ゾフィア・キャンドルの決意
アンドリュー・ヴェスタとゾフィア・キャンドルの話
「アンドリュー、君は今週の練習にもまた参加しないのか?」
学園内、ゾフィア・キャンドルは珍しく一人で歩いていた婚約者のアンドリュー・ヴェスタを見つけ声を掛けた。
青い髪に端正な顔立ち、騎士らしい恵まれた体躯を持ち、父親が騎士団長というアンドリューは、同年では相手がいないと言われるほどの剣の才能の持ち主。
それもあって王子の友人、そして未来の近衛騎士候補として、ジークハルトと同じ時間を過ごすようになっていた。
だがその頃からアンドリューは週に一度、王城内での騎士団へ参加させてもらえる訓練をさぼるようにもなっていた。
ゾフィアとアンドリューは幼いころからこの騎士団の訓練へ参加させてもらえた子供たち。
幼馴染でもある二人は当然仲が良く、両親たちの話し合いの結果、婚約者となった。
恋愛ではないが友愛の心を持ち、お互い切磋琢磨し、アンドリューはジークハルトの近衛に、そしてゾフィアはシャーロットの近衛にと、そう進むであろうと思われていた二人だったが、最近はその友情も消えかかっていた。
「ああ、ゾフィアか……今週も訓練への参加は無理だな。今は訓練よりジークハルト様の方が大事だ、俺はジークハルト様を守る相手だと決めている、だからこそお傍を離れるなどあり得ないんだ」
「……」
だったら尚更騎士団に参加できる貴重な訓練は大事だろうと思ったが、ゾフィアはそれ以上何も言わなかった。
いや、いえなかったというのが正しい。
アンドリューがゾフィアの意見など聞かないと分かっているからだ。
久し振りに話しかけたというのにマリアンヌ・アレースを遠目に見かけた瞬間、アンドリューは「マリー!」とその名を親し気に呼び駆け出して行った。
婚約者であるゾフィアの顔を見ることもせずにだ。
「……私は、意外とアンドリューのことが好きだったのだな……」
ズキンと痛む胸。
アンドリューへ向ける想いは恋愛ではなく友情。
兄や弟に向けるような気持ち。
そう思っていたけれど、楽し気に話すアンドリューの姿を見るとゾフィアの胸はどこまでも痛くなる。
ゾフィアはアンドリューへ向ける自分の想いを、家族愛だと思い込もうとしていたけれど、二年になりマリーという新入生が入学してきて、その傍で笑うアンドリューの姿を見てから、自分の気持ちが恋だったと気づいた。
ゾフィアには決して見せない優し気な笑顔。
ゾフィアには決して聞くことのできない笑い声。
ゾフィアには決してやってくれないであろう守る態度。
マリーに向けるアンドリューのすべての行動が羨ましくて、憎らしくて、ゾフィアは恋の痛みというものをこの歳になって初めて知った。
だからどうにか自分の方へ振り向かせたいと、そう思って声を掛けたり、手紙を書いたり、気の引く態度をとってみたが、全てが無駄だった。
アンドリューの心はゾフィアには無く、とっくの昔にマリーへと向いていたようだ。
(いや、私は最初からアンドリューには女として見られてもいなかったのだろうなぁ……)
アンドリューがゾフィアを男友達扱いしているのは最初から分かっていた。
ゾフィアにとって、それが居心地が良かったし、このまま友達のような夫婦になれればいい、そう思っていた。
けれどアンドリューと離れてみて、自分の気持ちを知って、改めて女性としてアンドリューに見てもらえないことが分かると傷ついた。
こんな見た目だからいけないのかと、少しでも可愛い女の子に見えるようにと、リボンをつけてみたり、化粧をしてみたりと努力はしたが、アンドリューに気付いてもらうことさえ出来なかった。
「ゾフィア、何か悩み事かい?」
「っ?! ジルハード様?!」
騎士団の練習中、俯くゾフィアに先輩騎士であるジルハードが声を掛けてきて身をただす。
ジルハードは剣の実力だけで第三騎士団長になった若きエースでもあり、新人騎士や平民騎士出身者の憧れの存在でもある。
「アハハ、ゾフィア、昔通りジルでいいよ。それより何か悩み事かい? 君には珍しく剣筋に覇気がないようだし、俺にはただ剣を振っているだけに見えるけれど?」
「も、申し訳ございません! その、アンドリューのことを考えておりまして……」
「ああ、アンドリューか……あいつは最近全然姿を見ないけど……そうか、そういえばゾフィアの婚約者だったね、それは悩むのも当然だね……」
「ジルさん? いえ、ジルハード様、その、アンドリューのことを何か知っているのですか?」
「そりゃあね、ゾフィアもアンドリューも俺の弟弟子みたいなものだから、気になるのは当然さ。残念だけどアンドリューについては悪い噂も耳に入ってきてるよ……」
「そうですか……」
ということは当然、ゾフィアの祖父も両親も、アンドリューのここのところの態度については知っているだろう。
そうなれば二人の婚約が消えるのは確実。
ゾフィアの両親は曲がったことが嫌いだ。
婚約者が居ながら他の女性に現を抜かす男をゾフィアの相手と認めるはずがない。
「気にするなと言っても無理だろうが……ゾフィアはゾフィアらしく、前を見て進むしかないと俺は思うよ」
「私らしく……ですか?」
「ああ、君らしくね」
ジルハードは平民出身の騎士だ。
ゾフィアの祖父が剣の才能を見出し、弟子にした逸材でもある。
ゾフィアが幼いころは一緒の屋敷に住んでいたこともあり、その頃は「ジルお兄ちゃん」と呼んで慕っていたものだった。
今はジルハードは自身の才能だけで男爵位を取り、家を興している。
勿論アンドリューも同じようにジルハードを兄のように慕っていたのだが、最近は騎士団の訓練に参加していないので顔も合わせていない。
そんな怠惰な生活を送るアンドリューのことも未だに気にかけてくれるジルハードの優しさに、傷ついた心が少しだけ癒される。
「でも、私らしくと言っても、何をしていいのか……私はこれからどうすればいいのか……全く分かりません……」
「ゾフィア……」
シャーロットの近衛となった数年後、アンドリューと夫婦になり、そして騎士として活躍するアンドリューを支えながら子供を育て、ヴェスタ家の楚となろうと、そんな未来を描いていたゾフィア。
けれどこのままいけばアンドリューとの結婚は無くなるだろうし、ジークハルトとの婚約解消に向けて動いているシャーロットの近衛になる未来も無くなる。
失恋と共に、未来の夢も壊れてしまったゾフィア。
どうしていいのか分からない。
何をしていても虚しい。
ゾフィアの今の心の状態は、そんな悲しいものだった。
「真っ黒な闇の中に一人取り残されたようで……」
信じていた相手の裏切りと、未来の夢が消えた悲しみ。
空虚で自分のすべてが奪われてしまった脱力感を感じ、ゾフィアはどうしていいのか分からない。
「ゾフィアの夢は……確か大勢の人を守ることだったね?」
「えっ……夢?」
「そう、小さいころ言っていただろう、誰にも負けないほどに剣の腕を磨いて沢山の人を守るのが夢だって、あの頃のゾフィアは可愛かったなぁ……まあ、今は物凄い美人になったけどね」
「ジ、ジル兄様! 揶揄わないでください!」
「ハハハッ、揶揄っていないよ、ゾフィアを美人だと言ったのは本心だ。それに夢も……君の夢はとてもカッコいいと俺は思うよ」
「ジル兄様……有難うございます……」
確かにゾフィアの幼いころの夢は多くの人を守りたい、それだけだった。
祖父や父のように国を守れるほどの力を持ちたい。
そう憧れていた。
「俺は、君には女性騎士になる夢を諦めて欲しくない。たとえアンドリューと別れることがあっても、君はそのまま君が思う通りに夢を進めばいい、それだけだ」
「ジル兄様……」
「君は努力の人だからね、君ならきっと立派な騎士団長にもなれる」
「……?! わ、私が騎士団長ですか? えっ、でも私は女ですし、戦いではどうしても男性に力負けしてしまいますし……」
「そうかもしれないけれど、力が強いだけでは騎士団長にはなれないよ。それに女性が騎士団長になってはいけないなんてルールはないし、君がこの国初の女性騎士団長を目指すのもいいんじゃないかな? 面白そうだしね」
「ジル兄様……」
きっと落ち込むゾフィアを励ましてくれているのだろう。
そういえばジルハードは昔からゾフィアが辛いときに傍にいて優しい言葉を掛けてくれた。
今回のこともきっとそうだ。
女性が騎士団長になるなど夢物語。
多くの人が無理だと笑うだろう。
けれど今、何も無くなってしまったゾフィアにジルハードは大きな夢を与えようとしてくれている。
騎士団長になればたくさんの人を守れる。
ゾフィアの夢は叶うのだと、諦める必要はないと、ジルハードは教えてくれた。
「君なら出来ると、俺は思っているよ」
「ジル兄様……」
ジルハードはアンドリューと共にある夢ではなく、ゾフィア自身の夢を思い出せ、とそう言ってくれている。
その優しさがゾフィアの中に広がり、心の中が温かくなる。
「そうですね……ううん、そうでした! 私は多くの人を守りたくて剣を持ったのです。ジル兄様のお陰でそれを思い出せました、有難うございます!」
幼いころ祖父に憧れた。父にも憧れた。
けれどそれだけで剣を持ったわけではない。
自分が騎士になりたいと望み、女だてらに剣を取ったのだ。
アンドリューと結ばれるために剣を持つのではない。
自分が守りたい人たちがいるから剣を持つのだ。
ゾフィアはそのことをやっと思いだした。
(アンドリューがいてもいなくても私が進む道は変わらない……)
「良かった、やっと笑ったね、ゾフィアはやっぱり笑顔の方が良い。君のその顔が俺の一番好きな表情だ。ゾフィア、凄く可愛いよ」
「ジ、ジル兄様、また揶揄って!」
「ハハハッ、だから揶揄ってないって、全部本当のことだよ」
「もう!」
「ハハハッ」
その後、ゾフィアがアンドリューを訓練に誘うことはなくなった。
聞かなくても分かっていることに時間を割くのは惜しい。
それに婚約者としての逢瀬も望まない、時間の無駄だからだ。
(アンドリュー、さようなら……)
マリーを囲み、楽し気に歩く婚約者を遠くから眺める。
もうチクチクと胸が痛むこともなく、悲しい気持ちになることもない。
ゾフィアは自分の道を思い出し、初恋に終止符を打った。
「さあ、今日も頑張らなくちゃ!」
ゾフィアの進む道に、アンドリューのいる場所は無いようだった。
こんにちは夢子です。
今日もお読みいただきありがとうございます。
またブクマ、良いね、☆など、応援もありがとうございます。
ゾフィアはキリリとした美人さんです。
背も高くカッコいい女子な見た目です。
ジル兄様は七から八歳ぐらい上な感じですかね。




