図書館での戦い
エリックが通う貴族学園では、一学期の最終試験を迎えようとしていた。
多くの学生が少しでもいい成績を収めようと図書館へ通う中、当然エリックも成績を落とすわけにはいかないと図書館へと足蹴く通っていた。
前提としてシャーロットに良いところを見せたいという少年らしい思いは当然あるけれど、何といっても一番の問題はマリーだ。
ジェイドに勉強を見てもらっているマリーは成績が順調に上がっているようで、噂で聞いたところ今はDクラスでもトップの成績を誇っているらしい。
「マリーは努力家だし、凄い頑張り屋だよ」
ジェイドの誉め言葉がしっかりと耳に入って来たのでこの情報は間違いないだろう。
もしエリックが成績を落とせばマリーと同じクラスになる確率が上がる。
大きな試験結果での成績ではないので正確なものでは無いかもしれないが、出来る限り同じクラスになることは避けたかった。
この学園では小テストというものが週一度各教科ごと設けられており、その成績を見れば今の自分の位置が分かるようになっている。
なのでマリーの成績はジェイドの発言通り嘘ではないとなる。
その証拠に第一王子の側近たちもマリーを凄い凄いと大げさに褒めたたえ、ジークハルトもご褒美だと言って新しいノートなどの筆記用具をマリーに贈ったそうだ。それも自分とお揃いのものを……
そういった情報は商会を営んでいれば嫌でも入ってくる。
マリーとエリックの関係を知っていた父からは、第一王子が何故あのマリーに? と驚かれ聞かれたぐらいだ。
かいつまんで今のマリーの状況を話せば父は絶句していた。
噂のマリアンヌ・アレース嬢とマリーが繋がっていなかったらしい。
それも当然、マリーはまだ社交界デビュー前の令嬢だ。
それに父の中では孤児院時代のマリーの印象が強い。
あのマリーが第一王子の妾候補? と疑問符が浮かぶのも当然だ。
何故ならシャーロットの美しさと聡明さを父も知っているだけに、第一王子がわざわざマリーを選ぶ理由が分からなかったようだ。
「ジーク様、ここの問題がちょっと難しくって……」
「どれどれ」
エリックが今日も図書館へと向かえば、なぜかジークハルトとその仲間たちご一行が居て驚く。
図書館には過去の試験の資料もあるし、窓際には勉強できるスペースもある。
どんな生徒がいても何の問題もないのだが、彼らはいつもラウンジ内の個室を貸し切り、勉強に励んでいたはずだ。
それが何故? と疑問が沸いたが、答えはすぐに出た。
シャーロットが言っていたけれど、親世代にもジークハルトとマリーの噂は広がっている。
そう考えればジークハルトに注意をする者が出ても可笑しくはない。
今この学園にいる側近たちは既にマリーに夢中だし、マリーとジークハルトの恋を応援しているようだが、王城の者は違うだろう。
どう考えてもシャーロットの機嫌を損ねるような行為は控えるようにとジークハルトに苦言を呈するはずだ。それにあまりにも噂が広がりすぎて陛下たちからも注意を受けた可能性もある。
ならば図書館で堂々と勉強をすれば文句はないだろう。
彼らはそう考えたのかもしれない。
けれどそれは悪手だ。
隣同士で座るジークハルトとマリーの近さを見れば一目瞭然。
この二人デキてますよね? と誰もが感じる距離感だ。
頬が触れそうなほどの至近距離な二人を見て、純朴なエリックなどは見てはいけないものを見てしまったようで鼓動が激しくなる。
その上ジークハルトはマリーを褒めては頭を撫でたり、頬に触ったり、手を握ったりもしていて、ちょっといやらしく映る。
(あれは無自覚なんだろうか……皆が見ているけど……)
こちらが恥ずかしくなるような行為なのに、傍にいる側近たちは口を挟まない。
いやそれが普段からの二人の当たり前なのだろう。
側近たちは温かい目を向けて二人を見守っている。
ジークハルトとマリーを見つめる側近たちの目は、まるでもう結婚をした仲の良い夫婦を見守っているかのようなそんな色が出ていた。
きっと彼らの中ではそれが決定事項なのだろう。
エリックは甘い雰囲気を醸し出す彼らが何だか不気味に感じた。
常識が通用しない人間。
エリックには彼らがまさにそう見えていた。
「ジークハルト様、ごきげんよう」
図書館の勉強スペースに美しい一団が現れジークハルトに声を掛ければ、それに気づいたジークハルトの顔から笑みが消える。
「……シャーロットか、何故お前が……いや、君が何故こんなところに?」
「あら、ジークハルト様、こんなところとは可笑しいですわね、ここは学園の図書館、誰もが利用できる場所ですが、私が来ては可笑しいですか?」
「……チッ」
ジークハルトとマリーたちが楽しそうに勉強している場所へ、シャーロットと側近婚約者のご令嬢たちが現れた。
あの日言ってた通り、シャーロットを始め、皆一人では行動していないようだ。
「婚約者様にご挨拶にと思いまして……ジークハルト様がお勉強しているのは大変喜ばしいことですから」
「お前は……」
ニコリと優しく微笑み喜びの言葉を掛けるシャーロット。
けれどそれをジークハルトは嫌みだと受け取った。
ジークハルトが勉強嫌いだと知っているからこその言葉だからだ。
エリックも(浮気中の婚約者の勉強まで心配をしてあげるだなんてシャーロット様は優しいな)と思うぐらいだ。
まさか第一王子ともあろうものが勉強嫌いだとは気づくはずもない。
「図書館まで来て良かったですわ、ジークハルト様の珍しい姿が見れましたもの……今回は良い成績が取れそうですわね、頑張ってくださいませ、ウフフフ」
「……っ!」
偶々図書館に来て婚約者を目にしたから声を掛けた。
シャーロットはそう言っているがエリックには違うと分かる。
証拠を集め、噂が流れだしたことでシャーロットは攻撃に出ているのだ。
愛人候補と正妻候補。
二人同時に揃った時のジークハルトがどう出るのか。
それをここにいる生徒たちに見せたいのだろう。
このことはきっとまた新しい噂となって親世代の耳にも入るはずだ。
ジークハルトが大人の対応で乗り切れればいいけれど、顔を赤くしてシャーロットを睨みつけるジークハルトにはそれは無理だろうと分かる。
なんて答えるのか、図書館にいる皆の視線がジークハルトに集まるが、シャーロットはそれを楽しんでいるようにも見えた。
(シャーロット様、凄い度胸だ……)
笑顔でジークハルトを追い込んでいるシャーロットはやっぱりカッコ良かった。
「あ、あの! ジーク様はあたしに、いえ、私の勉強を見てくれる凄い方なんです!」
「マリー……」
「……」
マリーが立ち上がりシャーロットからジークハルトを守るように声を出す。
皆の視線が一気にマリーへと向いた。
「ジーク様は忙しいのにわざわざ時間を作ってくれて、私に勉強を教えてくれて……だから珍しいとかじゃなくって、全部私のためなんです。だから笑うのは止めて下さい!」
「マリー」
「……」
マリーはシャーロットへの牽制を終えると、ジークハルトの腕にぎゅっとしがみ付きながらシャーロットを睨んだ。
別にシャーロットがジークハルトのことを笑ったようには見えなかったのだが、正面からシャーロットの表情を見ているマリーには思うことがあったのだろう。
フフフと淑女らしく笑った姿が嘲笑ったように見えたようだ。
シャーロットはそこで首を傾げる。
眉根を寄せ、キツイ顔つきになったマリーを見て困惑気な様子を披露した。
「……貴女はジークハルト様に勉強を教わっているの?」
「はい、そうです、ジーク様の教え方はとっても分かりやすくって、勉強がはかどっています!」
「そう、それは良かったわね……」
「はい、ジーク様は凄い人なんです!」
「マリー、君は……」
「ジーク様、あたしの言ったことは全部本当のことですから!」
「マリー……」
「……」
見つめ合うジークハルトとマリー。
今この世界には二人しか存在していないような雰囲気だ。
そんな二人の様子をシャーロットは優しい笑みを浮かべたまま見つめている。
図書館内を騒がす演者を囲み、これからどうなるの? とエリックを含めた観客たちだけがごくりと喉を鳴らしていた。
「……そう、でしたらジークハルト様、貴族の教養も彼女に教えて差し上げてはどうですか? 基礎も出来ていないようですから」
「貴族の教養だと?」
「ええ、彼女がそのようにジークハルト様にしがみ付いていればジークハルト様の名声を落としかねませんし、許可もなく高位の令嬢へと声を掛け、ご両親の教育の無さを嘆かれることもなくなるでしょう」
「しがみつく?」
「えっ?!」
マリーは無意識にジークハルトの腕を掴んでいたのか、シャーロットの言葉を聞いてパッとジークハルトから離れた。
頬を赤く染め「甘えてごめんなさい」と上目遣いに謝るマリーは可愛いけれど、それが通用するのはジークハルトを含めた側近たちだけだ。
他の者たちは「あれだけベタベタしていたのに今更?」と呆れている様子だし、シャーロットへと不躾に声を掛けたことに関しては何も謝らない。
エリックだって呆れてしまう。
入学したてならまだしも、ここまで数か月学園で学んだことがマリーには身についていない。
ここにいる生徒のほとんどがシャーロットの言葉に頷いていた。
「ゴホンッ、あー……シャーロット、お前が、いや、君が私の友人関係に口を挟むな、マリーには気軽に話しかけていいと、この私が許可を与えている」
「あら? そうなのですか、それは失礼いたしました。彼女はジークハルト様にとって気心が知れたご友人……そういう認識で宜しいのでしょうか?」
「ああ、そうだ。いや、彼女は、マリーは、私の特別な友、友人以上だ。だからこれからもお前に何か言われる筋合いはない、分かったらもうマリーのことに関しては口を挟むなよ」
「……まあ、そうですか、彼女はジークハルト様の特別なお相手なのですね?」
「ああ、そうだ、特別な相手だ」
「ジーク様ぁ……」
ざわりと生徒たちから声が漏れる。
きっとジークハルトはマリーを親友だと表現したかったのだろうが、シャーロットの導く言葉の流れで公の場でマリーを特別な相手だと認めてしまった。
それも誤魔化しようのない多くの人の目があるところで……
「分かりました。では、私はこれで、失礼致します」
「ああ、二度とマリーに近づくなよ、分かったな」
「……」
ぺこりと頭を少しだけ下げシャーロットは図書館を出る。
「ジーク様カッコいい」とマリーや側近たちがジークハルトを褒めているようだが、それは違う。
勝ったのはシャーロットだ。
教師の目もあるこの場所で、マリーを特別だと言ってしまったジークハルト。
もう言い逃れは出来ない。
この噂が広がるのも時間の問題。
きっとこの先、シャーロットとの結婚は難しくなるだろう。
それもジークハルトの有責で解消になる可能性が高くなった。
「はあ、シャーロット様は凄いな……」
気高く強くカッコいい女性。
エリックの周りでそんな女性はシャーロットが初めてだった。
「僕も頑張らないと……」
シャーロットと結ばれる未来などないと分かっている。
けれど友人として誇ってもらえるような存在にはなりたい。
持っている本を開きながら、自分は今できることを精一杯頑張ろうと、勉強に励むエリックだった。
こんにちは、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
またブクマ、☆、などの応援もありがとうございます。
図書館ではお静かに……
誰も注意しないのはジークハルトのせいでしょう。
踏み台令息は木金、魔法塔の姫君は日、水投稿です。
よろしくお願いいたします。
(あー……ごはん食べる小説が書きたいなぁ……)




