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第72話「社会に殺された男」

夜の街に、わずかな雨が降っていた。

街灯の明かりが窓ガラスに反射し、狭い部屋の中に淡い光を落とす。銀二は通信端末を閉じ、短く息を吐いた。


「夏炉の居場所は特定した。……では話をしに行くとするか」


その低い声に、隣にいた月未が小さく反応する。彼女は銀二の袖を、ぎゅっとつかんだ。


「たぶん――お兄は」


その声は震えていた。銀二が視線を向けると、月未はまっすぐに見返してきた。


「お兄は、この国のためには戦わないと思う。違う、全ての“権力”のために戦わない」


静かな部屋に、その言葉だけが響いた。

銀二の瞳がわずかに細くなる。


「なぜそう思う?」


問いかけに、月未はゆっくりと視線を落とした。

指先が震える。記憶を思い出すように。


「お兄は当時、政治家の交通事故に巻き込まれて……両親を失ってるの」


その言葉に、部屋の空気が凍る。

銀二も実村も、すぐには言葉を返せなかった。


月未は続けた。


「その政治家は首相選挙を前にしてたの。だから、権力を使って“無罪”になった。マスコミも一斉に黙った。……そのせいでお兄は、どこの会社からも不採用を受けたの」


実村の拳は爪が食い込み血がたれていた。


「その政治家が権力を使って、エンガ……夏炉だったか、“社会的に殺した”ってわけか。……ちっ、胸糞悪りぃ話だな」


銀二は目を閉じた。月未の言葉はただの感情ではない。そこにあるのは確かな“真実”の重みだった。


「確かに、情報では生活保護を受け、自堕落に過ごしているとなぜか、近隣住民から苦情が来ている……」


銀二の声が静かに落ちる。しかしその奥には、抑えきれない怒りが潜んでいた。


「だからといって――この彼は、この国を捨てていいわけではない」


実村が黙ったまま、机の上のペンを弄んだ。雨の音が、いつのまにか強くなっていた。まるで、彼らの胸の中にある不条理への怒りを代弁するように。銀二は立ち上がり、上着の襟を整えた。


「夏炉に会いに行く。彼がどんな想いでこの戦いをしているのか――それを確かめる」


月未は小さく頷いた。その横顔に浮かぶのは、ただの幼なじみの妹の表情ではなかった。“真実”を知る者の、強い光を宿した瞳だった。

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