第66話「警告」
夜。
現実世界の東京郊外。
古いアパートの一室で、ルナは一人、パソコンの画面を見つめていた。
「……やっぱり来たか」
画面には、「不法侵入」の文字。
その直後、携帯が震えた。
相手は登録のない番号。
ルナは迷わず電話を切り、机の上の“使い捨てスマホ”を取り上げる。
(もう時間がない……)
小さく息を呑み、短い文章を打ち込んだ。
> 『もし何かあったら、お姉ちゃんを守って。
“グラディエーターファイターズ”はもう安全じゃない』
──送信先は、エンガ…現実の夏炉
画面の送信完了を確認すると同時に、ルナはスマホを分解し、SIMを指で砕いた。
それを窓の外へ投げ捨てる。
「さて……逃げ切れるかな」
背後からかすかな電子音。
ドアのロックが外される音が響いた。
カチャリ、と。
──静寂。
ルナは振り向く。
だが、そこに見えたのは黒い防弾スーツの影。
額にスマートグラスをかけた男──クロウ。
「……見つけたぞ、ツキミ・アマギ」
声は低く、冷たい。
まるで感情の欠片もない。
「アメリカの犬が、わざわざ来たわけ?」
「君が“情報”を漏らす前に、始末する必要がある。それだけだ」
クロウが無音で拳銃を構える。
ルナはただ微笑んだ。
「遅かったね。とっくに“別の場所”にいるよ」
銃声。
閃光。
だが、貫いたのは空気だった。ルナの声はスピーカーから流れていたのだ。クロウは息を呑む。
部屋の奥を蹴破るが、そこには縛られたパソコンと仮想端末だけ。誰の気配もない。
「……ダミーか……!」
クロウが舌打ちし、スマートグラスに映るログイン信号を確認する。だがそこには──数えきれないほどの“ログイン反応”が、全世界に点滅していた。
「これは……偽装か!?」
ルナの仲間、ジーンが先手を打っていた。ジーンは、ルナの所在が特定される前に、偽装情報を世界中のサーバーへばらまいていたのだ。
「ヒョウザン……貴様か」
怒りに任せてクロウはスマートグラスを壁に叩きつけ、粉々に砕く。
その瞬間、無線が鳴った。
> 『クロウ、帰国せよ。任務中断だ。コード・レッド』
無機質な声。
クロウは唇を噛みしめ、短く返す。
「了解……だが、この借りは返す」
影が消えるように、部屋を離脱するクロウ。
残されたのは、微かに揺れる冷却ファンの音だけ。
──その頃。
どこか別の場所、暗い部屋でジーンは端末を操作しながら微笑んでいた。
「ふふ……やっぱり引っかかったね、アメリカの監視犬さん」
モニターには、クロウの顔写真と、彼が使っていた回線情報。
“逆探知 完了”の文字が浮かび上がる。
「これで、あなたの居場所は──こっちの手の中」
隣に立つルナが、小さく息をつく。
「助かった……ジーン、本当にありがとう」
「いいさ。君はまだ生きてなきゃいけない。“彼”が、君の言葉を受け取るまではね」
静かに風が吹く。
ルナは窓の外の夜空を見つめながら、つぶやいた。
「ごめんね、お兄ぃ……今はまだ、会えないや」
──この夜。
世界の裏で、二つの勢力が動き始めた。
“ゲーム”の戦いは、ついに現実へと踏み出したのだった。




