恋の目覚めと両陛下からの謝罪
授業を終え、屋敷に戻ったエリックは、茶会の席でシャーロットに言われた言葉を思い出す。
「エリック、貴方にこれ以上迷惑はかけないから安心して頂戴。ドレスの件を受けてくれただけで十分。あとは私たちが自分自身で身を守っていくから大丈夫よ。貴方は私から少し距離を置いた方が良いわ。特に学園ではね」
「そんな、シャーロット様……」
正直者のエリックの表情を見て、シャーロットの頬が緩む。
可愛い子犬でも見つめる愛しげな瞳に、エリックの胸がドキリと高鳴った。
「エリック……私たちは友人よ、だからこそ私は貴方を守りたいの」
「シャーロット様」
「もしかしたらまた尊い方が貴方に声を掛けてくるかもしないけれど、その時は逃げてもいいのよ。私のことなど気にせず、貴方の身を守る道を選んで頂戴、良いわね」
「……はい……」
「フフ、良い子ね」
「……」
男扱いされていないことは分っていたけれど、エリックのことを心配してくれるシャーロットの優しさが胸に痛くて素直に受け取れない。
シャーロットたちが自分たちに優位な婚約解消を願っていると茶会で聞いて、エリックは複雑な気持ちになった。
シャーロットが迷惑を掛けないと言ってくれた言葉は、エリックのことを思ってのことだと分かっている。
そこはジェミナイ商会の跡取りとしては喜ぶべきところだろうし、ジークハルトにもシャーロットにも恩を売れたことをもっと喜ぶべきだと思う。
二人の婚約解消が上手くいかなくても、いったとしても、ジェミナイ商会は未来の国王と王妃の両方と知己を得た。それを喜ぶべきだ。
その上、妾妃になるのか、それとも側妃になるのかは分からないけれど、第一王子ジークハルトお気に入りの令嬢であるマリーとも深い縁がエリックにはある。
ジェミナイ商会の未来は安泰。
両親に話せば良くやったと褒められる事柄だろう。
だけど、なぜか胸がもやもやとする。
頭では分かっているのに心が付いていかない。
シャーロットが婚約者であるジークハルトから逃げ出したいと奮闘している姿を見て、自分が何もできないことが歯がゆくて仕方がない。
公爵令嬢であるシャーロットには男爵家の子息であるエリックの手助けなど必要ないのかもしれない。
だけど大丈夫だからと言われ距離を置かれてしまえば、正直言って寂しさしかない。
シャーロットと仲良くなれて、友人だと思っていたのに、それを覆されたような気持ちで悲しさが溢れる。
それは何故なのか……
「ああ、そうか……僕はシャーロット様が好きなんだ……」
立場が違いすぎてそんな単純な考えに至らなかったけれど、エリックは一人の女性としてシャーロットのことを好きになっていたのだ。
彼女が高嶺の花過ぎて、これまでそんな考えに行きつかなかった。
エリックの初恋は幼馴染のマリーで、あの恋は友情と恋愛の間ぐらい。
恋に恋している状態だったから尚更だ。
でもシャーロットへの想いはマリーの時とは違う。
あの優しく気高く美しいシャーロットには誰よりも幸せになって欲しい。
たとえその相手が自分でなくとも、シャーロットには笑っていて欲しいと、そう願う。
本心としてはシャーロットの相手が自分であればなお嬉しいけれど、それは天地がひっくり返ることでも起きなければ難しいだろう。
ならばせめて自分が出来ることを……
「僕はシャーロット様の力になりたい」
その呟きはエリックの決意でもあった。
「シャーロット、よく来てくれた」
「シャーロット、久しいわね、元気そうで安心いたしましたわ」
「両陛下にはお目文字叶いましたこと、嬉しく思います」
「シャーロット、私たちの間でそんな堅苦しい挨拶は必要ないぞ」
「そうですわ、私たちは間もなく親子になるのですもの、気軽にして頂戴」
「はい、国王陛下、王妃陛下、お心遣いに感謝いたします」
若葉の宴から一週間後、シャーロットはジークハルトの両親である国王と王妃に呼び出された。
月に一度の婚約者とのお茶会の日、応接室で待っていたのはジークハルトではなく、国王陛下と王妃陛下だった。
ジークハルトには時間変更の連絡が行き、お茶会は二人との面談の後に変更された。
応接室で寛ぐ両陛下は親しみやすい声色でシャーロットへ声を掛けてきた。
これまでのジークハルトの行いは両陛下にも届いていたはずだ。
けれど表ざたにはせず、青春時代の淡い初恋だろうと二人は温かく見守っていた。
けれど若葉の宴での愚行は学園に通う子供たちから親に伝えられ、貴族の間でも噂に上がり始めた。
両陛下も流石にマズイと思ったのだろう、シャーロットは公爵令嬢ではあるが元王女の娘。
他国の王位継承権も持っている、地位の高い令嬢だ。
元伯爵令嬢である王妃が産んだジークハルトよりも、シャーロットの方がよっぽど血筋は良い。
その点にあやかりたいとジークハルトの婚約者にシャーロットを選んだはずなのに、今現在ジークハルトの心はシャーロットから離れている。
いつかは……と、そんな期待をかけてジークハルトの行動を見守って来たけれど、そろそろ限界に近いのだろう。
王家といえども絶対ではない。
貴族からの批判を全て流せるわけではないのだ。
両陛下の急な行動を見れば、ジークハルトの王位継承も瀬戸際に来ているのかもしれない。
まあ、そこはシャーロットの期待通りなのだが……
「シャーロット、学園内でのことなのだが、ジークハルトの様子はどうだろうか? 少し羽目を外しているところがあるようだが、問題ないか?」
お茶を頂き、茶菓子にそれぞれが口を付ければ、国王陛下がシャーロットへと問いかける。
ジークハルトが羽目を外す、つまりマリーとの様子を聞いているのだろう。
シャーロットはやっとここまで来たかと、内心安堵する。
ジークハルトとの婚約は幼いころに決まってしまったもの。
国同士の契約ともいえるこの婚約を、シャーロットの我儘で解消することは出来なかった。
幼いころは今ほど傲慢ではなかったジークハルトだったが、シャーロットの血筋や頭の良さ、その他もろもろを嫉妬するようになってからというもの、この人が未来の国王では危ういのでは? とシャーロットが呆れるほどになっていた。
だからこそマリーと出会い恋を知ったジークハルトの行動は、シャーロットにとってチャンスだった。
たとえ自分が悪役だと世間で笑われようとも、ジークハルトとの結婚は阻止したい。
ジークハルトがマリーを選べば、必然的に次期国王は第二王子となるだろう。
ジークハルト本人はそのことに気付いていないようだけれど、国王陛下夫妻はジークハルトの行動を見ている。いや、見張っている。
国を選ぶか、愛を選ぶか……
ジークハルトは今その分岐点にいるのだ。
「そうですね、ジークハルト様には学園内でも王子に相応しい行動をお願いしておりますが……私の言葉はなかなか受け入れてもらえずにおります。殿下の側近たちも学生のうちは自由に過ごして欲しいと願っているのでしょう、私が少し煩わしいと苦言を呈されることもございます」
「……王子の婚約者であるシャーロットの言葉に意見を言うものがいるのか……? そなたの生まれを知らぬものなどいないだろうに……」
「はい、残念なことですが、彼らにとってジークハルト様の行動は全て善となってしまうようなのです」
「そうか……そうなのか……」
ジークハルトだけではなく、その側近たちもまた問題ありと陛下に伝えれば、笑顔ながらも深く頷いた。
ジークハルトの行動を諫めることも側近の役目。
特に婚約者のシャーロットとの仲は側近が一番気にしなければならない部分。
それが出来ていないのだ、問題ありとみられて当然。
今回のことで陛下も詳しく調べているだろうが、シャーロットからの言葉を聞いて納得したようだった。
「この後はジークハルトとの茶会の予定だな?」
「はい、その予定でございます。ですがちゃんとお出ましになって下されるか……私との時間は大事とは思って頂けていないようで……」
「……ふむ、そうか、そうだな、そのことでも君には苦労を掛ける。親として詫びさせて欲しい、ジークハルトの行動には再度注意をしよう」
「有難うございます。ですが婚約者として当然のことでございますので、どうか頭を上げて下さいませ」
シャーロットとの茶会にジークハルトは常に遅刻してくる。
王子として公務に忙しいとの理由だが、シャーロットを待たせ面白がっているのだろう。
その子供っぽい行動が陛下に筒抜けであることも気づけないジークハルト。
その行動が『婚約者に相手にもされない令嬢』とシャーロットの首を絞めるのではなく、『国政を読めない無能な王子』と自分自身の首を絞めていることに気付いてもいないジークハルトに、陛下も思うところがあるようだった。
「ふむ、今日の茶会の様子次第では第二王子の教育に力を入れるべきだろうな……なあ、王妃よ」
「はあ……そうでございますね。同じように育てたつもりでも、子供は同じには育ちませんわね。残念ですがジークハルトのことはそろそろ諦めが必要なのかもしれませんわね……」
陛下と王妃の呟きを、シャーロットは聞こえないふりをした。
今日の茶会の後、ジークハルトの行動を見張る目はますます厳しいものになる。
それは当然学園内の行動も……となるだろう。
ジークハルトがマリーを愛する限り、シャーロットとの結婚はあり得ない。
そうなれば彼との婚約期間もあとわずか。
学園卒業までだろう。
そんな未来が見えてきたと思うと、胸の中がスッキリとするような、そんな気持ちになるシャーロットだった。
こんばんは、本日もご訪問頂きありがとうございます。
ブクマ、☆など応援もありがとうございます。
三男猫がクローゼットの上に上るのですが、運動神経が悪く?怖がりだからか?降りれません。
ジークハルトは王位継承から簡単に降りれそうで羨ましいです。




