第96話「遠い背中」
トウカは静かに尋ねた。
「なんで……このゲームだったの?」
夏炉は少し黙り込んだ。
風が草原をなで、二人の影が長く伸びていく。
その沈黙の中で、彼はゆっくりと口を開いた。
「……俺は、お前に勝ちたい。たったそれだけだ」
その声は、どこか懐かしさを帯びていた。
トウカの瞳が揺れる。
「勝ちたい……?」
エンガは笑うでもなく、ただまっすぐ見つめていた。
「お前は、いつだって先にいた。勉強も、運動も、ゲームですら――」
指を折るように、ひとつひとつ思い出をなぞる。
「俺が強くなる頃には、もうお前は先を走ってた。振り返りもせずにな」
トウカは息をのむ。
その言葉には、嫉妬でも恨みでもなく、憧れと尊敬が滲んでいた。
「……でもな」
エンガは拳を握る。
「俺にだってわかってる。才能ってのは、残酷だ。努力じゃ埋められねぇ壁がある」
一瞬、かつてアオタヌキの言葉が脳裏をよぎった。
――人間、一つぐらいは“才能”がある。
「だからこそ、見つけたんだ」
エンガの瞳がまっすぐになる。
「俺にだって、一つぐらい勝てるもんがあるはずだって。お前に追いつける道があるなら、それが“このゲーム”だったんだ」
トウカの唇が震えた。
彼女は何かを言いかけて、けれど言葉にならなかった。
ただ――その目には、懐かしい日々と、止まっていた時間が映っていた。
その時、背後からざわめきが起こった。
草原の丘の向こう――そこに現れたのは、グラウィスたちだった。
「……なんて顔してやがる」
グラウィスが腕を組み、苦笑する。
ヒョウザン、ブレイズ、カイ、ミラ――
そして、かつてエンガと戦ってきた者たちが次々に姿を現す。
その誰もが、口を揃えて言った。
「世界の危機の後だってのに……」
「こんな場所で“喧嘩”かよ……」
けれど、誰一人として止めなかった。
止められなかった。
なぜなら彼らは知っていた。
――この戦いは、誰かに勝つためでも、誰かを救うためでもない。
“エンガ”という人間が、ただ一人の友と向き合うための、最後の戦いだと。
風が強くなり、草が波打つ。
太陽が沈み始め、空が金色に染まる中――
エンガとトウカは、再び構えを取った。
これは世界の終わりでも、英雄譚の幕引きでもない。
ただ、ひとりの少年が“ずっと届かなかった背中”に挑む物語の――本当の終幕だった。




