんだ……」
「そうですか?」
公爵夫妻には真実しか話していない。
学園で見聞きしたことを正直に伝えているだけだ。
なのでカトリーヌはジェイドの問い掛けに嘘はついていない。
真面目に頑張っていると、親に嘘をついているのはジェイドの方だと言える。
(シャーロット様の弟だと名乗るのも早くやめて欲しいわ……)
親に聞かれて困るようなら最初から行わなければいいのだ。
愚かすぎて呆れてしまう。
敵を前にして心の内をカトリーヌが正直に話す訳がない。
そんなことにも気づかないジェイドは貴族でいるのも難しいだろう。
カトリーヌがジェイドを婚約者として好いていると勘違いしている愚かな敵は、とても扱いやすかった。
「ああ、そういえば、ジェイド様が一生懸命ジークハルト様に尽くしているお話はご両親に致しましたけれど、もしかしてそれがいけなかったでしょうか?」
「い、いや、そんなことはない、そこは伝えてもらえて嬉しいよ……僕はこの家の子供としてジークハルト様を支えると決めているからね」
「……まあ、ご立派ですわねぇ、ウフフフ」
お前が守るべき相手は、シャーロットだろう!
裏切者は堂々と幼いころの約束を破る宣言をした。
笑顔を浮かべながらもカトリーヌの目は鋭くなる。
「ああ、そういえば、私の試験結果のこともお伝えいたしましたわねぇ」
「……試験、結果?」
「ええ、シャーロット様の妹になるのに恥ずかしくない成績を収めることが出来ましたと、公爵様にはお伝えいたしましたの……良くやったと褒めて戴けましたわ」
「……そ、そうなのか……もしかして君は、その、学年一位だったのかな?」
「ええ、そうでした。成績表に張り出されていましたからジェイド様もご存じだと思っておりました。今後もこの成績がまぐれにならないように気を付けますわね」
カトリーヌはもうジェイドに何も譲る気はない。
成績も、シャーロットのことも、公爵家の皆との仲も、ジェイドよりも上に行って見せる、そう決めていた。
「ああ、そういえば一学年二位の成績を収めたのはジェミナイ様でしたわ、家業も手伝っていらっしゃるのに素晴らしいことですわね、きっと本当の天才とはああいう方を言うのでしょうね」
「ジェミナイ……が?」
「ええ、そうですわ、エリック・ジェミナイ様ですわ」
神童と言われていた貴方は男爵位の令息に負けたのですよという現実を叩きつけ、カトリーヌは「それでは失礼します」とジェイドに別れを告げた。
マリーに現を抜かし、ジークハルトに振り回されているジェイドの成績は、今後もっと下がっていくだろう。
焦れば焦るほど成果は出ない。
それが愉快でたまらない。
「裏切者はさっさとシャーロットの様の傍からいなくなればいいのよ……」
ガクリと肩を落とし俯きながら自室へ戻るジェイドの背中に、カトリーヌはそう小さく呟いたのだった。
こんにちは夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
またブクマ、良いね、☆など、応援もありがとうございます。
近所にパン屋さんが出来て一年ぐらい?
今日初めて行ってきました。
まあまあ美味しかったです。w(←上から)
カトリーヌはトイプードルのイメージ
そして腹黒です。
ジェイドとエリックはポメラニアンです。




