学園内の噂
『第一王子であるジークハルト様は男爵令嬢のマリアンヌ・アレースを愛妾にするらしい』
若葉の宴が終わった後、学園内ではそんな噂が広まり始めていた。
きっかけは当然若葉の宴。
普段から仲がいいジークハルトと側近、そしてマリーだったが、それでもそこは学園内だけでの友人、平民出身の令嬢への気遣い。
そんな建前があっての行動に見えたけれど、マリーがジークハルト色のドレスで登場し、ジークハルトと夜会の間中ずっと一緒に居れば衆目を集めるのは当然。悪い噂が歩き出すのも当たり前だった。
若葉の宴で、ジークハルトとマリーは何度もダンスを踊っていた。
連続して踊ったのは二回までだったけれど、マリーはジークハルトの側近たちとも踊り、そしてその後ジークハルトと何度も踊れば、当然皆が可笑しさに気付く。
シャーロット様のお立場は?
そんな疑問が沸いても不思議ではない。
平民出身の令嬢を保護していると言ってもこれはあまりにも可笑しすぎる。
婚約者のシャーロットとは宴の最初だけ、一度しかダンスを踊っていないのに対し、マリーとは何度も楽し気に踊っていたのだ。
ジークハルトの心はマリアンヌ・アレースにある。
あの会場にいた生徒たちは皆そう思っただろう。
ジークハルトのあの行動では噂が立つのも当然だとエリックは思ったけれど、ジークハルトたちは気にした様子もない。
だから尚更エリックはジークハルトの婚約者であるシャーロットのことが心配で仕方がなかった。
(シャーロット様、落ち込んでいないと良いな……)
そんな心配を浮かべていれば、昼休憩に入ると声を掛けれた。
「エリック様、久しぶりに薔薇を見に行きませんか? 今はバーンドローズが見頃ですのよ」
シャーロットの義弟であるジェイドの婚約者カトリーヌ・マウロに声を掛けられたエリックは、当然「是非」と頷いた。
薔薇を愛でる、つまりはシャーロットに会えるということだ。
友人と共に声を掛けてくれたカトリーヌの優し気な笑顔に、エリックは嬉し気に頷いた。
本来ならばここでカトリーヌの婚約者ジェイドが焼きもちを焼いて話に入ってきたりするのだろうが、ジェイドはもう教室にはいない。いつものことだった。
相変わらずジェイドは休み時間になるとマリーの下に、いいや、第一王子ジークハルトの傍へと行っている。
ジークハルトの側近であり友人としては当然の行動かもしれないが、教室内でもカトリーヌとの時間が全く無いように見えるため、可笑しな行動に映ってしまう。
ジェイドは婚約者をないがしろにしている。
きっとクラス中の生徒がそう思っているだろう。
カトリーヌがまったく気にしていないところが救いだけれど、思うところはあるはずだ。
エリックはマリーの幼馴染としてなんだか申し訳なさを感じていた。
「エリック、ようこそ、お待ちしておりましたわ」
ラウンジの個室へ行けば、やっぱりシャーロットが待っていて、前回と同じマリーの取り巻き化している第一王子の側近の婚約者である令嬢たちも揃っていた。
「シャーロット様、エリザベス様、クリスティーネ様、ゾフィア様、お久し振りでございます。エリック・ジェミナイ、お招きいただき光栄でございます」
挨拶をするとシャーロットは勿論、皆以前よりも好意的にエリックを迎へ入れてくれた。
少し棘がある言葉を発していたクリスティーネでさえ、笑顔でどうぞとエリックに席を進めてくれる。
どうやらエリックはやっとここにいる皆に認めてもらえたようだ。
時間のない中でマリーのドレスを頑張って作った甲斐がある。
まあ縫い上げたのはジェミナイ商会が抱えるお針子たちだけれど、エリックの心労は物凄いものだった。
「エリック、先日の若葉の宴ではよく頑張ってくれました。無理難題を押し付けた私が言うのもなんですが、花の方のドレスは私たちが望んだとおり、とても良い物が出来ていて安心いたしましたわ」
シャーロットの言葉を聞き令嬢たちがうんと頷く。
ジークハルトの色を使い、出来るだけ目立ち、それでいてマリーを引き立て、そしてシャーロットたちと被らない色で、シャーロットと並び立つほど豪華なもの。
あのドレスは彼女たちのそんな無理な注文をちゃんと叶えられたらしい。
その上ジークハルトたちからの無理難題という注文も入っていたというエリックの苦労を彼女たちは理解してくれたようだ。
それぞれに「有難う」とお礼を言ってくれた。
皆の笑顔を見てエリックはやっと息を吐けた気がした。
「今日はエリックにお礼を言いたかったこともあるのだけど、もう一つ、学園での噂のことは聞いていて?」
「……は、はい……」
噂とはきっとジークハルトがマリーを愛妾にするというものだろう。
商会の息子として世間の噂が入りやすいエリックだから、ということではなく。
この噂は学園中に広がっている。
知らないふりなど出来るはずがない。
ジークハルトとマリーは常に一緒にいるので当然だ。
それに彼らがラウンジを利用し、そこにマリーが当然顔で居座っていることも噂の広がりの原因になっている。
エリックが懸念していた通り、男子生徒数人と女子生徒一人が個室に入る。
それは悪い噂となるのも当然で、中にはとても口に出せないような酷いものまであった。
もちろんこの場で口に出すほどエリックは馬鹿ではないが、噂がどんどん加速しているのは確かだった。
「そう……でしたら親世代にも少しずつ噂が広がっていくでしょうね。皆さまこれからが正念場ですわ、身辺にはくれぐれも気を付けて下さいませね。決して一人きりにならないよう、十分に注意を心がけて行動いたしましょう、良いですわね」
「「「「はい」」」」
シャーロットの言葉に頷く令嬢たち。
その姿を見ればエリックも流石に気づく。
彼女たちが何を望み、そして何を警戒しているかに。
「あの、シャーロット様」
「エリック、何かしら?」
喉がごくっと鳴り、胃が痛みだす。
自分の質問は、もしかしたらこれから起こるであろう大事件を聞くことになるかもしれない。
けれどエリックに聞かないという選択肢はない。
シャーロットの味方になる。
そう決めたからにはどんなことでも受け入れたかった。
「シャーロット様は、その、ジークハルト様の行動を確認し、いずれは目を覚まさせるために証拠を集めていらっしゃるのですよね?」
エリックの遠慮気味な言葉を聞いてシャーロットはくすくすと笑う。
お友達なのだから何を言っても大丈夫よとその笑顔が言っているようだったけれど、目が怖い。笑っていないと分かる。
シャーロットの冷めた目を見て、とても勝てない戦士が目の前にいるようなそんな気持ちになった。
「ええ、あの方は私の婚約者ですから、間違ったことがあれば正しい道へと誘導するのもまた、私たち婚約者の仕事だと、そう思っていますわ」
「そ、そうですよね……」
シャーロットやジークハルトは王位継承権を持つため、日々の行動は見張られている。
けれどそれはどこからどこまでかは分からない。
特に学園内のことは隅々まで見張ることは難しいだろう。
なのでシャーロットはジークハルトの行動を自分の目で確認し、証拠を集めている。
マリーのドレスの依頼を受け持った時も、マリーのいる孤児院へジークハルトが通っていることをシャーロットが知っていた時も、エリックはシャーロット自身を護るための行動、未来の王妃になるために必要なことだと、そう思っていた。
けれど、今のシャーロットの好戦的な笑顔を見るとその考えが違うのではないかと思えた。
シャーロットはもしかしたら王家が誤魔化せないようにジークハルトの証拠を集めているのかもしれない。
そう。
言い逃れできないよう、ジークハルトを追い込むために……
「エリック、私ね、ジークハルト殿下のことが嫌いですの」
「えっ……?」
「私との婚約は王家たっての願い。ですのにまるで私がジークハルト殿下を好きで好きで仕方がなくて婚約を申し込んだと、昔からそう思っているあの方が大っ嫌いですのよ」
「……」
「フフフ、それにね、あの方にそう思い込ませた周りの方々も、大嫌いですの」
シャーロットはソラリス家の一人娘。
ソラリス家にとっては大事な跡取りのため、ジークハルトとの婚約申し込みは断る一択だった。
けれど両陛下に頭を下げられてしまえば、ソラリス公爵も断ることは難しい。
仕方がなく婚約を受け入れたが、ジークハルトの態度は許容範囲を超えていた。
「私たち……ここにいる皆が、あちらの有責での婚約解消を望んでいますのよ」
「……」
女性からの婚約解消は難しい。
ましてや相手が相手だけに彼女たちは尚更なのだろう。
王子の側近との婚約は王命に近い。
ならばそれを覆せるだけの証拠が欲しい。
「彼の方が私たちを侮れるのも今のうちですわ」
フフフと勝ち誇ったように笑うシャーロットたちの話を聞いて、エリックは自分の考えが間違いでなかったことを知った。
それと共に、自分の未来のため前向きに動けるシャーロットをカッコいいと、そう思っていた。
こんにちは夢子です。
本日もご訪問ありがとうございます。
最近長男猫が私の胸の上で寝ていて悪夢を見ることが多いです。
エリックもドレスが仕上がるまで魘されていたと思います。




