第92話「風が止んだ」
コロシアムに漂う砂埃の中で、ゼクスの身体がゆっくりと崩れ落ちていく。
「ゼクス……?」
エンガの声は震えていた。
立ち上がろうとしても、力が入らない。
それでも、目の前で何かが起きているのを見逃したくなくて、エンガは必死に顔を上げた。
ゼクスの身体から、淡い緑色の粒子が流れ出していた。
それはまるで光の雨のように舞い上がり、空へと消えていく。
「お前の……世界は……俺が救う」
かすれた声。
その言葉とともに、ゼクスの瞳に宿っていたデジタルの輝きが消えていく。
「お前、一体……何を――」
エンガの問いに、ゼクスはもう答えなかった。
否――答えようとはしなかった。
彼は、誰かがきっと答えを見つけてくれると信じていたのだ。
「……あばよ」
その一言を最後に、ゼクスの身体は完全に粒子となって弾けた。
緑の光がコロシアムの天井を突き抜け、デジタル空へと散っていく。
同時に、現実世界のモニターが一斉に点滅した。
ピノンが叫ぶ。
「ミサイルの……制御が乗っ取られた!?」
映し出された映像――それは、アメリカの核発射システム。
ゼクスが遺したコードが、彼の最後の意思が、システムに侵入していた。
「これが……核ミサイルのプログラム……」
ゼクスの声が、どこからともなく響いた。
「今の俺に、できないことはない……!」
その瞬間、軌道上を飛んでいたミサイル群が、一斉に方向転換した。
日本へ向けられていた無数の弾頭が、逆流するように進路を変え――
アメリカ本土へと帰っていく。
世界が息を呑んだ。
誰もが見た。
「アメリカの核が……自分自身に撃たれた……?」
炎の尾を引きながら、ミサイル群は雲を裂き、地平線の向こうへと消える。
ゼクスの残した“選択”が、世界の構造をひっくり返した。
そして――光となったゼクス、その光景を見つめながら、エンガは呟いた。
「ありがとな…全部」
空には、なおも緑の粒子が舞っていた。
まるで彼が、まだどこかで見守っているかのように。




