第95話「ただの喧嘩」
二人は、ただ風の吹き抜ける草原に立っていた。
そこはコロシアムではない。観客もいなければ実況もいない。
この戦いに、勝敗も称号もない――ただ、想いをぶつけ合うだけの“喧嘩”だった。
エンガは地を蹴った。
「いくぞ、ブーストッ!!!」
閃光のように駆け、拳を突き出す。空気を裂く衝撃がルミナへ迫る。
だが――ルミナは微動だにしない。
エンガの拳が届く寸前、彼女の腕がすっと上がった。
金属が弾けるような音。火花。
攻撃は完全に防がれていた。
「……なっ!?」
エンガが目を見開く。続けざまに二撃、三撃。
しかし、すべてが同じ結果に終わる。
ルミナの瞳は揺らがず、淡々と受け止めていた。
遠くから様子を見ていたピノンが、息を呑む。
「まさか……ジャストガード……?」
彼の声には驚愕と畏怖が入り混じっていた。
“ジャストガード”――相手の攻撃が当たる直前、**3フレーム以内(0.025秒)**に防御を合わせる高等テク。
このゲームの頂点だった、ゼクスですら安定して出せてはいなかった。
だがルミナは、まるで息をするかのように、連続で成功させていた。
ルナが静かに言葉を紡ぐ。
「お姉は……お兄のこと、よく知ってるから」
風に髪がなびく。
「癖も、性格も、そして――次にどう動くかも、どうして笑って、どうして泣いて、全部」
そう。
二人は幼なじみだ。兄妹ではない。けれど、それ以上に長い時間を、同じ空の下で過ごしてきた。
互いの呼吸を知り、歩幅を知り、痛みを知っている。
だからこそ――この戦いは、どちらにとっても逃げられない現実だった。
風がまた吹き抜け、草原がざわめく。
エンガは拳を構え、ルミナは静かに立つ。
その空間に、ほんの一瞬――温かい記憶がよぎった。
だが次の瞬間、二人の瞳には再び“戦思”が宿る。
これが、互いを知り尽くした者同士の、最後の喧嘩だった。




