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忠告とハンカチ

「私から見ても貴方はとても素敵な男性よ。だから終わった恋に執着せず先へ進んだ方が良いと思うの、彼女に捕らわれずにね……」


 涙が引いたエリックは、やっと目の前の女性シャーロットの言葉が耳に入る。


 先程からシャーロットはエリックのマリーへの純粋な想いを否定してばかり。


 終わった恋はさっさと忘れろという言葉は、彼女の優しさだと分かっていても、失恋したばかりでまだマリーの事を想い出に出来ていないエリックには、それを受け入れることは出来なかった。


「あ、貴女のお言葉は有難いですが、僕は彼女の幼馴染として、今後もマリーを、彼女を守りたいと思っています。だから彼女と縁を切るだなんて、そんなことは考えてもいません」


 マーガレットの赤い瞳を見つめエリックがそう言い切ると、「なら仕方がないわね」とシャーロットの口元が緩む。


 嫌な気分にさせたかな? と心配になったけれど、シャーロットの笑みは貴族特有のものではなく、自然な笑顔に見えた。


「では、私はこれで、お邪魔をしましたわね。ごきげんよう、失礼いたしますわね」


 優雅な動きでシャーロットは立ち上がると、メイドと護衛らしき人物と席を離れて行く。


 シャーロットが席から離れる際、メイドと護衛がちらりとエリックへと視線を送ったが、特に嫌悪するようなものはなく、一応確認しておくかという程度のものだった。


 残されたエリックの手元には、シャーロットに渡された鮮やかな薔薇の刺繡がされたハンカチだけ。


 エリックも商人の端くれ、高級な生地は見ればすぐに分かるし、女神の様な美しさを持つシャーロットにはこの赤薔薇がイメージにピッタリだと思えた。


「あれ? さっきの女性って、もしかしてシャーロット・ソラリス様……?」


 確かそう名乗っていたはずだと、シャーロット名を思わず呟く。


 ソラリスという名と薔薇の刺繡。


 それが線と線で繋がり、エリックはハッとする。


「もしかして、あの方はソラリス公爵家のご令嬢?! えっ? いや、まさか……」


 その雰囲気から高貴なご令嬢だとは思っていたけれど、まさか平民も来るようなこの喫茶店に、あのソラリス家のご令嬢がいるとは思わなかった。


 その上そのご令嬢の忠告に対しエリックは反論し、そして無作法にハンカチまで借りたままのとんだ無礼者だ。


 どう考えても男爵家の子息の行いとしてはあり得ないし、公爵令嬢に対し反論した時点で不敬罪で捕まってもおかしくないだろう。


 気づいた事実と自分の愚かさにショックを受け、フラフラっとしながらエリックは会計カウンターへ向かう。


 どうにか伝票をメイドに渡せば、何故か分からないがニコリと微笑まれた。


「お支払いはソラリス様より承っております」


「えっ?!」


「チップもたっぷりと頂いたので安心してくださいね」


 メイドの言葉を聞き、エリックは安心どころか今にも倒れそうになった。


 女性に支払いされるだけでも貴族男子として失格なのに、チップも支払われ、その上エリックは礼もせず、高位令嬢のお見送りもしなかった。


(ああ、どうかどうかあの方が公爵令嬢と同姓同名の別人でありますように……)


 神に祈りながら胃を押さえ馬車に乗り自宅へと戻る。

 エリックは倒れそうになりながらも、なんとか踏ん張り父の元へと向かう。


 貴族に詳しい商会長である父のエリオットならソラリス公爵家にも当然詳しい。


 きっとご令嬢の名も知っていて、彼女がソラリス公爵家のご令嬢ではないと証明してくれるはず。


 そんな淡い期待を持って父の執務室へ行けば、父はあっさり肯定してくれた。


「ああ、ソラリス公爵家のご令嬢はシャーロット様で間違いないが、それがどうした? 何か依頼でも受けたのか?」


 悪い方へ肯定されエリックの胃はますます痛くなる。


 公爵家からすればジェミナイ商会など潰すのは容易いもの。


 もし今日のエリックの言動のせいでジェミナイ商会が潰れたら……


 父だけでなく弟や母、それにご先祖様にも顔向けは出来ないだろう。


「と、父さん、シャーロット様って赤い瞳で黒髪の、物凄い美人で間違いないかなぁ?」


 それでももしもがあるかもしれないと、エリックは人物像についても父に尋ねてみた。


 父が「うんん」と答えたのでエリックはやっぱり人違い? とちょっとだけ希望が生まれた。


「いやー、流石に私でも公爵家の深窓のご令嬢には簡単にお会いできないよ。だがそうだね、聞いている容姿は黒髪に赤い瞳だったはずだ」


「そ、そうなの……」


「ああ、それにこの春ご令嬢は第一王子殿下の婚約者になったはずだ。聡明でお美しいので未来の王妃にピッタリなご令嬢だともっぱらの噂だよ」


「そ、そうなんだー」


 エリックからアハハと乾いた笑いが漏れる。

 あの美しいシャーロットは公爵令嬢だけでなく、第一王子の婚約者という肩書まで持っているらしい。

 なんてことだろうか。


 もうこれは破滅決定ではないだろうか。

 エリックはすでに詰んでいる。


 家族を救うため、エリックは覚悟を決めた。


「あ、あの……父さん、実は……」


「ん? なんだ、エリック青い顔をして、ハハハ、子供の時のように怖いものでも見たのか?」


 父さん、その言葉はある意味正解です。


 エリックはそんな言葉を飲み込み、先ほど街の喫茶店でシャーロットと会った話をする。


 涙を流すエリックに刺繡入りのハンカチを貸してくれたこと、それに対しエリックはお礼も言わずありがたい忠告にも反論をしたこと。


 その上支払いをシャーロットにさせてしまい、チップまで代わりに支払わせた。


 そして高位貴族のご令嬢の退室に対し、座ったまま、見送りもしなかったことを伝えた。


「……エリック……それは……」


 真っ白い顔色ではくはくと陸に上がった魚のように息をする父。

 公爵家のご令嬢に対する嫡男の行い(不敬)を受け入れることが出来ないようだ。


「父さん、ソラリス公爵家にお礼をしたいと、先ぶれを送ってもらえるかな……」


「エリック?!」


「門前払いされたら僕だけを廃嫡してください、もし屋敷に呼ばれたら、僕の首だけで許していただけるよう懇願してくるから……」


「エリック!!」


「父さん、母さんと弟たちのことは頼んだよ……」


 エリックとエリオットは抱き合い別れを惜しんだ。


 公爵家のご令嬢に不敬を働いて許されるわけがないと、商人として理解しているからだ。


(シャーロット様に床に頭をつけて謝ろう……それで家族の命だけは許していただこう……)


 シャーロットのことを考えるエリックは、いつの間にかマリーとの悲しい別れのことなどすっかり忘れていたのだった。

こんにちは、夢子です。

今日も読んでいただき有難うございます。

またブクマ、評価、いいねなど、応援も有難うございます。


次話は明後日投稿いたします。

今後は一日おきの投稿となりますのでよろしくお願いいたします。


別の新作『レイののんびり異世界生活』もよろしくお願いいたします。

https://ncode.syosetu.com/n3855ke/

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