第73話「嵐が、咆哮していた。」
雷、風、雨、晴天。
それらが狂ったように切り替わり、まるで神が気まぐれに天候のスイッチを押しているかのようだった。
グラディエーターノヴァの闘技場は、もはや戦場というよりも“天の箱庭”。
その中心で、エンガは必死に立っていた。
「……くっそ、マジで空が相手ってわけかよ!」
足元が濡れ、次の瞬間には乾ききる。
視界を奪う豪雨のあとには、眩しい光が容赦なく降り注ぐ。
皮膚が焼けるほどの熱気に、今度は吹雪が襲う。
呼吸すら追いつかない。
どんな攻撃よりも、この“変化”が、体力を蝕んでいく。
対するライガは、まるで別世界の存在だった。
彼の足元に風が集まり、雷が彼の身体を装飾のように包み込む。
顔は静かで、眼光は雲上の王者のように鋭い。
「これが……“雷鳴の剣帝”の真の力……か」
エンガは唇を噛んだ。
雷鳴剣を捨てたとき、あの瞬間から戦いの次元は変わった。
もはや剣技ではない。
この男は、“天候そのもの”を支配している。
「雷も風も雨も……全部俺の敵ってわけか。面倒な相手だな」
エンガは拳を握りしめ、ブーストを起動する。
足裏の魔力が爆ぜ、風圧が逆巻く。
雨粒が弾け、雷鳴の中へと飛び込んだ。
――だが、その瞬間。
晴天が一瞬で吹雪に変わった。
視界が真っ白になり、氷の粒が肌を裂く。
足場を取られ、エンガは膝をつく。
「ぐっ……!」
ライガの声が響く。
「天気を読むことは、私に敵うと思うな。
この世界において、空は私の呼吸そのものだ」
エンガは歯を食いしばった。
確かに、その通りだ。
相手の魔法は予測不能、理不尽の極み。
どんな格闘センスも、どんな反応速度も、
“環境そのものが敵”では、限界がある。
それでも――
「……俺は、どんな理不尽でも、殴るしか能がねぇんだよ!」
拳に魔力を集中する。
“音速拳”。
振るう瞬間、風が鳴り、雷鳴が重なる。
しかしライガは笑った。
「面白い。だが、お前が殴ろうとしているのは“空”だ。
空に拳は届かない」
再び、天候が切り替わる。
嵐、雷雨、烈風、虹――。
目まぐるしい変化の中、ライガは空気そのものと一体化していた。
エンガの拳が空を裂く。
だがその先には、もう“人”の姿はない。
「……どこだ!?」
次の瞬間、頭上から落雷。
反射的に腕で防御するが、衝撃で全身が痺れる。
観客席が悲鳴を上げた。
実況の声が震える。
『ライガ選手、完全に天候を支配しているッ!
エンガ選手、防戦一方!!』
煙の中、エンガは片膝をつきながら笑った。
「なるほどな……これが“神の領域”ってやつか」
顔を上げる。
その瞳には、まだ光があった。
雷に照らされたその表情は、むしろ楽しそうですらあった。
「だったら、空ごと殴り壊してやるよ。
お前の神様ごっこも、ここまでだッ!」
雷鳴が応えるように轟き、風が唸る。
再びエンガが跳んだ。
雷帝と拳聖。
空と地の支配者が、嵐の中でぶつかり合う。
その一撃が、天をも揺るがす音を立てた。




